十 冬来たりなば……⑤
「率直に言いましょう。縹の御子。『あらたまごと』を終えると七日後に貴方は、『初冠』を執り行う予定になっていますね。その際、貴方は月の宮を出て、宮の太政大臣がかつてお住まいになられていた『みどりの宮』へお移りになられます」
「……はい」
今更ながらこうして予定を、わざわざおっしゃる大王の真意に、御子は竦む。
「そこで『みどりの宮』の女主として、綾の一族 所縁の姫を、貴方の御息所としてお迎えすることとなりました」
「大王」
「あらかじめ申しますが、これは決定事項。余程でない限り覆りません」
大王の瞳が常になく鋭く光る。
『伯母』ではなく『大王』として話しているのだと御子は覚る。が、唯々諾々と従う訳にはいかない。
「少し、よろしいでしょうか?」
御子が断わりを入れると、大王は目顔で促す。
「我も噂の域を出ない程度にしか存じておりませんが。綾の一族の姫は昨今、親の反対を押し切るようにして、幼馴染のように育った従者の男を婿にお迎えになられたとか。一族の者はいい顔をしていないそうですが、二人は仲睦まじいとも聞いております。まさか、すでに妹背になった二人を裂き、かの姫を我の御息所へ迎えるのでありましょうか?」
これは、ましろの養親を探すうち、耳にした噂話だ。
今年、否、数年前から綾の一族は、総領娘たる姫を縹の御子の御息所にと画策していた。
しかし当の姫には幼い頃からの思い人がいて、親との間に揉め事が絶えなかったとも聞く。
節会の舞姫の件も、かの姫がわざと足を挫いて辞退したという噂すらある。
こうしてかの姫は、己れの価値を高めようとする親にことごとく逆らい……ついには男と駆け落ち寸前という事態にまで進み、しぶしぶ親が折れたとも聞く。
なかなか豪胆な姫であるが、そこまでして添うた愛する男と、王族の名を出してまで引き裂くのは如何なものかと、縹の御子は大王へ申し上げた。
手元に小ぶりな火鉢を引き寄せ、指を温めながら御子の話を聞いていた大王は、不意にころころと楽しそうな笑声を上げた。
「さすがに我らも、そこまで非道なことはいたしませんよ。申し上げたでしょう? 綾の一族『所縁の姫』と。この縁談は元々、綾の一族の強い願いによって結ばれたもの。こちらとしては、綾の一族が一番適当ではあるものの、他の家からお迎えしても不都合はないのですから、仲睦まじい妹背を引き裂く真似をしてまであちらから御息所を迎える意味はありません。……綾の一族はこの度、相応しい方を養女に迎えて御子の御息所にと申しております。こちらもそれで異存ないと答えました。ですから『みどりの宮』の女主は、綾所縁の姫と……」
「お待ちくださいませ!」
縹の御子は思わず声を張る。
「我としても己れの立場がわからぬ訳ではありません。必要とあれば御息所を迎える覚悟もございます。しかし、我にせよあちらのご養女にせよ顔も人となりも一切わからぬ状態で、ただひたすらお役目として妹背となるというのは、我以上にそのご養女の方がお気の毒ではありませんか? いえその、どのようなご事情があるのか今のところ我にはわかりませんから、そう言い切るのもあちらの方に対して失礼なのかもしれません。ですが……」
大王は再び、ころころと楽しそうな笑声をあげた。
「顔も人となりも『ご事情』も。縹の御子ほどかの方を知っている殿御はいらっしゃらないと、我は思いますよ」
「……はい?」
思いがけないことを言われ、御子はぱちぱちと目をしばたたいた。
彼の縹色の瞳に、不可解な色が濃く浮かんだ。




