四 丹雀の館⑤
何かを覚り、更に青ざめるなずなの顔をちらりと見、やや目を逸らして太政大臣は言う。
「この御告げは絶望的なまでに重かったが、ではまったくの絶望かといえばそうでもない。この御告げと同じ時に、次代を担う日月は長じて後に素晴らしい子を成す、その御子は大白鳥神そのものたるお方であろう、というものも伝えられた。つまり……形代にこの不吉なさだめを移せば。姫御子はお健やかに……少なくともお一人はお子をお産みになられる。そういうことだった」
ため息をつき、太政大臣は視線をなずなへ戻した。
「我々はすぐさま、形代を用意するべく動いた。まずは手練れの人形師に頼み、姫御子の姿を写した雛を作らせた。精巧に、まるで生きているかの如くの雛を幾体も。そしてそこへ姫の不吉なさだめを移そうと、密かに何度も努めたのだが……叶わなかった。これは、後から被せられた呪いの類いではなく、さだめ。それも、生まれる前から強く深く姫の魂に絡みついているもの。意思も命も持たぬ虚ろな木偶では引きはがせぬのだとわかった。……その時点で、紅姫はすでに七つ。猶予は五年を切っていた」
太政大臣はひとつ、大きく息をついた。
「焦る我々へ、密かに手を貸そうと申し出てきた者たちがいた。『燕雀』と呼ばれている者たちだ」
「えんさく、ですか?」
なずなは思わずのようにつぶやいた。
『燕雀』は世間の外れ者、あるいは大白鳥神にまつろわぬ者たち。
気ままな浮かれ者であり、不道徳な者たち。
だが所詮は小者であり、目に余る悪さをしない限りは大白鳥神の慈悲で捨て置かれている者たち。
巷ではそう言われている。ほぼ、破落戸と同義だ。
「……『燕雀』は破落戸のように思われているだろうが、実態は我々王族の裏側、といえる存在だ。日の光・月の輝きが届かぬ場所が、現実にはどうしても出てくる。光の後ろにある陰や闇を見守る者が、『燕雀』なのだ。少なくとも『燕雀』の頭と頭に近しい者たちは、そのことをよくよく心得ている。死と冥府に関わることは、彼らの方が大社に務める巫覡以上に詳しいだろう。その彼らが我々へ言伝てきた。形代は、姫御子に近しい年頃の、並み以上の巫覡の能力を持つ少女でなくてはならないだろう、と」
「はい……」
震え声ながら真っ直ぐなまなざしで、なずなは答えた。
「なずなよ」
苦し気に太政大臣は眉を寄せた。
「王国中を、それそこ小さな村まで隈なく探してようやく見つけ出したのが、貴女なのだ。誰よりも姫御子の形代に相応しい資質を持つのは貴女……鶺鴒の総領娘であり、大社の次代の大巫女候補である貴女だった」
「はい」
深いため息の混じる返事になってしまっていたが、なずなは背筋を伸ばした。
「我のような者がお役に立つのでしたら。務めさせていただきます」
太政大臣の瞳が昏く陰った。
手の中で閉じた扇を、折れそうなほどきつく握った後に彼は、どうにかほほ笑みを作って言った。
「……そうか。その貴い志に感謝する」




