第五話 そうよ母さんも〜
「ソヨさん、昨日の戦闘見てました?すごかったですね」
「あー、見てた見てた。強かったね」
頑と園田が戦闘所のデスクで昨日の戦闘について話していると。
「いやいや、あんなのチョチョイのチョイですよ」
会話に入ってきた吉野だったがずれていた。
「違うよ、優樹くんじゃないよ」
「えっ」
「うん、全然チョチョイのチョイじゃなかった しね」
「えっ。っていうかソヨさん、その半角空白いらなくないっすかッ!?」
戦闘後の体調チェックなどで、自分の後の戦闘を見逃している吉野は昨晩起こった物事を知らない。
「昨日の第三戦闘で出てきたレベル4の挑戦者がめちゃくちゃ強かったの」
「そ、そうなんですか?」
「島ノ江戦闘所の精鋭6人が秒殺アウト。正直何が起きたのかわからなかったもん」
「そんな強い奴が……」
「確か、黒尾さんもあいつにやられたんじゃなかった?」
「黒尾さんが!?思い出した!ネコさんが初勝利した次の日の戦闘のやつだ」
「そう、久しぶりに見たけど、アイツはやばい」
「あの……。黒尾さんって?」
頑はこの業界に入ってから、ちょくちょく聞く伝説の英雄や赤丸部隊のことをまるで知らなかった。
「ネコさん、知らないの?」
「うん、軍を抜けるまでピーナッツも知らなかったから……」
「仕方ないか、高校も軍付属だもんね」
「はい……」
「黒尾さんていうのは、赤丸部隊で唯一の現役で、とっても強い人なの」
「はあ……」
「こういう説明はダレるから嫌なんだけど、赤丸部隊は説明したほうがいいか」
「お願いします……」
「赤丸部隊っていうのは、日本支部ができた初期の部隊のことで、レベル5の挑戦者に世界で初めて勝利した部隊だから伝説の英雄って呼ばれてるの。隊長の定 吉景さんはレベル5の最多勝利記録を持ってて18回もレベル5を倒した人。うちの戦闘所の由来でもある副隊長綾木 慶さんはレベルにかかわらず最多勝利数の記録を持ってて1592勝の人。他にも今は副支部長の奈良さんや、よく日本の放送で解説してる古長さんとか、すごい人たちの所属していた部隊なの」
「なるほど。その部隊の現役の黒尾さんがやられたから、優樹くんがあんなに騒いだと」
「そう」
「そんなに騒ぎました?俺」
マスターは戦闘の準備、後始末、システムの整備などで夜遅くまで戦闘所にいることが多い。
つまりは現在、鍵を管理している所長とマスターの二人きりである。
「世間は能力者エモナの話題で持ちきりみたいですよ」
「はあ。そうですか〜」
「とても強いそうです」
パソコンを睨みつける藤高と二人分のコーヒーを入れる満島所長。
「せっかく去年から連戦中の挑戦者のレベルの引き上げが可能になったんですから〜、レベル5に上げて〜袋叩きにすればいいんじゃないですか〜」
「そうしたところで勝てるかどうかって感じでしたよ。見たところでは」
「数は力ですよ〜。一致団結した人間より強いものはないです」
「……そうですね」
「そういえば、明日のネコさん戦、アフリカゾウですよね〜」
「はい、そのはずですが」
「11戦2勝、もう少し勝ってほしいですよね〜」
「そうですね。この戦闘所の勝率も下がる一方ですからね」
「でもまあ、明日は自力でなんとかしてもらいますが」
「ハハハ、それがいいですね。自分でも藤高さんの力とまぐれの2勝だと言ってましたから」
「さあ!始まりました!!今世紀最大の熱狂をあなたに!白熱!激熱!の異種格闘技!ピーナッツ!!」
未だ2勝、9連敗の重さを痛感する頑 願子だがいつも戦闘に対するモチベーションがバッチリなのが取り柄である。
「実況は私、清水 武雄と解説は古長 進一さんです、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「本日の対戦は、戦士は綾木戦闘所 二連勝中の頑 願子!対するはレベル3、一対一なら地上最強、アフリカゾウのダンボウ君!南島ゾウの里の挑戦です。ゾウといえば言わずと知れた動物ですが、その攻撃方法は主に体重を利用した踏みつけや、体重をかけた牙での突きなどだそうです。いかがでしょうか、古長さん、今回は頑が有利のように思えますが」
「そうですね、動物相手には綾木戦闘所の特殊武器はかなり機能すると思います」
現在、戦闘所で観戦しているのは園田 戦と桐原 理生である。
「頑張れー、ネコさーん」
「そんなヌクヌクした名前のやつに負けるなぁ」
「そうだ、そうだ」
「耳で飛べないゾウはただのゾウだー」
さて、今度の相手は象だっけか。
支給された武器を装備する。
紺色のジャージ上下に黒の手袋と黒の長靴、綾木戦闘所の逆バイキンマンスタイルである。
「ネコさん、今回勝てば勝率を25%まで上げられます。ただし、わあしは指示しないので頑張ってくださいね」
「実力の勝利を見せろってことね」
「まあ〜、そんなとこですかね〜」
「了解」
いつも通りの真っ白な世界、頑の目の前に現れる3メートル強のアフリカゾウ(オス)。
「思ったよりデケェ」
ゾウは頑めがけ突進してきた。
私はパワーブーツを起動して、飛び上がった。
ゾウの強みは体重と牙、だとすれば上から攻めるのが上策か。
頑を通り過ぎたゾウはすぐさま方向を変え、頑の着地点で待ち伏せ、タイミングを見て両前足を振り上げた。
ドォォォオン!!
ちょうど、前足に叩き落とされるように、頑は踏みつけられた。
「あぶねぇ」
ゾウの体重を起動中のブーツで受け止めた頑は、すぐさまグローブを起動し、そのプレスから這い出し距離をとった。
「ひやっとしたぁー」
「ネコちゃん、気づいたかな」
「えっ、何にですか?」
「野性の恐ろしさ」
「??」
「人間や機械とは違う、動物の世界は敗北が死に直結する。つまり、私たちとは常日頃からかけているものが違う。だから、戦い勝つことに私たちよりも必死なの」
「なるほどぉ」
「なるほどぉ。ってリオちゃんも動物とは何度か戦ってるでしょ」
「そこまで考えてませんでした」
ゾウはまるで私の隙を探すようにこちらを見つめている。
初戦闘でトラと戦った時に思ったが、動物の目ってのは心を探ってくる感じがする。戦場で生き残る奴と同じ目だ。本能か……。
一人と一頭だけの戦場。
頑がグローブ・ブーツを同時に起動しようとすると、待っていたというようにゾウは突進しながら、牙で頑を足元からすくい上げ、放り投げた。
なんとか空中で体制を立て直し着地した頑、すでにゾウは頑に全体重をかけて牙を突き刺すという追い討ちを仕掛けていた。
が、頑はその牙を掴み、力くらべに持ち込んだ。
「これは!力くらべだぁ!しかし頑!その怪力には制限付きだ!」
「両手がふさがっている今、パワーグローブ・ブーツを起動し直すのは難しいですね。片手を離す必要がありますが、かなり危険ですね」
「さあ!どうする頑ァ!!大ピンチィ!!」
ゾウの牙は意外に長く70センチほど、二本の間は20センチほどとやや狭い個体のようだ。
現状の真正面で牙の間に入ったとしても脇腹は刺される。
時間もない。なんとか抑えているが、ゾウも牙を振り回そうとしている。
なら、次にゾウが私を突こうとした時がチャンスだ。
「おっと!ダンボウくんが牙を掴まれながらも身を引いて、勢いをつけて突いたァ!!が頑!これを体を横にし、かわし牙の間に潜り込むゥ!!」
「いい判断ですね。すぐさまパワーグローブを起動してます。ゾウはもうプレスも互角、抑えられて牙もうごかせない。かなり苦しいですね」
「ああぁ!そうですよ!」
「どうしたの!?急に大きい声出さないでよ」
「このゾウは野生育ちじゃないじゃないですか。ゾウの里生まれですよ」
「あっ、そうか」
「野性なんてない。というか、なんだったら本物の戦場にいたネコさんの方が必死の戦いを知ってる」
「あっ、そうか」
「あんなに力説しちゃって。恥ずかしいやつですね、ソヨさん」
「う、うん」
頑はつかんだ牙を殴り続けていた。
硬えな、象牙。戦車より硬い気がする。
「この牙、折れろォ!!」
「頑の連打だぁあ!!暴れるダンボウくんの牙に確実にヒビが入っている!折れたぁ!!とっさに身を引くダンボウくん!」
「大勢決しましたね」
後ずさるゾウ、その目に勢いはない。
力の差を知ったな、お前の負けだ。
頑は像の頭を折った牙で貫いた。
ブザーが鳴った。
「頑、勢いのまま、ダンボウくんの横頭に牙を突き立てたぁ!!ゆっくりと倒れるダンボウくん!頑 願子!三連勝!!これはもう9連敗のイメージを払拭しきりましたね」
「そうですね、相性的にかなり有利だったとはいえ、無傷で勝利ですからね」
「いやぁ、頑の成長はまだまだ止まりそうにないですね。さて、明日の戦闘は、レーベルク戦闘所の精鋭5人対レベル4 動きを止める能力者 フラグパ。この反則じみた能力者を相手にレーベルク戦闘所はどう戦うのか!?」
「言われた通り、苦戦せず圧勝したけど」
頑は家に帰り、旦那にミッションコンプリートと伝えたが。
「ゾウさんがかわいそうだって」
「……どうすりゃいいんだよッ!」