四 丹雀の館⑧
その後は特に話すことなく、三人は進む。
なんだかずいぶんと歩いているような気がするが、まだ館の最奥ではない様子だ。
(この館、本当に現にあるのかしら)
ふとそんな益体もないことを思い、心許ない気分がなずなの胸を揺曳したが、軽く首を振って追い払う。
つまらないことに気を取られ、心を乱してはならない。
閂で閉ざされた白木の扉が見えてきた。
両開きのそれはかなり大きい。
なんとなく、剣の道場の入り口を思わせるたたずまいだ。
風のような衣擦れの音が後ろから近付いてくると、なずなたちを追い越した。
先程なずなを案内した、陰気なたたずまいの男だ。
彼は無駄のない所作で扉の閂を外し、つばくろへ軽く頭を下げた。
「ご苦労。お前たちはこの辺りで控えていておくれ。わかっていると思うけど、この戸が自然に開くまで、勝手に開けるんじゃないよ」
「心得ました」
深く頭を下げる男へつばくろは、顎をしゃくるようにして『もう行け』と言いたげに合図をした。
男は再び、風のように素早くその場から去った。
「さて。宮の太政大臣に、なずなさん」
つばくろは漆黒の瞳で二人をじっと見た。
「ここへ入れば後戻りはできない。もちろんわかっているだろうけど……」
「わかっている」
太政大臣はうなずく。
「もちろん、我もこの儀に参ずる」
つばくろは一瞬目を閉じ、ひとつ息を落とした。
「万が一のことがあった場合、大臣の命の保証はできない。もしもの場合、王族が燕雀の方へねじ込んできたりしたら、あんたがた大白鳥神の末裔はおしまいになるよ?ちゃんとわかっているかい?」
念を押すつばくろへ、宮の太政大臣は苦く笑った。
「わかっている。燕雀をきちんと理解していなかった若い頃とは違う。昔が昔だから信用ないだろうが、我もさすがに大人になったのだよ」
それを聞き、つばくろはほのかに笑んだ。
「そうかい。信用しよう」
そう言いながらつばくろは、胸元から小さな紙の人型を取り出し、太政大臣へ渡した。
「万が一の場合の歯止めというか、あんた方にしか出来ないことをやらなければならない場合に、使っておくれよ」
逡巡したが、太政大臣は礼を言って受け取った。
「さて、なずなさん。あんたの覚悟はどうだい?」
ぎくりと身を揺らせたが、なずなは深く息を吸い込んだ後、
「覚悟は出来ております」
と答えた。
「……そうかい。あんたに真を感じるよ。真には真を返すのが、我々燕雀の、唯一といっていい掟でね。妾もこの儀に全力を尽くすと誓おう」
つばくろが体重をかけるようにして、両開きの白木の扉を開ける。
扉の向こうは、ただ、闇。
漆黒の闇。
まるで冥府のようだとなずなは思う。
「行こう」
かすかにこちらを向き、意外なくらい真摯さのこもる声でつばくろは促した。
深呼吸をし、闇へ向かって一歩、なずなは踏み出した。




