六 大白鳥神の禁術⑤
短いですが、ここでこの章は終わります。
気配の違いをまず察知したのは、さすがに大白鳥神の器である月影の君だった。
佐嘉希に抑えられ、太政大臣が聖域へ入って後。
月影の君は、放心したようにガクリとその場に座り込んだ。
うつむき、彼はそのまましばらくじっとしていた。
短いのか長いのか、その場にいる者たちにとってよくわからない時間が過ぎ……唐突に。
月影の君が立ち上がった。
「帰ってこられた!兄君だ!」
叫び声に驚き、誰もがあっと息を呑んだ刹那、月影の君は聖域へ走りこんでしまった。
月影の君はもどかしそうに社の扉に手をかけ、開け放つ。
輝きを内に込めた『ご神体』が今、ただの水晶の球としてそこにあった。
神気が極端に薄れているためか、常と違って社の中は薄暗かった。
ここに今、大白鳥神の和魂はいらっしゃらない……が。
こちらへ向かってきていることは、かすかながらも徐々に強くなってくる、びりびりと肌を弾く波動の在り様でわかる。
鈍い音と共に、水晶の球が唐突にひび割れる。
それと同時にすさまじい光があふれ出た。
光はたちまち大きな白鳥となり……不意にその眩い光は消えた。
薄闇の中、白鳥はたちまちヒトの姿へ変わり、重い音と共に床に倒れ伏した。
「兄君!」
月影の君が助け起こすと、別人のようにやつれた太政大臣がうっすらと目を開け、口許に笑みを刻む。
「皆で、戻ってきましたよ……乙彦」
悪戯が成功した悪童のような顔で彼は、月影の君を子供の頃の呼び名で呼んでそう言うと、気が抜けたように意識を飛ばしてしまった。
肩で担ぐようにして、月影の君は兄を外へと連れ出す。
外で控えている者たちへ兄を託すと、月影の君は、用意しておいた予備の『ご神体』を抱え、社へと取って返した。
放っておけば全世界に無意味に散らばってしまう大白鳥神の神気を、先程までと同様『ご神体』の中へ安置しなくてはならない。
それが出来るのはやはり、『大白鳥神の器』たる王族の方のみ。
決して禁術ではないが、こちらも寿命を縮める術である。
が、それを怯える気持ちなど月影の君にない。
呼吸を調え、彼は、この場合の決まり通りにゆったりと両腕を広げ、空を見上げるように上を向き、言の葉を紡ぐ。
「日と月の神・神々の王・我らの御祖神よ。我はみことの末裔に連なる者なり。何卒この身を、みことの『依代』になさって下さい!」
細かな光の粒子が音を立てるような勢いで、月影の君へ向かって降り注いだ。




