十 冬来たりなば……①
今年も末月となった。
初春を迎える準備も粛々と進められている。
巷は冷たい空気が満ちてはいるものの、来る春を迎えようと準備にいそしむ王都にも宮城にも、例年通りどことなく明るい活気がある。
黄色い日差しの晴れた午後である。
ここは宮城。日の宮。
緊張した足取りで大王のいらっしゃる主殿へ向かうは、この一年でぐんと大人びた風情の縹の御子。
気心の知れた数人の従者だけを連れ、御子は奥へと進む。
今日は、『あらたまごと』を間近に控えた御子に、勿体なくも大王ご自身から直々に心得などをお話し下さるということで、日の宮へ呼び出されたのだ。
(……それは口実)
そのくらい御子にもわかる。
わかるが、拒むことなど出来はしない。
『あらたまごと』を終えれば、すぐに男子の成人の儀である初冠が行われる。
というか、すでにその予定ですべては動いている。
成人すれば王族の御子の慣習に従い、離宮をひとつ賜ることになっている。
そして、離宮の女主たる御息所を迎えることにもなっている。
その御息所として、未だ京極の『丹雀の館』に住まわせている『ましろ』……鶺鴒の総領娘を迎えようとしているのだが、正直、事はあまりうまく進んでいない。
経過がはかばかしくないことを、月の宮で療養中の伯父君についぼやいたのは末月になる寸前の、七日ほど前。
状況はそれからあまり変わっていない。
(大王のお話は、おそらく御息所のこと……)
最悪の場合。
離宮の女主としてどこかの姫を迎え、ましろはまた、時間をおいて落ち着いてからしかるべき家の養女という形にし、どこかに別の住まいを作って二人目の御息所とすることも不可能ではない。
王族の御子や姫御子は、正式な伴侶以外に妻や夫、愛人を持つことを許されている。
貴い『大白鳥神』の血をより多く残す為の、苦肉の策でもあろう。
しかし、出来ればそんなことはしたくないと御子は思っていた。
間に合わせの婚姻など、ましろや紅姫に対してだけでなく、その『どこかから迎える妹』に対しても、あまりにも不実ではないかと思うのだ。
(すでに我は不実な我が儘者。これ以上、我と関わることで辛い思いをする女人など増やしたくない……)
渡殿を歩きながら寒そうな庭を見やり、縹の御子は重いため息をついた。
晩秋のある夕暮れに、『紅姫が午睡から目覚めなくなった』という恐ろしい知らせを受けたことを、今更ながら彼は思い出す。
その日。
一日の鍛錬や修行が済み、自室に戻って一息ついた頃のことだった。
急ぎ足の従者が日の宮からの不吉な知らせを持ってきた。
『紅姫が午睡から目覚めなくなった』
……と。
取るものもとりあえず、御子は日の宮の東の対屋へ急ぐ。
途中で父君である月影の君と会ったので、共に向かう。
出会ったことそのものは偶然だったが、おかげで御子は東の対屋へ入ることが出来たらしいと、後で彼は知った。
紅姫に忠実な東の対屋の者たちには、よその女に心変わり(御子の感覚では必ずしも心変わりではないのだが)をした縹の御子に、少なくないわだかまりがある。
紅姫が、さりげない風を装いながら深く沈んでいらっしゃるのも、縹の御子のせいだと。
『眠ったまま目覚めない』などという今回のただならぬ不調も、縹の御子の不実が遠因、否、直接の原因と、東の対屋の者は皆、思っていた。
その原因がのこのこと見舞いに来て、喜ぶ者などいない。
御子が『御子』という身分でなければ、彼ら彼女らから塩を投げつけられ、足蹴にされて放り出されたやもと、東の対屋へ入った途端に冷たい視線にされられ、御子は思い知る。
「お前たち」
月影の君が対屋のただならぬ雰囲気を覚り、少し苦笑いした。
「思うことは色々あるだろうが。縹は本気で紅姫を心配して、こちらへ参ったのだよ。我と共に縹を、紅姫に会わせてくれないか?」
「……月影の君の御意のままに」
奥を取り仕切っている上臈女房たちは、几帳の陰で深く平伏し、わざとらしいまでに恭しくそう言った。




