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九 たとえ、形代であったとしても。④

 夜具の中で横たわった紅姫の胸元に、ちょこんと小さな鳥がいた。

 一見雀のようだが、雀にしては色合いが鮮やかだ。

 普通の雀なら茶色の部分が丹色で、それ以外は雀と同じようなところが白と黒の羽色。

 驚きのあまり声すら出なかった。


 丹色の雀は可愛らしく小首をかしげ、チチ、と鳴いた。


『そんなに自分を呪うものではありませんよ、やんごとない郎女いらつめさん。自分で自分を呪うほど、強力な呪いもこの世にはそうないものです。郎女さんは巫覡かんなぎの素質があるんだから、余計良くないなァ』


 チチチ、と鳴く声に被さるように、どこか暢気なというか飄々とした声が、頭の中へ響いてくる。

 不思議と恐ろしさはなかった。

 飄々としてはいるが、どこかいたわるような、優しい声音にも感じられたからかもしれない。

 たとえるのなら、訳知りの年配者が姪やら孫娘やらを柔らかくたしなめているような、そんな声音のようにも感じられる。


『お前さんはどうも、ちょいと気晴らしというか九重の外へ出た方がよろしいようだね。この雀が案内しましょう』


 チチ、と鳴くと、雀はパタパタと短い羽根をはばたかせた。

 ふわり、と小さな丹色が浮かび上がる。


(おいでなさいませ)


 否やはなかった。

 唐突に紅姫の身体はふわりと浮き上がり……気付いた時には、日の宮の屋根より高い位置にいた。


(丹色の雀は神の使い……)


 古くから言い伝えられている話を、紅姫は思い出す。

 どの神の使いだろうかとぼんやり思うが、どの神であっても構わないとも思う。

 それが大白鳥神にまつろわぬ、狡猾な鬼神であったのだとしても。

 仮に己れのたまを鬼神に食われたとしても、身体までは死んだり乗っ取られたりしないだろう。

 この身に流れる大白鳥神に連なる貴い血が、鬼神の企みなど弾くであろうから。


『ははは、物騒ですねえ。この雀はそんな大層な者ではありませんよ。可愛いいもの尻に敷かれている、ただの情けない親爺(ジジイ)です。闇にも光にも干渉されず近付けるのは、『いろなし』とも呼ばれる我くらいなものですからね』


 紅姫はぎくりと身を竦めた。

 己れの心の内を読まれたことも驚いたが、名乗った神の名にはもっと驚いた。


「い、いろなしの、みこと……あなた様はいろなしのみことであらっしゃるのですか?」


 思わずその場にひれ伏そうとした紅姫を、慌てて雀は制する。


『いやいやいや、やめて下さいな。たしかにまあ、そう呼ばれている者ですがね。単に古くからるというだけで、そんな大層な者じゃないのですよ。我は秩序に囚われない流れ者、胡散臭さでは『神』と呼ばれる者の中で随一というしょうもないおっさんですから』


 だから頭を上げて、どうぞ気楽に。

 何度も雀……いろなしのみことからそう言われ、紅姫は、そろそろと頭を上げた。

 紅姫の顔の高さで浮かび、困惑したように何度も首をかしげる雀は奇妙な愛嬌があった。


『この姿も善し悪しですかな? 日の宮へ入り込むには良かったんですがね。では別の姿になりましょう、その方が郎女さんもかえって余計な気を遣わんでしょうし』


 ぶわっと雀の姿が歪み……黒髪の上に丹色の烏帽子を被った、くたびれた白の直衣なほし姿の壮年ほどの男が瞬きひとつの間に現れ、紅姫の前に立っていた。


「改めまして。いろなしとも呼ばれている、古いのだけが取り柄の胡散臭いおっさんです。短い間でしょうがよろしくお願いします」


 柔らかい声でそう言う彼は、丹色の烏帽子をかぶった頭を軽く下げ、人好きのする良い顔でほほ笑んだ。

 つられらように紅姫もほほ笑んだ。


(……しまった!)


 笑みに笑みを返すのは、呼びかけに応答(こたえ)をしたのと同じ。

 相手の術の中へ囚われることに繋がる。



 巫覡(かんなぎ)の修行を始める時、繰り返し教えられる基礎中の基礎の教えを紅姫は思い出したが。

 神々随一の『胡散臭いおっさん』を自称しているとはいえ、始祖大御神(みおやのおおみかみ)が最初に生んだ神の霊力の前に、たとえ大白鳥神の末裔とはいえ人の子が抗える筈もない。



 紅姫の魂は、(うつつ)から連れ去られた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いろなしのみことの大物感( ˘ω˘ )
[一言] このことが紅姫にとって良いことになるのかどうか。
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