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御使い様伝説  作者: 七節蒸
幕開
2/5

1日目

ホームへと降りる。駅は最低限の管理しかされていないのか、地面のアスファルトは所々ひび割れ、侵入防止用の鉄網など錆びて所々に子供が通れそうなほどの穴が開いている。改札も、当然電子通貨など使える筈もなく今にも壊れそうな改札機に切符を通して通過する。

外に出ると、自分を出迎えたのは古い記憶の中にわずかに残る情景とまったく変わらぬ街並みであった。駅を中心とした半円、立ち並ぶ建造物は半分以上が閉まっており、かつての繁栄の名残を感じさせる。足元に敷かれ街中を縦横無尽に駆け巡るレイルは、かつての路面電車のものであり、今となっては錆びきってアスファルトとの隙間から雑草が顔を出している。そんな衰退の道を邁進している街並みを見て呆れ半分、懐かしさ半分を感じていると、背後から声を掛けられる。

「達也くん」

その声には聞き覚えがあった。振り返った先に居たのは年配の女性。こちらを見て嬉しそうに手を振っていた。

「お久しぶりです、京子さん」

彼女は辰巳京子(たつみきょうこ)。つい先日、自分に訃報をくれたその人であった。

「わざわざ待っていてくれたんですか、なんだか申し訳ないです」

「いいのよ。私が呼んだんだから、これくらいはしないとね」

実家への道筋などとうの昔に忘れていた自分にとって、その気遣いは大変ありがたかったため素直に礼を言う。

「それじゃあ、積もる話もあるでしょうけど、それは歩きながらにしましょうか」

「ええ」

そうして、自分は先導し始めた彼女の後に続いて歩き出す。




「久しぶりの故郷はどうかしら?」

前を歩く京子さんが、唐突にそんなことを訊ねてきた。

「……とても懐かしい感じがします」

なるべく角の立たない返答をしたつもりだったが、彼女はすべてお見通しと言わんばかりにころころと笑う。

「ごめんなさい、いじわるするつもりはなかったの」

この街―――葛森(かずらもり)は山麓に作られた街であり、周囲は山々に囲まれた陸の孤島だ。その分自然豊かでもある。かつては、そんな環境に目を付け観光地として売り出そうとしたこともあったらしいが、様々な要因が重なって計画は頓挫、現在はその名残を街のあちらこちらに見ることができる。しかし、計画自体は失敗したものの、その恵まれた自然環境は本物だ。

大きく深呼吸をする。都会とは違う濃い緑の匂いを感じる。空気が澄んでいて、息をするごとに肺から体内が浄化されていくのがわかる。

「いい場所ですね」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

……

話ながら歩いていると橋に出た。橋を挟んで向こう側は、今までの街の様子と様変わりしている。

先ほどまではアスファルトの現代風の建造物が多かったのに対し、向こう側はひと昔前の木造建造物が目立つ。

……確か、ここから先は旧市街だったはずだ。葛森は大まかに新市街と旧市街で分かれている。新市街は街の開発計画の際に新たに増築された区域。旧市街はそれ以前から葛森に住んでいた人たちの区域である。今目指している親父の実家は旧市街の一角に位置しているため、そのまま橋を渡って旧市街へと入っていく。新市街も随分と年季が入っていたが、旧市街のそれとは比べ物になるまい。ただ、それは長年丁寧に使いこまれてきたことがわかる、どことなく威厳さえ感じさせるような……そんな古臭さであった。

懐かしい匂いを感じる……

……

「そろそろ見えてくるわ」

自分を現実へと引き戻したのは、そんな彼女の声だった。彼女が指差す先を見る。視界の端に映り始めたそれは、記憶の奥底に眠っていた幼き頃の情景を想起させた。周囲に負けず劣らず年季の入った木造一軒家。それは自分が幼き時を過ごした古巣であった。




「私の家はすぐ隣だから、何かあったら遠慮なく呼んでね」

そう言う京子さんと別れた後、彼女から受け取った鍵を玄関の鍵穴に差し込む。カチリと音がする。ガラス戸をスライドさせ扉を開くと、そこは長年の放置された埃が積もりに積もった玄関であった。

地面に絨毯のように敷かれた埃に幾つかの足跡があるので、玄関を使っていなかったというわけではなさそうだが……。そういえば親父は母に注意されなければ碌に掃除もしない人だったことを思い出す。そんな男が一人暮らしをしていればまあこうなるかと呆れ半分に納得した自分は、靴を脱いで廊下に上がる。

屋内の空気は木造建造物特有の匂いをはらんでいた。辺り一面は静寂で満たされ、そこにいるとまるで自分の胸の鼓動まで聞こえてきそうな錯覚をするほどだった。そんな中、足音を響かせながら今から数日を過ごすことになるこの家について把握しておこうと家屋の散策を開始する。

……

いくつかの部屋を確認した後、1階の玄関から左に向かった突き当りの部屋の扉を開けた時にそれは起きた。特に警戒することなくドアノブを捻りそのまま引く。

「な!?」

―――瞬間、膨大な数の本が部屋から雪崩のように飛び出してきた。あまりに唐突であったため回避も間に合わず、そのまま本の波に押し流される。

……

雪崩が収まった事を確認し、体の上に積み重なっている本をどけていく。

「……酷い目にあった」

一体何が起こったのかと部屋の中を確認する。

そこは書斎であった。入り口以外の壁には本棚が設置されており、その全てに隙間なく本が詰め込まれている。そればかりか、本棚に入りきらなかったのだろうと思われる本が塔のように部屋のあちらこちらに積み上げられていた。

どうやら先ほどの雪崩は、扉を開けた際の振動で塔のいくつかが倒れてきたようだ。そんな光景に今は亡き親父に怒りを感じていると、床に落ちている一冊のノートが目に入る。

その表紙には、親父の筆跡と思われる文字で『御使い様伝説』と記述されていた。研究ノートか何かだろうか?

少し興味は惹かれるが、こんなものを読んでいては日が暮れてしまう。とりあえず後片付けは明日やることにして、今日は他の部屋を見て回ろう。そう決めた自分は、まだ確認できていない残りの部屋に向かっていくのであった。




夜、さすがに長旅の疲れが出てきたのか瞼が重くなってきた。屋内の探索も一通り終わったので、最低限の戸締りなどだけして床に就くことにする。

風呂場で軽く汗を流してから布団を敷いて、そのまま埃臭い布団を被り明日のことを考える。

目を閉じて思考を巡らせていると意識が遠くなってくる……

そうして自分は……

そのまま……

堕ちていく……

………………

…………

……

気がつくと、知らない屋敷の廊下に立っていた。障子に囲われた廊下が延々と続いており、周囲は薄暗いため廊下の終端を見渡すことが困難であった。

さて、埃臭い布団にくるまって就寝した以降の記憶はない。ならばこれは夢か、とも考えたがそれにしては妙に現実感が付きまとう。ともかく、ここに突っ立っていても仕方があるまい、奥へと行けば誰かいるかもしれない。

そうして自分は、何かに引き寄せられるように廊下の奥へ奥へと進んでいくのであった。

……

ぎいぎいと木張りの廊下を歩いていく。もうだいぶ歩いているはずだが、廊下の端にはいまだに辿り着かない。途中何度か廊下を囲んでいる障子を開けようとしてみたが、障子はまるで空間に固定されたかのようにぴくりともしなかった。

そしてあることに気がつく、先程から何の代わり映えもしない廊下を歩いてるだけだと考えていたのだがどうやらそうではないらしい。廊下が徐々に暗くなってきている。床の木目の切れ目を数えてみると、最初は切れ目が六つ先まで見えていたのに対し、今は精々が切れ目三つ先程度までしか見えないところから考えるに、どうやら気のせいではないらしい。

……一度引き返した方がいいというのは理性ではわかっているのだが、何故だかそうする気にはなれなかった。何故こんなに意固地になっているのだろうという考えが頭をよぎる。しかしすぐに不思議な昂揚感に押し流されてしまう。

……

―――そうして、ついにその時が訪れた。

周囲が闇に満たされる。生まれて初めて体験する真の闇というものであった。そんな中にいると、自分が今本当に歩いているのかもわからなくなり、自身の輪郭があやふやになってくる。自我が闇に溶けていく―――感覚が四方に広がり普段では感じとれないものまで感じられるようになってくる。

『また来たんだね』

若い男の声が聞こえる。

また……?

どういうことだろう……自分にはこんな場所の覚えなどない。

『おや、忘れてしまったのかい』

今度は老年の男性の落ち着いた声が。

『可哀そうだわ』

少女のような甲高い声が。

彼らは一体何を言っている……?

自分のことを知っているのか……?

『知っているわよ、貴方とは随分と長い付き合いだもの』

そういう声には、不思議とこちらを気遣うような感情が感じられた。

これは……哀れみ……?

お前たちは……誰なんだ……?

『僕たちは―――』

―――突如、光が射し込む。

突然のことに、目をつぶってしまう。そして、次に目を開けた時には、周囲の闇も先ほどまでの気配も消え去っていた。

先ほどまで自分は一体何と話していたのか……

背筋に薄ら寒いものを感じながらも、灯りに向かって進んでいく。正体は判らないが、それでもその灯りは、自分にとって文字通り暗闇に射した一筋の光明に思えたのだ。

近づいていくと次第にその輪郭が明らかになってくる。

そうして、それを見た自分は思わず足を止める。

―――それは、着物姿の少女であった。

いや……本当に少女なのだろうか?

そう断言するには彼女の纏う雰囲気が人間離れしすぎている。空間を侵すような存在感、しかし力強さを感じるかと言われるとそうではなく、非常に儚く……触れたら割れてしまいそうな、そんな相反する印象を与える。そんな精霊のような純朴さと、娼婦のような艶やかさを併せ持つ彼女は、無数の灯籠に囲まれて、虚空に座していた。

その魔的な雰囲気に心を奪われていると、彼女はこちらを見て微笑んだ。

「また……巡ったのね」

少女がするにはあまりにも蠱惑的な笑みは自分を捉えて離さない。

彼女は立ちあがって、まるで重力を感じさせないかのようなふわふわとした足取りで近寄ってくる。

そうして自分の眼前で止まったかと思うと、その手を自分の頬に添える。

「ふふ、いい子ね……」

頬に当てられた指先から彼女の熱が、サラサラと流れる彼女の髪からは、何やら花のような匂いが空気と混じり合って感じとれる。

そして彼女のこちらを見つめる赤い瞳に、自分は魅入られてしまっていた。

「き、君は一体……?」

内側からわき上がる衝動を抑えながら、声をなんとか絞り出す。

その言葉に、彼女はまるで悪童のように、

「そうねぇ、貴方が私を見つけられたら教えてあげる」

そう言った彼女は、頬から手を離し自分の胸をとんと押す。

すると彼女はまるで重力に逆らうかのように宙へと上昇を始めたではないか。

―――否、自分が落ちているのだ!

床はいつの間にかに消滅し、底にある無限の闇へと落ちていく。

そうして、意識までもが闇に飲まれようとするその瞬間―――

「待っているわ……」

少し物悲しさを感じさせるような彼女が、何故だか印象に残った。

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