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俺、明日死ぬんじゃないの



「あー! なんかスッキリしたらまだまだ働けそう! 壁紙張り替えちゃおうかしら!」


 いかん、シャチクとやらの血が騒ぎ出している。


「ラ、ラナ、それなら……昼間の話の続きしない?」

「そうだったわ! フランの話が途中だったんだ!」


 思い出して頂けてなによりだよ……。

 しなくて済むなら俺もしたくはないのだが、レグルスにああも気を遣われ続けてしまったからには腹を括るしかない。

 それに、ラナが俺の言葉で安心するんなら安心してほしい。

 ……するかどうかはラナ次第だけど。

 俺は自信がない。


「どこまで話したんだったかしら?」

「陛下に頼まれた辺りね」

「そうだったわね……。まさか陛下が私を気遣ってくれるなんて思わなかった……。それがたとえあのアホ王子のためだとしても!」


 ラナの中の陛下ってどんな存在だったんだろう。

 俺の知ってる陛下ってかなりの確率で胃薬飲んでるんだけど。


「!」


 ……胃薬……。

 その胃薬を用意してるのがラナの父親、宰相様だ。

 ああ、なるほど……確かに宰相様なら陛下に毒を盛るのは難しくないな。

 胃薬をただの薬の味のする水に変えるだけで、陛下は胃痛で起き上がれなくなるだろう!

 アレファルドの様子を思い返すだけでも、陛下の心労(ストレス)むちゃくちゃだろうから。


「うんまあ、そういうわけで……俺は、ラナを『緑竜セルジジオス』に連れてきたわけだけど……」

「え、ええ」


 揺れる瞳。

 心なしか紅潮している頰。

 ラナの、なぜか期待に満ちた瞳。

 俺の言葉でラナを安心させてやれるのなら……そう思うけど、果たして俺はラナを安心させられる言葉を紡げるのだろうか?


「ラナ、俺は……」

「……っ」


 その時だ、外から『グオオオォ……』という雄叫びが聞こえてきたのは。

 ガタ、ガタと窓ガラスが鳴る。


「!?」

「え? なに、今の声……」


 思わず振り返ってしまう。

 今の声は……獣だな。

 しかもかなりの大型。


「ベアだな」

「熊!」

「……? うん? クマ?」

「あ、ベア!」

「うんそう。……この辺り秋口になると出るってローランさんが言ってた」

「ぇっ……ええ?」


 一気に青ざめるラナ。

 ベア……大きいもので体長五メートルにもなる巨獣。

 数はそれほど多くないが、冬眠する前に食い貯める習性があり秋口は人里に下りてくる事もある。

 その前に下りてきたベアは猟友会で狩るという。

 ……そういえば、町に銃が売ってるから買っておけって言われてたんだった。


「時間に余裕があれば明日猟銃も買ってこよう。畜舎が襲われたら困る」

「そ、そうね……」

「……大丈夫だよ、俺たちは家の中にいるんだし」

「そ、そうよね?」

「そんなに心配なら明日には狩ってくるし」

「へ? 熊を?」

「ベアを」

「あ、ああ、ベアを!」


 なんだこの会話。

 なんかおかしくない?


「大丈夫、ラナの事は俺が守るから」

「…………っ」


 ベアごときに遅れはとらない。

 だから安心してほしい。

 と、いう意味で言ったのだが。


「……そ、それって、もしかして、い、一生?」

「へ?」

「一生……その、一生と、いう……い、意味、です、の?」

「…………」


 聞き返されて、頭が白く染まる。

 一生?

 一生って聞き返された?

 ラナを一生守るとかそういう話にすり替わってる?

 は?

 俯き気味で、目がうるうるしてて、顔が赤くて困った表情で……可愛すぎて声が詰まって出てこないんですが。

 えーと、えーと、これは、えーと……。


「うっ、いや、違う」

「え、え?」

「違うの……なに今のごめん、違うのそういう意味じゃないの……! 今の聞き方が悪かった絶対。あ、それに今の素直に返事されたらそれこそ私悪役令嬢まっしぐらじゃないの、最低かよ私いっぺん死ね……」

「ラ、ラナ?」

「ご、ごめんね、忘れて。なんでもないの。ホンットごめん。大丈夫、やっぱりなんでもないから」

「……?」


 いきなりどうしたんだろう。

 意味が分からなくて少し、彼女の発言を反芻する。

 そしてすぐに納得した。


「ラナ」

「……フラン、私やっぱり悪役令嬢なのかな……? 自分ではそうなりたくないって思ってるのに……気持ちも言葉も、なんか、やっぱりフランの事を利用するみたいになるの……」

「ラナ、聞いて」

「……?」


 はあ、やっぱり。

 溜息を吐いた。

 それから一歩、近づく。

 ラナとの距離はいつももう少しだけ、遠い。

 この距離を、俺はずっと縮めたかった。

 縮まる事などない。

 むしろ交わる事すらないと思っていた視線だ。

 青みがかった緑の瞳が真っすぐに俺を見てくれる事なんて、ないのだと。

 これ以上の奇跡を望んでもいいんだろうか?

 レグルスは、伝えれば安心するだろうと言ったけど……、それはラナ次第。

 けれど、その可能性に賭けよう。

 泣いてる君は見たくない。

 俺が見たいのは——。


「俺が君を好きになったのは、十四歳の夏。アレファルドの社交界デビューの日。……引くかもしれないけど、初めて会った時、一目見た時に君の事を好きになった。だから君のその心配は、杞憂」

「……………………え……」


 目を閉じた。

 思い出すのはまだ幼さの残る令嬢。

 黄色の派手なドレスを纏い、歳不相応なのではないかと思うほどの宝石で飾った公爵家の一人娘。

 その手が掴むのは王太子アレファルドの腕。

 俺にはない熱。

 アレファルドに向けられる全身全霊の想い。

 今と同じように見たくなくてゆっくりと目を閉じた。

 さすがにドン引きされるだろうな。

 王太子の婚約者に横恋慕した、という告白。

 普通の令嬢ならゴミカスを見る目だろう。

 目を開いたその先に、ラナにそう言う目で見られる覚悟を決めるための時間。

 溜息を吐く。

 さあ、夢の終わりだ。


「……?」


 目を開く。

 茹で蛸のような顔のラナがいる。

 はて……なんか思ってたのと違う……。


「……あ、え、あ……じゃ、じゃ、じゃあ……や、やっぱり、昨日の呟きは……!」

「昨日の呟き?」

「っ!」


 茹で蛸が更に赤く……?

 いや、待て。

 なんだ、この状況。

 ——俺は……。


「あ、あの、あの、えっと……そ、それってつまり、卒業パーティーの前から、って、事?」

「そうだね」


 卒業パーティー以前。

 むしろ学園入学以前から、という事なのだが……。


「その通り、卒業パーティーの前から。だからリファナ嬢があの時、アレファルドの言う事を否定しなかった事に違和感を持った……が、正しいかな……。スターレットたちに婚約者たちの動向を探るよう依頼されてたから尚更。彼女らも含めてなにをしてたのかは俺には筒抜けだったし」

「! ……スターレットたちに婚約者なんていたの?」

「んんんんんんん?」


 なんて事言うの〜?

 いるに決まってるよ〜?

 あいつら公爵家の跡取り息子たちだからね〜?

 姉や妹はいたけど、指名されてたのは嫡男であるあいつらだったから。


「ラナ、君と同じクラスだったユニリス嬢とアヴィア嬢とスフィ嬢。……お、覚えて……」

「ないわ!」

「…………」


 そろそろ逆にクラスメイトで覚えている人がいるのかどうかを確認した方が早い気がしてきた。

 あ、軽く頭痛。


「……。……え? じゃあフランにも婚約者がいたんじゃないの?」

「俺はラナが好きだったから婚約話からは逃げ回ってたね」

「…………」


 婚約話ね、結構多かったと言えば多かった。

 元々長男だし、跡取りではないにしてもディタリエール家は司法の家。

 味方につければ心強い事この上ないから人気なのだ。

 悪い事もし易くなるしね。

 まあ、そういう下心のある奴は全員リストアップしてあるので、変な動きをすれば即取り締まる。

 ディタリエール家は『(ベイリー)』の名を守護竜『青竜アルセジオス』に与えられた家。

 王家同様本来の主人は『青竜アルセジオス』であり、王家の懐刀。

 だったが、ある意味では王家と対等でもあるディタリエール家は縦社会を徹底した結果、完全に王家の影として溶け込んだ。

 故に『司法の家』となったのだ。

 まあ、要するにうちの祖先たちはあまり家が栄える事をしてこなかったって事だな。

 王家としても守護竜に仕える家とか目の上のたんこぶ、面倒くさい邪魔者。

 ほどよく飼い殺しがいいわけ。

 それに甘んじてきた結果が、今のディタリエール家である。

 権威は失墜し、遺されているのは『青竜の爪』のみ。

 王家が守護竜『青竜アルセジオス』に牙剥く時、その爪で引き裂くべし——。

 王家にとっては最も恐ろしい、諸刃の剣というやつだ。

 ……俺は、その『青竜の爪』を使えなかった。

 なので、使えた三男がディタリエール家を継ぐ。

 才能とはそういうもの……。

 そして、アレファルドに至っては『ベイリー』の意味さえ知らなさそう。

 まだ習ってないんだろうか?

 俺とアレファルドが幼い時に引き合わされたのって、そういう意味なんだが……。


「ん?」

「…………」


 ラナ、なぜまた茹で上がっているんだ?

 いつから?

 え? なんで?


「そ、そんなに、前、から?」

「うん」

「う、う、うんって……!」


 ま、ますます赤く?

 か、可愛いけど、可愛いけど理由が分からない。

 ラナが赤い理由。


「ね、熱でもあるの? 顔赤くなってるけど」

「な、なんでそこはそうなの!?」

「え? え? そ、そこはそうとは?」

「ふふふふふ普通ここはわたくしの答えを聞きたがるところではなくて!?」


 キレ気味!?

 そして、答え? なんの?

 そしてなぜ令嬢モード?

 あ、そんだけ動揺してるのか。

 いや、だからなぜ?

 首を傾げて見せると腹にパンチされた。

 げふん。


「……答えって? えーと、だから俺は、ラナが好きだからラナと一緒にいるのであって、君が悪役令嬢だから、利用されて一緒にいるわけではないよっていう……」

「!」

「そう言ったつもりなんだけど……というか……君は俺の事をクラスメイトだった事さえ覚えてなかったし」

「うっ」

「つまりは俺を認識して半年って事だろう? そんな奴にいきなりこんな事を言われて気持ち悪くないのかい? いくら俺が君の父親や陛下に頼まれてるからって、手を出さないとも限らないのに……」

「なるわけないわ!」

「!」


 ……まあ、ぶっちゃけそんな度胸もないんですけれども。

 それはなけなしの男としての矜持的なもので絶対言えないんだけれども!

 お、お、俺だって男なんだぞぅっ!

 ……とは、言いたいというか。

 しかし、言うまでもなく否定されてしまった。

 他ならぬ、ラナに。


「貴方を気持ち悪いなんて思うわけがないでしょう!? そ、それどころか、貴方はかっこいいし、優しいし、優秀だし、頼りになるし、女性にモテるから、なんでわたくしなんかと一緒にいてくれるのかしら、って分からなかったのよ! そそそそれならそうともっと早く言ってくれれば、わたくしだってこんなに悩みませんでしたのに!」

「え? えーと……ごめんなさい?」

「まったくですわ! そんな貴方の事を利用してるわたくしマジ悪役令嬢! って思ってたのに……! それじゃあ事情が変わってしまいますわ!」


 真っ赤になってまくし立てるラナ。

 またわけの分からない事を……。


「それは、つまり俺の言い分を理解したって事……だよね?」

「……多分」

「多分では困るなぁ」


 ラナは頭空っぽに見えて『悪役令嬢』の事に関してはなかなか悩みすぎるようなんだもん。

 君は俺を利用していない。

 それだけはちゃんと理解して欲しい。

 俺は俺の意思で君の側を選んだのだから。

 ……っというか、これ前にしっかり伝えてないっけか?


「じゃ、じゃあ! 確認のために整理するわよ!? 恥ずかしい事になるけど覚悟はいい!?」

「え? は、はい」


 は、恥ずかしい事になるの!?

 確認するだけなのに!?

 どういう事なの!?


「まず前提として貴方はわたくしが好き! そ、それは恋愛の意味! これは間違いなくって!?」


 ………………。

 カーーー、っと自分の顔に熱が集まるのが分かる。

 な、なるほど、恥ずかしい事になる、ね。

 思わず口を手で覆って顔を背けるが、確認なのだから間違いなければちゃんと「そうです」と答えなければいけないだろう。


「……そうです」


 と。

 よ、よし、俺はちゃんと答えられたぞ。

 っていうか、ラナはなんで目を閉じて震えてるの!?

 今恥ずかしい思いをしたのは俺だったのでは!?


「つ、次にそれを前提として、わ、わたくしは『悪役令嬢』なのでフランを利用していると思っていましたがそれこそわたくしの勘違い! で、おおっけい!?」

「お、オッケー」

「フランがアレファルドを見限ったのはマジであるという事に間違いは……」

「ないね」


 友人としてはまだ多少の情はあるけれど。

 家臣としては、あいつを王とは認められない。

 本来『ベイリー』の者として『王の器』でない者には最悪『処刑』の権限もあるけれど、それは当代当主である親父の仕事。

 それに、アレファルドはまだ若い。

 いくらでもやり直しは利くはずだ。

 ……まあ、アレファルド以外に候補もいないしね。

 そこは本当に悩ましいところだろう。


「……じゃあ、えっと、フランは『青竜アルセジオス』に戻るつもりがないのも……」

「うんまあ、陛下と君のお父上に頼まれているし、アレファルドのところへ戻る義理もないし……ラナがこのまま『緑竜セルジジオス』にいるなら……個人的感情込みで、一緒にいるつもりだけど……それはラナの意思を聞いてからかな。君が俺と、仮初めの夫婦生活が嫌なら、俺は牧場を出て近くに家でも建ててそっちに住むよ」

「!」


 どうする、とつけ加えて聞いてみた。

 正念場だ。

 さっきはああ言ってくれたが、やっぱり不安はつきまとうだろう。

 離れて暮らすというのも監視してる感が増すような気がするので、距離の事は要相談だなぁ。


「………………。そうね、嫌だわ」

「……そっか。それじゃあ……」


 ……だよね。

 こんな、いつ裏切るかも分からない軽薄な男が側にいるのは……嫌だよね。

 半年――短かったけど、幸せだった。

 夢のようで、いつもいつ死ぬんだろうと――……。


「仮初めの夫婦という関係は……わたくしも嫌です」

「………え?」

「フ、フランはいいの? そ、そんなに前からわたくしの事を想っていてくれたのに、こんな偽りみたいな関係で。わ、わたくしは……わたくしだって、フランが嫌でないのなら……!」

「……え、そ、それは……」


 真っ赤なラナ。

 赤く熟れすぎて、目には涙まで浮かんでいる。

 対して俺は……情報処理に手一杯。

 仮初めの夫婦という、関係が嫌。

 偽りではなく、そうでない関係というのは……。


「えっと、それは……」

「とはいえわたくしも男性とおおおおおおお付き合いらしいお付き合いはした事がありませんのでこここここ恋人から始めて頂いてもよろしいかしらーーーーー!?」

「は、はい!?」


 ――お付き合いする事になりました。

 俺明日目覚めないんじゃ……っというか、今夜眠れる気がしない。



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