でんわ完成【後編】
「レグルス、ちょっと作業場借りる」
「エ? ええ、構わないわヨ? というか、ユーフランちゃんの作業部屋は最初から用意してあるんだかラ……」
あ、そうだっけ?
まあいい、道具も揃ってる場所があるならサクッと作ってしまおう。
場所を聞いて、小型竜石を六つ。
うん、このやり方なら多分……。
「「「「……………………」」」」
なんか後ろに職人組がいるんだが、とりあえず放っておこう。
設計図を描く。
問題点は簡単に解決するものだった。
だが、俺はラナの描いたイラストの形を忠実に再現しようとしたからそれを見落としたのだ。
これまでは、それで上手くいっていたから。
ファーラが協力してくれた時に得たヒント。
そして、形にこだわる事を一旦やめて……竜石と竜力の力の流れ、作用を少し変えれば——。
「…………ば、ばかな、こんなやり方……!」
うん、こんなものかな。
これならこの間作ったやつよりはシンプル。
それから、もう一つ。
ラナがさっき言ってた『防犯センサー』とやら。
ただ、これは複数の竜石を使う。
小型竜石で十分。
「こ、これを小型に描くのか? グライスさん、こいつ、本当に!?」
「描くんだ、こいつは。これを」
竜石はただの石ではない。
守護竜の鱗が石のような形になる。
竜石は基本的にジャガイモのようにでこぼこで、同じ形はないと言える。
それを擦り上げ、球体にする事も出来なくもない。
でも、そうすると守護竜の加護……竜力を得難くなる。
だから——エフェクトを刻む時は優しく、慎重に。
「…………信じられん……本当に描いてやがる……」
「あの小さくてデコボコした竜石に……」
ラナの望んだ形とは違うけど、機能はこれで出るはず。
二つの竜石核が出来た。
本来なら、これを道具の上に置き、血を垂らす。
それで竜石核に刻んだエフェクトが道具に浸透して竜石道具が完成する。
だが、俺はそれをしない。
並べて、くっつける。
「お、おい、なにをするつもりだ?」
グライスさんが心配そうに声をかけてきたが、笑ってごまかした。
まあ、見てて、と……虚勢を張る。
だが、確信もあった。
きっとこれで上手くいく。
音、共鳴、文字、数字、風、竜の加護。
そして、守護竜がもたらす恩恵、奇跡。
ナイフで指先を切り、竜石同士がくっつくところに血を垂らす。
後ろからは悲鳴にも似た声。
「なにやってる! そんな事しても竜石に刻んだエフェクトがお互いに消し合うだけだ!」
おっさんの一人が叫ぶ。
そうならないように刻んだのだ。
合わさり、溶け合い、一つの『エフェクト』となるように。
「これは……っ!」
前回と同じ、しかし決定的に違う光が生まれる。
輪となり、竜石が溶ける。
竜の鱗が溶けていくのだ。
だが、熱くない。
これは竜力……『緑竜セルジジオス』の竜力だ。
『青竜アルセジオス』出身の俺には少し扱いが難しい流れだが、やって出来ない感じでもない。
整えるだけ。
ああ、やはり……この国の守護竜なだけあって、流れを整えるととても優しい。
輪のような光は、木漏れ日のような光に変わり竜石に降り注ぐ。
出来上がったのは中型竜石くらいありそうな……美しい球体だ。
真ん中に円が刻まれ、うっすら光っている。
「……ど、どうやったらこんな事になるんだ!」
おっさんの一人がまた叫んだ。
ハゲてるおっさんはファカンさんだっけ。
テーブルを両手で叩きつけるように……いや、顔が近い。
「どうやったら! どうしたら! こんな事になる!?」
「落ち着けファカン。……ユーフラン、それはどういう原理だ……」
ファカンさんの肩を掴み、グライスさんがテーブルから引き離してくれた。
ふむ、では説明しよう。
「簡単な事。竜石に刻んだエフェクトを合わせる事で新しいエフェクトにした」
「「「は!?」」」
「石同士を重ねて捧血した事で、反発ではなく融合し、相乗効果で竜力の流れが変わり、取り込む機能性が跳ね上がった。そして、仕込んでおいたエフェクトが機能するようになったんだよ。仕込んだエフェクトはこれ。円になってるところ」
「「「…………」」」
三人、と、グライスさんも覗き込む。
円は細かい文字になっている。
文字はエフェクトだ。
二つを重ね合わせる事で、文字が浮かび上がり、文章……エフェクトとなった。
合流した全てが一つの形になる事で生まれた新型の竜石道具。
いや……道具というよりは——。
「うん、道具を使ってないから竜石玉具、かな」
「ふざけた奴だ、まったく……! それで、これはどんな事が出来る?」
グライスさんの俺への扱いがひどい。
まあ今更だけど。
「これ一つじゃ機能しないね。もう一つ作らないと」
「も、もう一つだと!?」
今度はモヒカンのソガードさんが叫んだ。
しかしまあ、今ので要領は得た。
なので小型竜石をもう一度持ち出して、同じように刻み、合わせて血を垂らす。
同じ反応が起き、竜力の流れを整えて……よし、成功。
「……っ!?」
「イロア、これで驚いているとこのあと腰を抜かす事になるかもしれんぞ。……で? 二つ作ってどうするんだ?」
「んー、とりあえず番号を刻む」
竜石玉具に竜筆で『1』と刻む。
そして、もう一つの竜石玉具に『1』と刻んだ。
そこを合わせてしばらく待つと、竜筆で書いた文字は二つの石の中に染み込んでいく。
「あっが……!」
「顎を元に戻しておけイロア、外れるぞ。……それで?」
「これで完成。ちょっと一個持って」
「?」
一つをグライスさんに渡す。
そして、部屋から出て竜石道具を動かすときのように、真ん中をパクリと割る。
磁石のようにくっついている二つの石だが、手で割る……いや、開ける事が出来るのだ。
で、その開けた部分の片割れの平らな部分に指で『1』の数字を書く。
すると、俺の作業部屋から声が聞こえた。
「「「「ギャーーーー!」」」」
という野太いおっさんたちの声が。
……イロアさん、マジで腰抜かしてないよな?
心配になって扉を開けたら、本当に腰抜かしてるし。
いやいや、あんた一応弟子がいるんだろう?
「ふ、震え出したぞ!? しかもめちゃくちゃ光ってる!」
「うん、割って。割れるから」
「「「「割って!?」」」」
おっさんたちがいちいちうるさいので、さくっと説明すると——。
「こうして、切った果実のように二つに割れる。片方を耳に、もう片方を口元に近づけて。分かる?」
「っ……! こ、声が……聴こえる……!?」
「うん、俺の方もグライスさんの声が耳元で聴こえた」
完成だ。
つまりラナの言ってた『でんわ』とはこういう——。
「………………」
うん、完成したし、じゃあ次は防犯センサー……と、思ったけど……これまでの色々を思い出した。
ラナは言ってたな?
『でんわ』は、命の危険があると。
二つに割れていた竜石玉具を、ぱたん、と元に戻して玉の形にする。
繋がった。
ああ、繋がったさ。
さっき、ラナに耳元で話された時の事と、ラナのこれまでの言葉が、全部!
グライスさんの声なんてなんにも感じなかったけど、相手がラナだとしたら……!
さっき耳元で話された時のような、そんなふうに声が近かったら。
ラナの声が、耳のすぐ側で聴こえたら——!
「…………っ!」
理解した。
しかし、理解した上でラナは「欲しい」と言った。
……お、お、お、お渡ししますとも……俺の命など、君の願いに比べたら!







