五 ゆく鳥・追う鳥⑦
「……え? ひょっとして貴女、つばくろ殿ですか?」
さっきの童女とは全く違う年齢にしか見えないが、醸し出す雰囲気や口調は独特であり、燕雀の頭・つばくろと同じであった。
ふふん、と女は、やや嬉しそうに鼻を鳴らす。
「へえ。見た目にごまかされない良い感性を持ってるじゃないか、なずなさん。幾万幾億の死を看取ってきた妾であっても、このままあんたを死なせるのは惜しいと思うくらいだよ。ねえ、縹の御子さま。そうは思わないかい?」
馴れ馴れしい問いかけに、御子は反射的に不快に感じて眉を寄せた。
「おやおや。ご不興を買いましたか?」
揶揄するようなつばくろの声に、御子は冷ややかな声で答える。
「不興を買う?……そもそもお前は何者か? 我を、王族の御子と知ってその態度ならただでは済まぬが、わかっていないのか?」
つばくろは楽しそうに高笑いした。
「いいねえ、その気位! こんな訳のわからない暗闇の中、急にのそっと現れた怪しい女にさえ、恐怖より不遜な態度へ怒りを感じる。光の神を祖に持つに相応しいその誇り高さ、妾も嫌いじゃないよ。……単に無知で、向こう意気が強いだけの童子だとしてもね」
「つ、つばくろ殿!」
なずなは思わず、叱責するような声でつばくろへ呼びかけた。
いくら彼女が『燕雀の頭』……王族とは対になるという、特別な巫覡であったのだとしても。
この世で最も貴い、大白鳥神の濃い血をお持ちになる方への態度ではない。
不意につばくろは真顔になり、黒い瞳でじっと御子を見た。
彼女からあふれ出る不思議な威圧に、御子も一瞬、たじろぐ。
「名乗りが遅くなり、失礼いたしました。妾は燕雀の頭とか元締めとか呼ばれている、つばくろと申す者。……燕雀のこと、正しくご存じでしょうか?」
燕雀、と御子は呟いた。
つばくろは含み笑う。
「どうやら少しはおわかりになっているご様子ですね。あなた方が大白鳥神の器であり、ある意味、大白鳥神そのものとも言える存在なのと同様、妾も……」
「……存じ上げている」
かすかに青ざめ、御子は、さっきとは違う遜った口調で言った。
「聞き及んでおります。燕雀の、今の頭であるつばくろ殿。貴女はすなわち冥府の女神『くろ』の器であり……『くろ』そのものでもある、お方、だと」
つばくろは声もなく、口角を上げ笑んだ。
「正解。よく出来ました。あの小生意気だった宮の太政大臣も己れの無知を戒め、きちんと次代を育てる努力をしている様子だねえ。これなら今上も次代も安泰だ」
そして再び彼女は頬を引いて真顔になった。
「だから、縹の御子。なずなさんをつかまえている手を放しなさいませ。……あんたは死んじゃいけない。紅姫の伴侶になり、この世を治めて次代を担う御子を生み育てるという、誰にも代われないお役目がある。重い重いお役目さ。今ならまだ間に合う、手を放すだけで……あんたは生者の住む光の世界へ戻れる。なずなさんがどんな思いで、己れの命を差し出したと思っているんだい? あんたが死んじまったら、なずなさんの命がけの献身も無駄になってしまうだろう?……さあ。手をお放しなさい」




