六 大白鳥神の禁術③
つばくろは息を呑んだ。
王族の血筋の上へ降り積もった拗れた業の紐を、結果的にほぼ半分ずつ身にまとった少年少女は。
さながら熟した柿の実のように、ガクンとその身を闇の底へ墜としかけ……たものの、何故か急に止まった。
互いにうっすらと業の紐でつながれたまま、二人は、何が起こったのかわからないままぼんやり見つめ合っていた。
しばらくは完全な無音といえる、静寂に包まれていた、が。
突然、つばくろはくつくつと笑い始め……次第に、さも可笑しそうに呵呵大笑し始めた。
「な……何が可笑しい!」
思わず気色ばみ、御子はつばくろを睨んだ。
他人に『笑われる』機会などないまま育ってきた縹の御子は、『笑われた』という事実にカッとなる。
「いやいやだって」
ひいひいと苦しそうな呼吸の中、つばくろは言う。
「こんなの……完全に『想定外』というヤツでしたからねえ。若い子の癇癪ってのかわがままってのかも案外、悪くないものなんだと認識を新たにしたのですよ、御子さま」
「は? 癇癪? わがまま? どういうことだ?」
「だって」
笑いを収め、つばくろは言う。
「御子さまはさっき、『運命の女』たちに先立たれるくらいなら自分が死んでやる、そう思ってなずなさんの身体から黒い紐をむしり取ったんだろう?」
御子はうっと口をつぐんだ。
あの薄闇の草原で御子は、走りすぎて眩みそうだった視界の中、なずなが紅姫の身体から、忌まわしい黒い紐をむしっているところを見た。
むしられた紐が、むしった者の身体へ絡みつくのも。
だから、仮になずなの身体に巻き付く忌まわしい紐をむしり取れば、そのまま己れの身体へ移るだろうと、漠然とではあったが理解していた。
ただ、彼は別に自己犠牲的な思いでそうしたのではない。
またそれ以外の、明確な考えや思惑があったのでもない。
衝動的というか、ほとんどやけくそでそうしただけだ。
母君の時のような思いはもうたくさんだ。
愛しい者に逝かれるのは、もうまっぴら。
御子の中にあったのは、その衝動だけ。
瞬間的に、このまま此岸に置きざりにされるくらいなら己れが死んだ方が余程まし、と思ったのは確かだ。
が、だからそうしたというのでもない。
衝動、獣の本能のような衝動でそうしたとしか、言えなかった。
「いやあ……けっこう長く生きてきた妾だけど、まだまだ世界にはわからないことはいくらでもあるんだねえ。こんな……この世で指折りの、ややこしい業というか呪いというかの発動を止める、こんな方法があったとはねえ」
感心したようにそう言った後、つばくろは頬を引いて真顔になった。
「御子さま。あんたがどういうつもりで、なずなさんの身体から黒い紐をむしったのかはともかく。結果として、この業の紐はあんた方二人に、ほぼ等分に分けた状態で絡みついた。そのことによってあんた方は当面、死ぬことはなくなった」
え、というつぶやきが、ほぼ同時に二人の少年少女の唇からもれた。
つばくろは困ったようなほっとしたような、何とも複雑な笑みを浮かべた。
「一人の命を必要とするこの業は、二つに分かれることで正しく力を発揮出来なくなったようだねえ、妾だって初めての状況だから断言はできないけど。でも、少なくとも今すぐ二人が、冥府の底へ沈むことはない様子だよ」
つばくろは更に真面目な顔になり、鋭く二人を見た。
二人というより、かすかにつながったままそれぞれに絡みついている業の紐の状態を、見極めようとしているらしい。
「あんたがた二人は、良くも悪くも『運命の相手』になってしまったようだね。そもそもこの紐には、絡みついた者を死へ引きずり込むという意志しかない。そこには大義も恨みもない。単純に『終わる』ことを望む強い意志というのかね、それが王族に降り積もっている業なのだよ」
つばくろは何故かそこで、ひどく寂しく笑んだ。
「だけど……こうして分けてしまえば。今すぐどうこうというような、目覚ましい悪さは出来ないみたいだ。ただ……」
つばくろは、その冥府の闇ににた黒い瞳を、ひたっと少年少女へ向けた。
「あんた方。あんた方のどちらかが死ねば、もう一方も程なく死んじまうよ。そういう形の『業』として、二人に絡みついちまった。今後はせいぜい、相手の為に長生きをするよう、気を付けな」
気圧されたように二人は、つばくろへうなずいた。
いい子だ、と、つばくろは口の中でつぶやくように言うと、不意に遠くへ目をやった。
「……ちょうどいい。お迎えが来たよ」
彼女の言の葉と共に、眩しい白い光が二人の子供たちを包み込んだ。




