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姫の依頼



 で、そのヘアアレンジ大会は小一時間ほど続き、俺とカールレート兄さんの腹がお茶でタポンと音でもしそうな感じになってきた頃ようやく次の議題に移った。

 石鹸の話はお遊びの中でしれっとレグルスが終わらせたので、新商品に関する話を姫はご所望になったのだ。

 新商品、という事で、ラナがニコニコ上機嫌に取り出したのはサンドイッチ。

 使われているのは小麦パンだ。


「これは……サンドイッチが新商品なの?」

「ふふふ……普通のサンドイッチに見えますでしょう?」

「え? なにかが違いますの?」

「まあ、食べてみてください」


 ズズイ、と姫にサンドイッチの入ったバスケットを近づける。

 姫は不思議そうにしながらも、サンドイッチを一つ手にとって口に入れた。

 具材はハム卵。

 切ったハムにスライスしたゆで卵、新鮮なレタス、そこにマヨネーズを垂らし、小麦パンで挟んだもの。

 ぱくり、と一口食べたロザリー姫はパアッと瞳を輝かせる。

 実に分かりやすい。


「お、美味しい……! 不思議な食感と甘さ、それに、パンの弾力? ああ、なんて表現したらいいのかしら? えぇ、えぇ、これは、素材のハーモニーですわ……!」


 ……サンドイッチだけでこんな感想が出て来るとかさすが王族。

 しかしすぐにハッとして、周りを見回しながら「か、かぶりついてしまったのは城のみんなには内緒にしてね」と顔を赤らめる。

 その様子にラナとレグルスが「カーワイーッ」と悶絶。

 なんなの。


「もちろんですわ。でも、サンドイッチってかぶりついてこそですわよね」

「そ、そうですわよね」


 と、ラナとはやけに話が合うようになっている。

 おかしーなー?

 ラナ、ここに来る前に俺が話した事忘れてないよなぁ?

 気に入られて、城仕えになれとか言い出されたらどうするの。


「これは小麦パンと言うんです。手間は少しかかりますけど、パンノミよりも色んな種類の色んなパンが作れるんですよ。例えばこれ。バターを使ったクロワッサン。ふんわりまん丸のバターロール。ソーセージを中に入れたソーセージベーグル。チョコレートを入れたチョコディニッシュ。クルクルにして、真ん中の空洞にチョコやクリームを入れたコロネ。他にも今色々考えてますの」

「……っ!」


 キラキラが倍増中。


「実はエラーナちゃんと国境の町『エクシの町』で、この小麦パンの専門店を九月にオープンする予定なのヨ。これらはまだ試作品で、お店に並べるかドーカは未定なものも混ざってるんだケド……」

「姫様が食べてみて、太鼓判を押してくれると話題になるし、王都にも小麦パン専門店を出店する足がかりにもなるんですが……いかがですか?」

「! それは素晴らしい考えだわ! わたくし、出資します!」


 えぇ〜。

 ロザリー姫、落ちるの早すぎでは?

 ちょっと尋常じゃないスピードですよ?


「実はわたくし、お父様とお母様から農産業の管理を任せて頂けるようになったんですけど……」

「えっ、ええっ! も、もう!?」

「は、早すぎないかしラ?」

「そんな……遅いくらいです。あ、それに、王都近郊の一つの村だけですわよ?」


 さ、さすが王族。

 厳しすぎる。

 いや、失敗させるのも教育とでも言いたいのか?

 彼女に比べてしまうと、アレファルドはとことん甘やかされて育ってんなぁ……!


「えっと、でも、やっぱりなかなか上手くいかないんです。冬に向けて備蓄を増やさなければいけないのに、例年より少ないくらいで……。困っていたら『視点を変えてみてはどうか、新たになにか特産品を作れないか考えてみればいい』とアドバイスをされて……でも、そんな事を言われても、なにをすればいいのか分からなくて……」

「なるほどネ。確かにそれなら小麦パン用の小麦の開発は悪い話じゃあないわネェ。成功すれば王都で小麦からパンの生産まで全てのルートで新しい産業になるかもしれないし、特産品にもなるかもしれないものォ」

「そうね……備蓄……保存食にするならフランスパンとか、確かその役割もあったって漫画で読んだ気がする、ような?」

「「フランスパン?」」

「あ、えーと……とても固めに焼いたパンです。冬だと保存食に……なる、と、本で読んだ事が……」


 ああ、例の前世で大好きだったという『マンガ』というあらゆる幅広い知識が絵つきで見られるという、賢者の書か……。

 俺も一度見てみたいな。

 パンを保存食に?

 すごい発想だ……。


「パンが保存食になるんですの?」

「ええ、固めに焼くと保存に適するとか。スープに浸して食べたり、バターで焼いたり……他にも調理法がいくつか載ってましたわ。ですが、いつどこで読んだ本だったか思い出せませんの。一昔前はたくさん本を読みふけっていたものでして……。その本が今もあるかどうか……」

「まあ! 歴史的な書物なのですわね!」


 いや、異世界の書物だそうです姫様。

 俺も読んでみたいよ、そんなすごい本。

 でもきっとものすごーく分厚いんだろうなぁ。


「エラーナちゃんは勉強家サンだったのネェ〜」

「いやぁ、そんなぁ」


 分かりやすく照れた。

 なにあれ、ばかわいい。


「……では、もしかして他にも美味しくて珍しいお料理を知っていたりしませんか!?」

「え? えーと、ど、どうしてですか!?」


 あ、やばい?

 少し身構えたが、ロザリー姫は悲しげに俯いて「実は困った事になってますの」と溜息を吐く。

 カールレート兄さんが「困った事?」と聞き返すと、ロザリー姫は侍女を見上げたあと、こちらに向きを戻して深く頷いた。


「ええ、実は……隣国の王太子がいらしましたの」

「! 隣国の……」


 やはりアレファルドが……。

 けれど、あいつが立場も弁えず無理難題を言うとはあまり思えない。

 他の要因があるのか?

 と、聞き返そうとした時だ。

 ロザリー姫が唇を開いて、その続きを語る。


「ええ、それもお二人も!」

「…………。? え? 二人?」


 俺は聞き返した。

 多分最初と質問が異なる。

 ふ、二人?

 アレファルドが?

 いや、そんはずはないよな?

 ん? じゃあアレファルドには、実は兄弟が?

 陛下の隠し子?

 いや、だとしても王太子が二人には増殖しないだろう。

 え? どういう事なの?


「ええ、二人です。『青竜アルセジオス』の王太子、アレファルド・アルセジオス様が婚約者の方と従者の方をお連れになって三時間ほど前に到着されたのですが……問題はそのあとですわ。続くように『黒竜ブラクジリオス』の王太子、トワイライト・ブラクジリオス様が近衛騎士数名といらっしゃいましたの……」

「!?」

「え? な、なぜ『黒竜ブラクジリオス』の王太子様まで? 予定外という事ですか?」


 トワイライト王子が?

 あ、ああ、確かに彼は『黒竜ブラクジリオス』の王太子……。

 し、しかしなぜあの子が『緑竜セルジジオス』に?

 ロザリー姫は頰に手を当てて深々と、十二歳とは思えない溜息を吐いた。


「わたくしの妹の一人、四女ロザリアとトワイライト様の婚約話が進んでいるからですの。ですが、『青竜アルセジオス』のアレファルド様が予想よりも“ゆっくり”ご到着されまして……それで、でも、まさか日時がほとんど同じだなんて思わなくて……」


 なるほど、それは……、……なんかごめーん……。

 いや、俺が謝る必要は微塵もないのだが……なんとなく頭を抱えてしまった。

 ご存じの通り『青竜アルセジオス』は王族を頂点にした圧倒的縦社会。

 優雅に、自由に、余裕を持って……の自由人筆頭の王族であるアレファルド他公爵家貴族三人は、基本的に時間を守らない。

 時計などあってないようなもの。

 そのくせ他人には時間通り、期日通りを強要する。

 奴らにとって自分たちが世界の中心なのだ。

 貴族なんてそんなもの。

 ただ、他国以上に『青竜アルセジオス』はその気が激強なのだ。

 だ、だが、まさか……まさか……!

 まさか他国への遊学と言う名の牽制の旅路に女連れ……はギッリギリアリにしても……ど遅刻とは……ッ!

 なにしてんだあのアホファルド〜〜ッ!


「なんか本当にすみません」

「え? ど、どうしてユーフランが謝りますの?」

「わ、私も……なんかすみません……」

「え!? どうしてエラーナまで!?」

「あ、えーと……この二人は『青竜アルセジオス』に住んでたんです。でも、えーと、そのー……結婚を機に、『緑竜セルジジオス』に引っ越してきたんですよ!」


 カールレート兄さんがものすごーくやんわり言ってくれるのだが、俺とラナはさすがに元自国の王子の他国への無礼な振る舞いに頭痛を覚えて頭を下げた。

 と、同時に『あの三馬鹿公爵家子息!』と青筋を立てる。

 外交くらい勉強しとけ!

 してないの!?

 まだしてないの!?

 卒業したんだよね!?

 まさか外交まで下に任せるつもりだったのか!?

 馬鹿なの?

 ああ、そうだったな! 馬鹿なんだったなっ!!


「まあ、そうでしたの? ではもしかして国民権は申請中……?」

「え! よ、よくお分かりになられましたね!?」

「え、だってドゥルトーニルのご子息がずっと側にいるという事は、まだ我が国の国民権を得ていないという事ではないのですか? レグルスは商人で、何度か来た事がありますが……」

「……さ、さすがロザリー様……聡明でらっしゃる……」


 本当だよ。

 アレファルドに爪の垢でも煎じて飲ませたい優秀さだよ。

 いや、まあ、アレファルドも『お勉強』は出来るんだけどなー。

 十二歳の女の子よりも『気遣い』が出来ないとか全くもって残念。

 ……俺が一人いなくなっただけで、外交がここまでダメダメになるなんて……!

 他の奴らもっと頑張れよ!


「ええ、それに……わたくし思い出しましたわ。貴方の、その淡い桃色の髪……。貴方が時折我が国の外交担当者とお話しているところをお見かけしたの」

「!」

「!? え? フラン……」

「…………」


 カールレート兄さんが頭を抱える。

 俺もこれには本気で驚いた。

 こ、このお姫様、マジかよ……!


「貴方、『青竜アルセジオス』の貴族よね……? 外交担当者ではなかったの?」

「…………。……今は違うんです」

「……、……そ、そうなの……」


 情報収集も兼ねて、在学中から近隣諸国にはふらふらしてたよ、確かにね。

 ラナが驚いた様子で「フラン、そんな事もしてたの?」と聞いてくるので「お小遣い稼ぎのお使いだよ」とごまかした。

 半分は本当だしね。

 うん、お金は出ない。

 国費からすら出ない。

 自腹。


「そうだったのね。ではこうしましょう。二人にはわたくしから『国民権』の発行許可を出します。ですから、エラーナ……二人の王太子をおもてなしする『美味しくて珍しいお料理』を作ってください! 食文化の違う両国のお客様を満足させられる食材の準備が整うまででも構いませんの! お願い……!」

「…………!」


 な、なんか面倒くさい事言い出したーーー!




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