十 冬来たりなば……④
以来、紅姫はどこか変わった。
なんというのか……今まで以上に、静かな決意のようなものが芯に出来た、そんなたたずまいになられた。
元々紅姫は、大王の総領娘というご自分の立場を、幼いながらも心得ていらっしゃった。
そうであってもまだ十一、年齢相応の少女の顔の方がやはり強いし、それは決して悪いことではない。
しかしあの日以来、『己れは大王の総領娘』という、どちらかと言えば外から与えられた役割を否応なく心得ているというよりも、『己れはやがて大王になる者』という覚悟を、誰かに諭される前に自覚して固めた、というたたずまいがほの見えるようになった。
両者は同じようでまったく違う。
役目を心得て自らを抑える者は素晴らしいが、自ら進んで役目を生きようとする者とは、鑑賞者と演奏者ほどの違いがある。
当然、演奏者の方が苦労も鍛錬の量や質も上である。
そして同時に髪の色が変わった。
母君譲りのこっくりとした茶色の髪が、目覚めた宵から徐々に色が抜けてゆき……十日ばかり経つ頃には、何故か真っ白になった。
光の加減で金にも銀にも見える、神々しいまでの白い髪だ。
祖神譲りの形質か、王族には生まれつき白い髪の方は少なくない。
現に、縹の御子も月影の君も白い髪をお持ちになっている。
が、途中で髪色の変わる方は、長い歴史の中でも伝えられていない。
おそらく、大白鳥神の神気に触れたが為の奇跡であろう。
紅姫は本来なら、『神の花嫁』となられるお方だった。が、縹の御子の強い願いに神は感じ入り、思いを止めて下さった。
ただ、求婚のせめてもの証として神は、自らと同じ色を紅姫の髪へ与えたのだ。
日の宮の従者は皆、畏れつつもささやき声でそう噂した。
縹の御子との間も、未だ隔ては残るものの没交渉ということはなくなった。
文の返事も、基本素っ気ない紋切りの定型文ながらも、紅姫ご自身が返してくれるようになった。
残念ながら御子は『あらたまごと』の準備に忙しく、あの宵以来、ゆっくり姫とお会いする機会はなかったのだが、文のやり取りだけは続けている。
丹雀の館のましろともこの末月に入って以降、御子は会っていない。
こちらとも文のやり取りをしているが、三日とあけずに会っていた人と会えない日々は、思っていた以上に寂しかった。
そうこうしているうちに時間は過ぎる。
儀式の前の潔斎が、間もなく本格的に始まる。
その直前、こうして縹の御子は大王から呼ばれ、日の宮へ参ずることになったのだ。
日の宮の主殿・大王の昼の居間ともいえる場所へ、御子は通された。
上座にいらっしゃる大王は、着慣れた椿襲ねの小袿という普段着で、几帳も形ばかり用意されているだけであった。甥とはいえすでに妻を持つ男と会うにしてはくだけている。
どうも、公的な面会でなくあくまで私的な面会だという建前が、いつもより強調されている様子だ。
「お久しぶりです。息災そうで何より。『あらたまごと』の準備は進んでいますか?」
用意されている円座に座って平伏している御子へ、大王は優しい声音で話しかける。
「お気遣いいただきありがとうございます。慣れぬことが多くて戸惑いながらですが、何とか準備の方も恙なく進めております」
当たり障りのない返答をする御子へ大王はひとつうなずいた後、やや物憂げで優美な所作で、扇を鳴らした。
流れるように速やかに茶菓が用意されると、側付きの者たちは、御子の供たちも促し、かすかな衣擦れを響かせながら去った。
「まずはのどを潤してください、御子」
言われ、御子は頭を上げる。
大王の瞳は、凪いだ海を思わせるほど静かであったが、その静かさは嵐の前の不気味な静かさであるように、御子には感ぜられた。
かすかな苦笑が大王の口許に刹那だけ閃き、すぐに戻った。
「これからかなりあけすけな話をします。貴方にとって必ずしも嬉しい話ではないでしょう。ただ、あなたご自身もこの場ではあけすけに話して下さってかまいません、この場での言の葉で不敬を問いません故。古くからよく見知った、伯母と甥としてざっくばらんに話しましょう」
「……御意に」
腹の底が鈍く痛むような心地であったが、御子はそう答えて湯呑みを取り上げた。




