十 冬来たりなば……③
縹の御子は父君と共に、急ぎ足で紅姫の寝間へ入った。
身内とはいえ、本人に断りなく姫御子たる方の寝間へ入るのは不躾な話であったが、今はそんなことなど言ってはいられない。
紅姫は夜具に包まれ、静かにまぶたを伏せて横になっている。
そして……。
「こ、これは……」
「よもや、大白鳥神の神気……、では?」
少し前から紅姫のそばにいらっしゃったであろう大王と、月影の君が絶句した後、そうつぶやいた。
紅姫のお身体は清冽な神気に包まれ、何故か、淡く輝いていた。
東の対屋の従者たちは皆、そのあまりに清らかな神気に怖れに近い気持ちで畏まり、深く深く平伏した。
そうせざるを得ない何某かを、理屈抜きで感じた。
この場で頭を上げていられたのは、大白鳥神の末裔たる大王と月影の君、縹の御子の三人だけだった。
(まさか……祖神が。紅姫を、迎えにいらっしゃった?)
そんな予感にとらわれ、縹の御子は我を忘れて飛び出した。
「紅姫!」
叫び、御子はあっけに取られている大人たちを無視し、紅姫の細い肩をつかんだ。
「紅姫、お願いだ、行かないで下さい!」
大白鳥神は時に、王族の子供をさらう。
自らの欠片を持つ子を、新たな伴侶として迎える為に。
代々昔話のように語られている、王族の口伝のひとつ。
今までは、早死にした子を悼む為の美しいお話だと思われてきたが……もしかすると本当に、あることなのかもしれない!
凄まじい焦燥に駆られ、縹の御子はやや乱暴に、紅姫の半身を起こすと遮二無二抱きしめた。
抱きしめた刹那、痛みに近い熱気が御子の全身を貫く。
一瞬気が遠くなった。
しかし、正気を失えば紅姫を失う、と理屈でなく覚っていた彼は、必死に己れを保って叫んだ。
「祖神・大白鳥神のみこと! 紅姫を、ご所望なのですか?」
熱気が鋭くなった。息を止めてわななき、荒い息を数度吐いた後、御子は叫ぶ。
「神の御心に、人の子は逆らえません! ですが、貴方様の末裔に連なるものの一人として、お願い申し上げます! 紅姫が……紅姫が心底、貴方様の花嫁になりたいと望んでいない限りは。どうぞ、どうぞ我らの許へ、姫をお返しくださいませ!」
いつしか涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたがかまわず、縹の御子は願った。
ほとんど呪うほどの激しさで、願った。
「たとえ、死ぬまで憎まれ続けてもかまいません! お前は顔を見せるなとかの方が言われるのなら、もう二度と御前に現れません! それであっても我らには……我には。紅姫が、必要なのです! 生きて、幸せにほほ笑む、かの方が必要なのです!」
『……諾。その気持ちを忘れないように』
玻璃を弾いたような澄んだ声音が、その場にいる者の頭へ直接、響いてきて……ゆるやかに、紅姫の身体から神気と光が消えていった。
惚けたように紅姫を抱えたままでいた縹の御子は大人たちに促され、ゆっくり静かに姫を夜具の中へ戻した。
やがて、紅姫の白いまぶたがゆっくりと開き、その名の由来となった紅の瞳が不思議そうにあたりを見回して……驚くほど近くで顔を覗き込んでいる縹の御子、母君に父君をつくづく見た。
「母君様に父君様に……縹にいさま? おそろいで……どうなさったのですか?」
不思議そうにそう問い、首をかしげる彼女の様子に、皆で泣き笑いした。




