六 大白鳥神の禁術②
聖域に一歩、踏み込んだ途端。
太政大臣は、びりびり、と全身がしびれるような心地がした。
強い神気……大白鳥神の波動が満ち満ちている。
神気のおかげでこの場も建屋も、決して古びたり朽ちたりしないとされている。
少なくとも太政大臣が初めて『あらたまごと』に臨んだ日に見た風景と、何も変わっていないのは確かだ。
(心を、落ち着けて……)
腹からする呼吸を繰り返し、太政大臣は進む。
聖域の中央にある社、その社の中に鎮座する大白鳥神の和魂。
深い呼吸を繰り返し、彼は社の扉を押し開ける。
光を内に込めた大きな水晶の球が、静かにそこにあった。
「日と月の神・神々の王・我らの御祖神のみことよ。我はみことの末裔に連なる者なり。何卒この身を、みことの『依代』になさって下さい」
略式ながら依り付きを望む言の葉を唱えつつ、太政大臣はご神体に手を乗せる。
水晶の中にくぐもる光が一瞬強く輝き、彼のてのひらへ集まってきた。
「この身を、依代へ!」
再び唱えた刹那、光はてのひらに吸われる。
(……ぐっ!)
焼けるほど熱い塊が、彼のてのひらから瞬く間に全身を巡る。
「我は……『大白鳥神』なり」
言挙げをした瞬間、身体中で玻璃の砕けるようなかすかな音がした。
太政大臣の寿命を食らい、大白鳥神の和魂が完全に依り付たのを感じた。
(元締め。貴女に託された人形、有り難く使わせていただきます)
太政大臣は懐から紙の人形を出し、軽く目礼する。
そして……勢いよく、二つに割いた。
その刹那、人形から悲鳴に似た衝撃が指先に伝わった。
割いた人形の切れた間に、この場にそぐわぬ、かすかな闇が現れた。
「参る!」
言挙げであり、鼓舞でもある言の葉を叫び、大白鳥神の和魂を依り付かせた太政大臣は、白鳥に姿を変えて闇の中へ飛び込んだ。
太政大臣が化身した白鳥は、暗黒の闇の中を行く。
身の内に光を抱え、唯一光源を持つものとなった白鳥は、ひたすら闇の中を飛んだ。
この暗闇に堕ちた、大切な子供たちを探して。
(早く……早く!)
見つけなくては!
「にいさまー!なずなー!」
悲痛な細い泣き声が聞こえてきた。
紅姫の声だ。
白鳥は声を頼りに探す。
暗闇にうずくまる小さな白い影。
白鳥は翼を広げ、泣いている彼女を優しく包み込んだ。
大白鳥神の光は、冥府の闇の中であたたかみと安らぎを与えるもの。
白鳥に抱えられた紅姫は、おそらく気が抜けたのだろう、静かに目を閉じて眠り始めた。
(紅姫は保護した。後は、縹の御子と鶺鴒の総領娘だ)
太政大臣の白鳥は、翼で大きく闇をたたく。
動く度に、玻璃の砕けるようなかすかな音がしたが、かまっていられなかった。
(この身が砕け散るまでに……あの子たちをつかまえなければ)
焦りに押され、やみくもに暴れたくなる気持ちを抑えて、彼は辺りを探る。
しばらく後。
何やら激しくやり取りをしているらしい声に気付いた。
声のする方を探り、太政大臣の白鳥は慎重に方向を変えた。




