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『収穫祭』【前編】



 あー、時が経つのは早い。

 ついこの間『狩猟祭』があり、『肉加工祭』、そして大市がやっていたと思ったが……あっという間に十月も末となった。

 明日には『収穫祭』が開催される。

 俺たちの選択肢としては『エンジュの町』の酒とソーセージ。

 あるいは、慣れ親しんだ『エクシの町』のピザ。

 なお、チーズ大好きシータルは圧倒的に『エクシの町』派である。


「…………」


 で、それはそうと俺はたった今、配達員から手紙と荷物を受け取ったところ。

 今回は実家からではなく、『エクシの町』のクーロウさんからの手紙だ。

 内容は……『クローベアが家畜を襲う被害が出た。注意しろ』である。

 おそらく『狩猟祭』で猟友会が頑張ったため、近隣の草食動物が減り、クローベアが餌を獲りづらくなったのだ。

 だから最近家畜まで襲うようになった……まあ、そんなところ。

 手紙には『本格的な冬になる前に討伐する予定だ。予定が決まったら追って連絡する』ともある。

 その際は参加しろって事かな。


「はあ」


 まあね……共生していけるのなら肉食獣は貴重だ。

 けれど、家畜を襲うという事は、人も襲うようになるという危険が跳ね上がるという事。

 クーロウさんのその心配は町を預かる者として当然。

 こっちとしても小さい子どもが多いから、クローベアにうろつかれるのは大変に迷惑。

 見回り強化した方がいいかなー。


「ユーお兄ちゃーん! お昼ご飯だよー!」

「はいよ」


 アーチ門の前に突っ立って手紙を読んでいたが、さすがに手先が冷えてきた。

 そろそろ戻ろうか、というところにファーラの声。

 昼ご飯……そんな時間か。


「あのね、あのね、今日のパンはファーラが作ったんだよ!」

「へー、ついに俺が食べてもいいレベルに達したのか?」

「うん! 絶対美味しいから!」


 そうかそうか〜。

 ファーラもすっかり元気な女の子だな〜。

 子どもが健やかに成長していく姿はいいものだ。


「そういえば、ファーラも『エクシの町』でいいのか?」

「うん! ファーラもピザ好きだから!」

「そうか……じゃあやっぱり『エクシの町』でいいかな。『エンジュの町』は遠いし」

「ピ・ザ! ピ・ザ!」


 ぴょん、ぴょん、と跳ねるファーラ。

 ……子どもが健やかに成長していくのは、よいものだ……。


「…………」


 しかし、この子らも再来月には引越し。

 クーロウさんとドゥルトーニルのおじ様がなかなかに張り切って作っているので、予定より早く完成しそうなんだってさ。

 まあね、この子たちもあっという間に大人になるだろうから、職場はもちろんどんな人生を歩みたいのか選べる範囲で選ばせてやりたい。

 今のところ就職先が決まっているのはシータルのチーズ屋ぐらいだけど……『エクシの町』で働くのなら、やはり施設から通う方がいいだろう。

 ニータンは計算や文字書きが順調なので、あれならレグルスのところで事務員としてやっていけると思うし……ファーラは『加護なし』を活かして、竜石学校で万が一の暴走事故防止要員になるのがいいのではないか、と勝手に思ってる。

 クオンは働き者なので、クラナ同様嫁の貰い手は引く手数多だろう。

 問題はアルとアメリーだろうか……。

 未だあの二人の適性が分からない……特にアメリー……。

 ん、でも、そういえば レグルスが温泉宿を作ろうとやる気に満ち溢れていたなー。

 アメリーに温泉宿の女将とかどうだろう。

 あの子の朗らかな笑顔は旅人には癒しになり得る気がする。

 まあ、先の話になるけれど。


「フラン、お帰り! なにが届いたの?」


 階段を登って、玄関扉を開く。

 野菜スープのいい香りと、ラナの笑顔のお出迎え。

 幸せだなぁ、と頭の片隅で思いながら、微笑み返す。


「んー、クーロウさんから……」


 とはいえ……届いた手紙の内容はあまり幸せなものではない。

 だが、注意喚起は必要。

 だからそのまま伝える。

 クローベア、いい加減なんとかならないものだろうか。


「そうなの、クローベア……結構前からだけどね」

「うん、まあ……でも家畜や人を襲わないならわざわざ殺す必要は、ね」

「そうねー」


 でも、それも終わりだ。

『エクシの町』で家畜の被害が出た。

 人間を襲うようになる前に、駆除しなければならない。


「ラナ姉さん!」

「クラナ? どうしたのよ、そんなに慌てて……」

「あ、明日! なにを着ていけばいいんでしょうか!」

「は?」


 んー?

 慌てて階段から降りてきたと思ったら、開口一番着るものの話?

 しかし、その慌てよう。

 一体なにがどうしたのか。

 聞けば、ダージスに明日の『収穫祭』にデートに誘われているんだって。

 まあ、単純に一緒に出店を回って、ピザを食べよう、的な。

 その間、子どもたちは俺たちが見ていればいいし、クラナがようやく仕事の休み方を理解してきたのだから全力で応援すべき……。

 と、ラナの鋭い眼差しが物語っている。


「わたし、地味な服しか持ってなくて……」


 まあ、確かに。

 作業に適した服を三着のみ。

 この間の大市の時も「冬服もう一着買ったら?」と聞いたら「着まわせるので大丈夫です!」って言って頑なに買わなかったし。

 うちの家計は大丈夫だというのに……。


「あら、それなら私の服を貸してあげるわよ!」

「え!」

「…………」


 心の中で合掌。

 クラナ、ファイト。


「フラン! ご飯のあとクラナのファッションショーやるから! 感想聞かせてね!」

「うん、まあ、いいけど……」


 …………ラナじゃないのか。

 まあ、クラナの人生がかかってるし真面目に考えるけど……俺が考えたところで無意味なような。

 あと、なぜわざわざダージスのためにそこまでしてやらねばならないのかという。

 そもそもクラナは普通にしてて美少女なんだから着飾る必要なくない?

 ダージスだって、別に着飾ったクラナに一目惚れしたわけではないんだし。


「ちなみに今日のお昼ご飯はフランの大好きなオムレツよ」

「マジで!? 嬉しい!」

「ふぁ、ファーラのパンも食べてね!?」

「え、もちろん」




 まあ、そんな風にラナは俺のやる気を起こしてくれるので、昼食後はみんなダイニングに集まって二階から降りてくるクラナとラナを待つ。

 なお、シータルとアルはすでにつまらなさそう。

 だが、そのつまらなさそうな顔は、足音で消えた。

 ラナの持ってきた服もそれほど多くはないが、平民のものと比べればそれは——。


「ひゃ、ひゃあ〜! クラナきれーい! お姫様みたいー!」

「すごぉーい!」

「かわいい〜!」


 女子たちが騒ぎ出し、男子組は目と口が開いたままになる。

 おお、ニータンまであんぐりだ。

 まあ、確かに想像を超えてきた。

 化粧も施され、存外売る事もなくラナが持ち続けていた公爵家令嬢の装飾品。

 髪には香油で艶が出され、多分コルセットもやられたな。

 ラナにしては珍しく薄いピンク色のワンピース。

 しかし、瞳が赤いクラナにはよく映えている。


「ど、どうでしょうか……」

「装飾品は安いやつにしたら?」

「あら、一番安くて小さなやつよ?」


 マジか。

 さすが公爵令嬢……いや、持たせたのは宰相様だったな……!


「本物は目立ちすぎるんじゃない?」

「そう? ……そうか……『収穫祭』って踊ったりするってローランさんが言ってたものね」


 それほど激しく踊るわけではないと思うが、『収穫祭』は広場で男女が一日中入れ替わり立ち替わり踊り続けるらしい。

 お腹が減ったら用意されている食べ物を食べ、酒を飲み、また踊る。

 日付が変わるまでとにかくそれが繰り返されるそうだ。

 庶民の体力恐るべし。


「でも私、こういうのしか持ってないのよね。どうしよう?」

「ダージスに贈らせれば?」


 アイツの家族は来ているようだし。

 挨拶にわざわざ来ていたが、世話を焼くつもりがないのでやんわりお帰り頂いた。

 しかし、家財道具は一式持ち込んでいたらしく、それらを売って学校の側に家を建てるようだ。

 それまでは学校の寮を借りるとかなんとか。

 寮、便利に使われすぎてて笑う。

 まあ、クラナの嫁入り先になるかもしれないのでせいぜい立派な家を建てて欲しい。

 なのでまあ、金はそこまで心配ないだろう。

 本人も竜石職人の学校で学びながら農業を『ダガンの村』出身者たちに聞いて畑を作っているというし。

 立派な農民になれるはずだ、多分。


「それもそうね」

「ええ!? そ、そんな事!」

「あら、そこは甲斐性というやつよ、クラナ。貴族では常識だわ」

「っ、で、でも、ダージスさんはもう貴族ではありませんし……」

「それにアクセサリーの一つ二つ贈れないような男に嫁がせるつもりはないよ」

「ユーフランさん!?」

(フラン……お父さんかしら……。早くない? その域に達するの……)


 ラナがなぜかとても優しい笑顔になった。

 という事はラナも同じ気持ちという事だな、うん。

 だよね!


「ふふふ、『青竜アルセジオス』には『ネックレスをしてイヤリングをしていない女性には指輪を贈れ』という(ことわざ)があるのよ。まあつまりその人はお前に気があるから、結婚を申し込めって意味なんだけどね」


 へえ、ラナはその辺りの記憶はあったのか。

 ものすごく分かりやすい女性から男性へのアプローチの仕方。

『青竜アルセジオス』の男なら必ず父親から聞かされている。

 ……指輪かぁ……前は迷惑かと思ったけど、一応夫婦という事になってるし、やっぱり贈った方がいいかな……。

 でも『聖落鱗祭』の時に贈るものはもう決めちゃったし。


「…………」


 どうも、あの通信玉具で話してから、変。

 一緒にいたくて、一緒にいたくて、ちょっとつらい。

 いいじゃないか、って、思う。

 いつか嫌われて、離れる時に迷惑になったとしても……指輪を贈っても、いいんじゃないかって。

 だって今、夫婦だし、恋人だし……彼女の、その特別な位置にいるのは俺なのだから、もう少し、独占してもいいんじゃないかなとか、思ってしまう。

 本当にずっと一緒に、いたい。

 そう望んでる。

 大丈夫なのか、これ、このどろっとしたもの……これが普通、なのか?

 この国に来た最初の頃はこんな風に思わなかった。

 一緒にいたいと、夫婦になれた事を単純にはしゃいでたあの頃が懐かしいとすら思う。

 もっと……もっと……もう少し側に行きたい。

 あの時のように、もっと近くで声が聞いてみたいとか——。


「そ、そうなんですか? ……じゃ、じゃあわたし頑張ります!」

「正直クラナがダージスのどこら辺がいいって思ったのか話を聞いても全く分からないのだけれど……クラナがそのつもりなら応援するわ」

「は、はい! いえ、あの! わたし……た、助けてあげられなかったから!」

「!」


 ……助けて、あげられなかった。

 それは、会った時に聞いた、赤ん坊の話かな。


「ダージスさんは、ちょっとドジですけど……ちゃんと、助けているので、わたし、そこはとても、尊敬してます」

「…………そう」


 ラナも少し驚いた顔をした。

 だがすぐになるほど、と納得をした顔になる。

 俺も今ので納得した。

 確かに……なんだかんだアホだと思うが、実績は間違いなくあるのだ。


「でもなんかムカつく」

「も、もー、フラン〜。……お父さんじゃないんだからも〜。クラナ、明日は私のネックレス貸してあげる! がんばりなさいね!」

「は、はい! 頑張ります!」



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