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七 それぞれの朝、それぞれの思い⑤

「……そう、ですか。残念です」


 呟くようにそう言うと、玖珠は音もなくその場から去った。



「御子さま」


 困惑のまじる仁礼にれの声へ、御子は苦く笑んでから半身を起こす。


「すまないね。お前だけにでも最初から説明していれば良かったのだが。あの人の無事が気になって、急いてしまった」


 縹の御子は仁礼に、昨日昏倒して以来の、此岸コチラにいる者にはわからない出来事――生死の狭間である薄闇の草原へ迷い、そこで冥府へ引かれようとしている紅姫に会ったこと、『里帰り』を名目に務めから外されたらしいなずなが、紅姫を救う為の生きた『形代かたしろ』にされていたこと、紅姫に代わって冥府へ墜ちようとしていた彼女を追って、自らも冥府へ迷い込んだこと――を、かいつまんで話した。


「冥府で我は女神『くろ』のみこと……正確には、みことの依代みくらとなった燕雀エンサクの頭に会ったのだ。かの方に、紅姫が背負って生まれた『死へと向かう意志』という業は、王族すめらぎという一族全体にかかる業のようなもの……だと聞かされた。これを一番穏当に消すのは、並み以上の器を持つ巫覡かんなぎに背負わせ、冥府に沈めることだと。もしなずなが代わらなければ、最初からのさだめの通り、紅姫が死ぬのだとも。我は……そのどちらも受け入れられなかった」


 仁礼は黙って、主の話に耳を傾けていた。


「人間としてそんな非情は受け入れられないだとか、きれいな理由からではない。我は……愛しい者たち、どちらかを選べと言われると衝動的に己れ自身をこの世から消してしまいたくなる、そんな愛しい二人に生きていて欲しかっただけなのだ」


 御子はそこで、深い深いため息を吐いた。


「正しいとか正しくないとかわからない。そもそもなずなにとっては、我の一方的な思いなど迷惑以外の何物でもなかろう。でも……我は。あの子が死ぬなど受け入れられなかったし、だからといってさだめのままに紅姫を亡くすことも耐えられなかった。駄々っ子のような衝動のまま我は、なずなの身に絡まっていた業を半分、結果として自ら望んで我が身に引き受けたのだ」


 仁礼はぎょっと顔を上げた。

 御子はかすかに笑み、小さく首を振った。


「心配するな。紅姫を苦しめた業は、我となずなとで半分に分けたおかげで、直接的な悪い影響はなくなったそうだ。『くろ』のみことがそうおっしゃったのだから、まず間違えない」


 御子となずなの命がさだめに縛られることになり、互いのうち片方が冥府へ逝くことになればもう片方もほどなく命を失くすことになる……事情は、取りあえず今は黙っておくことにした。

 少なくとも今、これ以上仁礼に余計な心配をかけたくない。


「……御子さま」


 ややためらった後、仁礼はそっと問うた。


「我には何とも言えませんが。御子さまが嘘をついていらっしゃらないことは、お話の端々から伝わってきます。御子さまが真実、紅姫さまを思っていらっしゃることは貴い方々も御存じですし、我だけでなく宮城に仕えている者ならば皆、存じ上げております。御子さまのお気持ちとして、そこまで大切におもっていらっしゃる紅姫と同じくらい、なずなという伺候名女童わらわめを思っていらっしゃることが伝わって参ります……突然で理解しにくい、のが正直なところではありますが」


 申し訳ありません、と頭を下げつつも仁礼は、御子の思いそのものは完全に否定はしなかった。


「ただ……玖珠殿の様子から見て。紅姫とその周辺の方々に、その……、御子さまのお気持ちを受け入れていただけるのは、やはり難しいかと」


 言の葉を探し探しそう言う仁礼へ、


「……そうだな」


 と、御子は答えた。

 縹の御子は軽く目を閉じ、もう一度深いため息を吐いた。

 仮に己れが反対の立場であったとしたら、心穏やかに受け入れることなど出来ないであろう。


「そうだな……無理な話だ。だが受け入れていただけなくても。紅姫に誠意を持って、このことを話させていただかなくてはならない」


 枕元の灯火が、風もないのに不吉に揺れていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃあ君の他にも好きな娘がいるって言われたら、ね( ˘ω˘ )
[一言] 50部分おめでとうございます。 自らを「駄々っ子」と呼び、冷静に語る御子。 次話が気になりますね。
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