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綾木  作者: 心鶏
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第四話  三木野市、雪原、雪女

「二連勝、おめでとうございます。頑さん」

 頑は仮想空間でのトレーニングを終えた後、満島所長に呼び出されていた。

 トレーニングといっても仮想空間での感覚、五感のデータ調整と体が拒絶反応を起こさないための順応訓練だ。1年ほどで、データも体も安定するが、それまでは週二回は行わないと予期せぬ事故につながる可能性がある。

「一回目は荵ちゃんのおかげで、二回目はまぐれで急所にはいっただけです。私の力じゃないです」

「まあまあ、そう言わずに。勝ちは勝ちですよ」

 満島所長は自分のデスクの上に紙袋を乗せた。

「どうぞ、開けてください」

「何ですかこれ?」

 紙袋の中にはビニールで梱包された黒っぽい何かが二つ。

「広げてみてください」

「はい」

 私はビニールをなるべく丁寧に剥がし、その姿を現した紺色の布を広げた。

「これは。戦闘服……」

「背中の方をみてください」

 戦闘時、綾木戦闘所所属戦士がお揃いで着る紺の中坊ジャージ。唯一違う点は、背中に「KATAKUNA」とデカデカと金色で書かれていることだ。

 ダサい。ただそれに尽きる。

「本当は初勝利した後に渡さなければいけないんですが、私が私用で遠方に出ていて、渡すのが遅れてしまいました」

「まあ、それは構わないんですけど……。これって皆さん、持ってるんですか?」

「はい、藤高さんはよく着てますよ」

 と、年頃の女の子が着るべき服ではないぞッ、荵ちゃんよ。

「用はそれだけです。夕方から吉野さんの戦闘が始まりますがみていかれます?」

「いえ、旦那から話があるそうなので、帰ります」

 私がそう告げてダサいジャージを持って帰ろうとすると、満島所長は少し驚いたようで。

「頑さん、結婚してたんですか!?」

 失礼な。

「その驚きようだと、私に魅力が皆無ってことですか?」

「ああ!これは失礼しました。決してそんな、ただそういう話にあまりにもならなかったものですし、指輪もしてないじゃないですか、なのでてっきり」

「指輪は多分、どこかの戦場に落ちてます」

 満島所長は苦笑いを浮かべながら言った。

「引き止めちゃってすみません。どうぞ、おかえりください」

「はい。失礼します」



 駅からバスで10分、小さいが綺麗なアパートの二階。その扉を開けて旦那の好みで妙に可愛く飾られた玄関を抜け、居間へ。

「ただいま」

「おかえり」

 軍を抜け、寮生活から解放されようやく、愛する人と毎日同じ屋根のしたで過ごす生活。

 かたくな 鉄治てつはる 23歳、願子の夫であり、小学校の音楽教師である。

 絨毯の敷かれた床に姿勢良く座り、テレビのニュースを見ながらあったかいであろう緑茶を飲んでいる。

「話があるんでしょ」

「うん。お母さんから電話があってさ」

 私は男にしては少し小柄なそいつの隣に座った。

「うちの?それとも小咲ちゃん?」

「あー、小咲ちゃん」

 かたくな 小咲こさきは願子の姑である。

 とても仲が良い。ちゃん付けで呼びあい、嫁姑の問題は皆無の関係だ。

「別に大した話じゃないんだけど……。ほら、今は二連勝中だけど、その前は9連敗だったじゃない?」

「うん」

 勝手にそいつの飲んでいた緑茶を一口。思ったよりもぬるかった。

「結構ボロボロになったりしてさ」

「うん。別に好きでなってるわけじゃないからね」

「それはわかってるけど、お母さん的には見てられないって……」

「見てられない?内臓とかのグロ表現とかはないはずだけど」

 ピーナッツでは年齢層を広げるためと戦士たちのショック軽減のために内臓などといったグロテスクな表現をシステムの根本から無くし、血の表現も軽度のものにしている。

「それ以前に、無理めな相手の時点でもう……。だから、無理なのはわかってるけど、もうちょっと苦戦せずにヒヤヒヤしない戦いをしてって言ってた」

「確かに、無理難題だ。それができれば苦労もないよ」

「だよね」

「だいたい、1年前まで戦場にいた女に一般人のヒヤヒヤレベルはわからないよ」

「だよね。ごめん、気にしないで戦って。それだけ」

 軍人だった頃は戦地に赴いてばかりだったため、頑の身を心配する者は多かった。が、その経歴のためかピーナッツの戦士になることに関しては、「死のある戦場から死のない戦場に変わる」と、周囲の人たちは安堵の声を上げた。

 両親はもちろん、夫の鉄治やその他親戚たちだ。

「そうだ、変なジャージもらったけど着る?」



「さあ!今夜も始まりました!力のかぎり戦い抜く戦士の意地とそれに挑む挑戦者!最高の異種格闘技!ピーナッツ!!」

 冬の黄昏時、今夜はこれから三戦を連続中継の特大放送。

「今夜は三連戦です。気合を入れていきましょう。実況は私、清水 武雄、解説は古長 進一さんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「今回は特大放送ということで、視聴者の皆さんにも賞金ゲットのチャンスがあります。ピーナッツジャパンのホームページにて、三連戦の各戦闘、戦士か挑戦者か、どちらが勝つか予想していただきますと、全問正解の方の中から抽選で500名様に5万円プレゼントとなっております」

 こういったお祭りごとでは、視聴者プレゼントがあるので一段と視聴率が上がる。

「第一戦闘、先陣を切るのは綾木戦闘所所属、軽やかな身のこなしはまるで忍者の如く!吉野よしの 優樹ゆうき!対するはレベル3、古くから日本に伝わる伝統的な妖怪、雪女!雪女伝説でお馴染み、三木野市観光協会の挑戦です。口から吹雪を吹き、触れたものを凍らせるそうです。なお今回は特大放送ということで三戦とも普段の仮想空間とは異なるフィールドでの戦闘となり、第一戦闘のフィールドは大森県三木野市の三木野雪原(夜)となっております」

 中継される、満月に照らされる大雪原と寒空。

「この戦いはいかがでしょう?古長さん」

「はい、やはり普段と違い、月明かりがあるとはいえ暗いですから、戦士側が少し不利な気がします。レベル3ですが、綾木戦闘所の特殊武器が遠距離武器でないというのも、触れたものを凍らせる雪女に分があるんじゃないでしょうか」

「なるほど、確かにそうですね」



 そんな中継を家のテレビで観戦する頑夫婦。

「予想だって。ネコさんはどっちが勝つと思う?」

「優樹くんかな」

「えっ、でも解説の人は戦士が不利だって……」

「多分、荵ちゃんの指示が飛ぶ」



 頑 願子の予想は当たった。

「いいですか〜。今回は雪女です。いつもと違うフィールドですが落ち着いてくださいね〜」

「大丈夫だって。チョチョイのチョイよ」

「そう言ってこの前は、ちょっと相手がトリッキーだったからって大慌てで、ボロ負けだったじゃないですか〜」

「うるさい、うるさい。早く武器支給してよ」

「こんな大舞台で恥をかきたくなかったら、わあしの言うことをちゃんと聞いてくださいね〜」

「はいはい、聞きます」

 吉野は支給された、銃と短剣とパワーグローブ・ブーツを装備した。



「さて、ここで第一戦闘の勝敗予想を締め切らせていただきます。さあ、吉野の前に白装束の女が現れた!戦闘開始です!!」

 両者、夜の風吹く雪原でにらみ合う。

「まずは両者、出方を伺うか。落ち着いた立ち上がりですね」

「視界悪の中では下手に動けない戦士と、それを見透かして余裕のある挑戦者といったところでしょう」

「なるほど」

 パアァァァン!

「吉野が撃った!がこれは当たらない」

「いい距離ですね、これを拳銃で当てるのはなかなか腕が入ります」

 パアァァァン!

「その腕が吉野にはあるのか!?もう一発撃ったがこれも当たらない」



「ほら、ネコさん。ダメだよ、視界が悪くて全然当たってないじゃん」

まったく。これだから素人は……。

「違う、荵ちゃんの指示だよ。手の内を探るつもりだと思う。当たらない距離から数発撃って威嚇した後、当たりそうな距離まで行けば相手はビビって飛び道具を使ってくるはず」

「なるほど。ほんとだ」



 吉野はグローブとブーツの輪っかを引っ張った。

 浅く積もった雪が舞い。月明かりが照らし、キラキラと輝く。

 そんな光の中、クソダサジャージが雪原を駆け抜け、雪女に迫る。

 雪女は吹雪を吹いた。

 ブフヒュゥゥゥウウ!!

 進路を変えて吹雪を交わす吉野。

「危な、意外と広範囲だった」

 雪を含んだ凍える風が吉野の傍をすり抜けた。

「雪女がいません。優樹さん、注意してください」

 さっきまでいた雪女は姿を消していた。

「えっ」

 その瞬間、吉野 優樹の全身を冷気が襲った。

 ヒィィン!

 背後の気配、とっさに吉野が振った銃はうまく雪女にヒットした。

 ズゴォォン!!

 吹き飛ばされた雪女は、それなりのダメージを負ったようだった。

「油断も隙もない」

「吹雪に紛れて、身を隠しながらこちらに来たのでしょうね〜」

「今回は楽勝かな」

 吉野は前方で膝をつく雪女に拳銃の銃口を向けた。

 が、引いたはずの引き金は引けていなかった。

「凍ってる!?」

 触れたものを凍らせる雪女によって銃は凍らされていた。

「優樹さん、吹雪がきます」

 グローブ・ブーツの機能は終了しているが、起動し直す暇もなく吉野を吹雪が襲った。

 飛び込むような前転でなんとか避け切った吉野。

「もう少し、様子を見ましょう。間接的に攻撃すれば凍らないようですから、チャンスを待ちましょう」

「銃がダメならこっちでどうだ!」

 また吹雪を吹こうとする雪女めがけて吉野は短刀を投げた。

 それは見事に雪女の腹部にヒットした。

 痛みにうずくまる雪女。

「優樹さん、私の言うことを聞いてください。敵に武器を与えてどうするんですか」

「まあまあ、荵ちゃん、結果オーライでしょ。向こうも重傷みたいだし」

 すると、雪女の方から短刀が飛んできた。それを吉野はわかっていたというように華麗にかわして見せた。

「ほら、よければ問題な……」

 冷たく硬い何かがわき腹に入ってくる感触。その次に吉野は激痛に襲われた。

「グゥウゥ。な、何を……」

 わき腹には凍った血が刺さっていた。

「血のツララ!?」

 雪女は短刀の刺さった自分の腹部からの出血を、凍らせて武器を作っていた。

「パワーグローブを起動して、銃を叩いてください、引き金が凍っただけなら引ければ撃てるはずです」

「クゥゥゥ。こんなに痛いのに無茶いうなぁ」

 膝をつく吉野の頭めがけて、雪女の血のツララの追い打ち。

 姿勢を下げてかわし、吉野はパワーグローブを起動して銃を連打し氷を割った。

「計画もなしに、勝手なことをするからです」

 藤高の正論はかわせない吉野は、おそらく直ったであろう銃を雪女に向けた。

 がすでに、雪女は吉野にむかって吹雪を吹いていた。

 この距離なら当たる、吹雪はかわせないが。

「お前の負けダァ!」

 パアァァァン!

 吉野の撃った弾丸は吹雪を抜け、雪女の額を撃ち抜いた。雪女は倒れたが、その時には吉野は氷漬けにされていた。

 ブザーが鳴った。



「相打ち!第一戦闘から見事な激闘でしたね〜。さあ、古長さん、判定でどちらが勝つでしょうね?」

「雪女は頭を撃たれていました、吉野は凍っただけですので、吉野じゃないでしょうか」

「なるほど。いやぁ、しかし、雪女の血のツララは驚きましたね」

「そうですね、まさか、自分の怪我を利用するとは」

「はい、判定の結果が出ました。勝者!吉野 優樹!!見事に激闘を制し次の戦士にバトンをつなぎました!」



「うわぁ、ほんとだ、ネコさんの言う通りだった」

「でしょ」

 第二戦闘。

 魚崎うおさき戦闘所所属 神谷かみや 謙太郎けんたろう対レベル3睡眠爆弾は魚崎戦闘所の特殊武器、遠隔衝撃パワーグローブと相性が悪く。神谷の圧勝。

 そして、第三戦闘。

 勝率67.42%の島ノしまのえ戦闘所の戦士6人対レベル4 恐怖と剣を操る能力者エモナ。

 レベル4以下の挑戦者は負けるまで挑戦することができ、最高記録は35年前に赤丸部隊が倒した、感情を操る能力者Mの45連勝である。

 この能力者エモナは現在9連勝中であり、日本初上陸である。

 まだ有名ではなかった能力者エモナだったが、この日は特大放送の大トリということで注目されていた。

 そして、それを見ていた人たちは驚愕した。

 島ノ江戦闘所は決して綾木戦闘所のようないつも土壇場で勝ったり負けたりする戦闘所ではなく、勝率6割越えをマークする優秀な戦闘所であった。であったはずが、能力者エモナの圧倒的な強さをまえに6人全員が一瞬でやられた。

 第三戦闘はあまりにもあっけないものだった。


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