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密会



 という感じで、その日から仮宿という更に狭く、マジで寝る為以外に使えそうにない場所での生活が始まる事になった。

 明日までに家の設計図を考えてくるぜ、といって親指を立てて行ったクーロウさん。

 その手には小型冷蔵庫。

 全くプリンの為に無茶しやがって……。

 まあ、こっちは修繕どころか家が建つってんで儲けたけど〜。

 ……やっぱりまだ実感はない。

 俺の作る物が、そんなに価値のあるものだなんて……。


「どうしたの、フラン」

「ラナはなにしてんの」

「ふふふ、酵母を作ってたのよ。これで多分! 美味しくてふわっふわのパンが焼けるはずよ! 心配しないで! ま……本で! そう、本で読んだから!」

「う、うん?」


 公爵家には珍しい本があるんだな。

 と、勝手に納得した。

 というよりも…………来た。

 思ったより遅かったな。


「…………。ううん、やっぱり話すわ。あ、あの、フラン? ちょっと話があるんだけど……いいかな?」

「えーと、ごめん。あとでもいい? ルーシィに餌をやってこないと」

「あ! そ、そうか。ごめんなさい、ルーシィの事忘れてた。うん、いってらっしゃい」


 なんとなく、ラナの表情が微妙だったけど……なんの話だろう?

 気にはなるけど、俺はランプを持って外に出た。

 宣言通り、ルーシィに干し草と新しい水を入れて軽くブラッシングしてやる。

 それから、木の門の前まで行く。

 案の定、そこには一台の黒い馬車。

 御者が降りてきて扉を開け、中へと俺を誘った。

 ホー、ホホ……と、夜の鳥の声。

 溜息を吐いて、ランプも点いていない車内へ乗り込んだ。

 そこには一人の黒いローブの男が座っている。


「よお、久しぶり。一ヶ月と少し、か? ダージス」

「…………」


 黒のローブ、そのフードを男が取る。

 中にいたのはやはり、同じ伯爵家で王太子の『友人』だったダージス・クォール・デスト。

 えらく苦い顔をしているところを見ても、俺の代わりにあの四人に厄介ごとを押しつけられている、と見て間違いなさそうだ。


「ああ、本当に……上手い具合に逃げやがったな」

「はん!」


 その皮肉には笑うしかない。

 実際その通りだと思う。

 まあ、俺としては棚ぼたの僥倖続き。

 あのエラーナ嬢の夫……という事になっているんだ。

 陛下と宰相を味方につけた親父は、多少居心地よく仕事が出来ているだろうか?

 そんな皮肉で返しても良かったのだが、ダージスの顔はそれどころではなさそうだ。


「で? 手短に頼む。エラーナ嬢に怪しまれるからな」

「チッ。……スターレットが殿下や自分の父親に頼まれた公共事業費を横領した」

「バカなの?」

「俺だって止めたさ! ……だが、リファナ嬢へのプレゼントにドレスを買うとかで……!」

「……そうか。バカなんだったな。だが、よりにもよって国費から捻出された金に手を出したのか」


 救いようのないバカに成り下がったんだな、分かります。

 そして顔を青くして頭を抱えるダージスには心からお悔やみ申し上げる。

 トカゲの尻尾、確定。


「な、なんとかならないかっ」

「なんとかなると思うのか? どこから補填する? その算段は?」

「ついてない!」

「無理無理。つーか頼る相手を間違ってる。な〜んで俺に頼る?」

「殿下が!」


 アレファルド……?

 ……ああ、嫌な予感しかしないな。


「殿下が、お前に戻って来いと……」

「え、ヤダけど?」

「そ、そう言うと分かっている。殿下もそこまでバカではない」


 どうだか。

 俺に今のタイミングで戻れと言う時点で()()()()()()()だろう。

 どの立場で言ってんだ。

 つーか、俺だけ戻しても立場は良くならないと思うよ?


「だが、伝えろと言われたんだ」

「ふーん……」

「…………ユーフラン……頼む……」

「嫌だ」


 交換条件がエグいな。

 アレファルド……お前そんな奴に成り果てたのか。

 というよりも、これは俺に対する——脅迫。

 呆れ果てて笑いがこぼれた。

 ゆっくり足を組み直して、唇を怪我した指先でなぞる。

 処刑台に足を掛けた『友人』。

 頭を抱えて怯え、涙すら浮かべるコイツを……助けたければ……か。


「……ユ、ユーフラン……」

「…………。近く、着工予定だった水路の整備費用、だろう?」

「! ……あ、ああ」

「ドレスっつっても一着だろう? そんなに何着も贈ったら、さすがに『婚約者』の殿下が許さない」


 あの王太子殿下は御心が大層広いようだから?

『友人』が『婚約者』にドレスを贈っても鼻で笑う程度だろう。

 そのぐらい、余裕を見せておかねば婚約者を乗り換えた手前、彼女への愛を守護竜に疑われかねない。

 彼女は自分だけを愛しているから、他の男からの贈り物を受け取ってもなんとも思わない。

 それは『聖なる輝き』を持つ者への、貢物にすぎないのだ。

 彼女は国中の民から愛される存在なのだから、ドレスの一着や二着、贈られてむしろ当然……。

 そのぐらいの余裕を守護竜に見せつける。

 まあ、そんなところ。

 実際守護竜は『聖なる輝き』を持つ者が大切にされているところを見ている、と言われる。

 本当のところは知らないけどな。

 それだけ『聖なる輝き』を持つ者は、大切にされねばならない、という一種の戒めのようなものだろう。

 だから殿下が出来る事といえば「一着だけ」と制限をつけるくらい。

 他の男からのドレスを贈られる婚約者を見ていい気分はしないはずだから。

 それでなくともアレファルドは独占欲丸出し。

 余裕もなければ器もちっさい。

 こと、リファナ嬢に関してはモロに顔に出る。

 彼女は王になる自分にこそ相応しい存在。

 いや、逆かな。

 王になる自分には彼女以上に相応しい妻はいない……そんな感じ。

 だからどうしても彼女と結婚したいのだろうし、彼女がうっかり他の男に心移りするのは許せない。

 とはいえ、守護竜や婚約者乗り換えの件で余裕がないと思われるのは困る。

 はーい、という面倒な理由からドレスはおそらく一着。

 高くても金貨一枚。


「……た、多分……そう、何着も殿下の婚約者に贈れるとは、お、思えないからな」

「だろうな」


 とはいえ金貨一枚って普通に大金。

 そして、あまり考えたくはないが……公共事業費を横領してまでリファナ嬢にドレスを贈るとか……スターレット、まさか……本気でリファナ嬢を手に入れようと目論んでいるんじゃないだろうな。

 人の事言えた義理じゃねーが王太子の婚約者に横恋慕なんて難易度マックス。

 絶対無理だぞ。

 まして、相手は『聖なる輝き』を持つ者。


「ん、じゃあ簡単な横領隠しの秘技を伝授しよう」

「え?」

「水路の整備に必要なものはなんだ?」

「え? ええと、石材と木材だ。あとは……」

「なにに使う予定なんだ?」

「橋の修繕と聞いている……が、それがなんだ?」

「……紙はあるか?」

「え? ええと……紙はないが……」


 取り出してきたのは石板と石筆。

 まあ、紙とインクがない時はこれが定番だろう。

 それに石材を極力抑えつつ、強度を保った橋の設計図を描いた。

 まあ、実際作ってみなければ強度の方はあまり自信があるわけではないが……ロープを数本通す事でバランスを保ち、尚且つ、価格も抑えられる。

 そして、基礎部分を中央の一箇所のみにするのだ。

 まあ、吊り橋のようなものだな。

 建設の仕方は簡易の橋を作り、川の中央に基礎を建て、それに太い柱を打ち込む。

 それを中心に、骨組みを組んでいき左右からロープで橋を固定していくのだ。

 元の石橋を整えるよりは石材が格段に抑えられる。

 ついでに、元の石橋は基礎部分に加工すれば……うん、前よりも広い橋が作れるだろう。


「……っ」

「これでダメならあとは知らねーよ」

「い、いや……多分、これなら……」

「そうか」


 じゃ、帰ろう。

 ラナがなにか話があるとか言ってたし。

 あまり遅くなると不審がられるかもしれない。


「ま、待て!」

「なんだよ。まだなにかあんの?」

「……も、戻ってきてくれ、頼む……!」

「だから嫌だって……」

「お、俺たちももう嫌なんだ」

「…………」


『俺たち』。

 ああ、俺たち『侯爵家』『伯爵家』の『友人』は『公爵家』のスターレットたちにとってていのいいパシリだったからなぁ。

 俺がいなくなって、無茶振りがダージスたちに向くようになったんだろう。

 容易に想像がついた。


「ふざけてる?」

「ふ、ふざけてない。お前がいないとダメなんだよ、俺たちじゃ……。頼む……」

「断る。俺は——俺は三年間我慢した」

「っ……!」


 正確には八年。

 十歳でお茶会に招かれ、アレファルドたちに『友人』と紹介された時から。

 悪化したのは社交界デビューした十四の時からだけどな。



 ——『……フラン、見てて。貴方の才能の本当の価値を、分からせてあげる』



 ……そう。

 俺は、彼女に与えられてしまったのだ、報酬を。

 俺の、本当の価値。

 彼女が示して与えてくれた。

 もう以前のような安売りは……きっとしちゃダメなんだと思う。


「もう俺は買収済みだ。あんたが捨てた、エラーナ嬢にな。そう伝えてくれ」

「っ!? よ、弱みでも握られてるのか!?」


 ラナってお前の中でそういうイメージなの?

 まあ、確かに弱みは握られているな。


「ああ、まあそんなところだな」

「な、なんて卑劣な女なんだ……! ユーフラン、今すぐにでも逃げ……!」

「ヤダね。前の生活よりこっちの方が遥かにマシだ。……お前も壊される前に、身の振り方は考えた方がいいぜ」

「……ユ、ユーフラン!」

「あんまり大声出すな。獣が寄ってくるぞ」

「うっ」


 馬車から出る。

 御者が邪魔してくるかと思ったが、そんな事はなかった。

 ダージスは獣が恐ろしくてだろう、早々にドアを閉める。

 あーめんどい。


「おかえり。遅かったわね」

「ああ、ブラッシングに夢中になってね。へえ、今夜も美味しそうじゃん。……えーと、パン? は?」

「それは明日! ……なんかさすがに眠そうね?」

「……分かる?」


 仮宿に帰るとラナがご飯を作って待っていてくれた。

 朝の残りと、煮込んだ干し肉のスープ。

 うん、美味しそう。

 しかし、あくびをしたのを目ざとく見つかってしまった。

 ……なんだかんだ、橋の設計図を考えて集中したから、反動が、ね。


「徹夜だったものね。今日はご飯食べたらすぐ寝た方がいいんじゃない?」

「でも、ラナ、なにか話があるって……」

「あ、明日でもいいわよ。……そんなに急ぎの話じゃないし」

「……そう?」


 じゃあ、ありがたくゆっくり寝かせてもらおうかな。

 明日から、自宅の再建である。





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