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綾木  作者: 心鶏
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第二話  アーマードローン


 頑 願子 24歳 元陸軍軍曹。

「かたくな がんこ」と読まれがちだが本当は「かたくな ねこ」である。

 ピーナッツ日本支部、綾木戦闘所の期待の新人だ。

 数年前まで勝率は日本トップであり、世界でも5本の指に入るほどだった綾木戦闘所。

 それが英雄的な戦士たち、主に綾木あやき けい所長、紫道しどう まこと副所長、藤高 荵、の引退により綾木戦闘所の勝率は全力下り坂。

 そんな戦闘所に入った新人、世間も気にする、頑 願子の記念すべき一回目の戦闘。

 相対するはレベル2 ベンガルトラ……。ピーナッツニュースには「軍人、右手を食われ惨敗!」という見出しが。

「初戦は仕方ないですよ」という励ましを背に迎えた二戦目の相手はレベル3 全方向に3メートルほどの槍が何本も突き出す装甲車……。ピーナッツニュースには「軍人、貫かれる」と。

「焦らなくて大丈夫ですよ〜、ゆっくり慣らしていきましょ〜」と、言われ三戦目、相手はレベル1 ライティング・カッチアゲ……。ピーナッツニュースには「軍人、惜しくも黄金の右アッパーで撃沈」と。

 成績はあてにならない訳で、こんな調子で9連敗、二ヶ月間勝ち星ゼロ。

「一体、どうやったら勝てるんだ……」

 軍人になる前から精神面は人並み以上に強かった頑 願子も流石に、落ち込み気味。

「大事なのは気持ちと油断しないということですよ〜」

 すっかり慣れたオフィス、馴染んできた自分のデスク、そこで甘々なコーヒーをすすっていると藤高 荵がカップにブラックコーヒーひたひたでやってきた。

「藤高さん……」

「荵ちゃんにしてください。ネコさんはわあしの戦士時代を知らない人じゃないですか〜。敬意のない「さん」付けは嫌いです」

 確かに所長しか藤高をさんで呼ぶ人はいない。

「……でも、荵ちゃんも私に敬意のない「さん」付けしてるじゃないですか」

 少し西洋の血が入っているであろう顔立ちの藤高は表情を曇らせた。

「敬語も同じ理由で嫌いです。それとわあしは本当にネコさんを尊敬していますよ〜。仮想空間とはいえ攻撃を受ければ痛いじゃないですか」

「……うん。嫌という程味わったよ」

「敗北するのは戦闘不能の判定が出なければいけませんから〜、戦闘を終わらせるには重傷を負うか勝利する必要があります。ですから〜、敗北の敗北、連敗が多くなると結構屈強な人もすぐやめちゃったりするんですよ〜。怪我を負っても現実に戻れば治り、また仮想空間で怪我を負って。そういう痛みの連鎖が嫌になっちゃうんだと思います」

「その点、私は懲りずによく戦うと?」

「はい、いくら勝率が低いとはいえ、うちの戦士はみんな勝ち星を一月に一つはあげますから、勝った時の爽快感をみんな知ってますが〜、ネコさんはそれを知らずによく続くな〜。と」

「それは褒めてるの……?」

「はい、もちろん。誰にでもできることじゃありません」

 その「誰にでも」の前に9連敗なんてという言葉がつくのだろう。荵ちゃんよ。

 ほのぼのとしたマスターにいびられ、さらに落ち込むネコ。

「とにかく10連敗は綾木戦闘所史上初めての記録です。何としても避けましょう〜。次の相手は強敵ですが、レベル3なのでわあしがしっかり指南しますから、ネコさんもしっかり勝利をつかんでくださいね」

「頑張る。……頑張ります」



「荵ちゃん、荵ちゃん」

 頑が10連敗をかけた戦闘を明日に控えたその日の夜。

 システム整備で戦闘所に残るマスター藤高 荵とマスターアシスタントの園田そのだ そよ

「なんですか〜」

ふくよかの中のふくよかボディお姉さんの園田がパソコンに向かいながら話す。

「ネコちゃんのこと、どう思う?」

「どう?ですか」

「強いと思う?」

「はい。戦闘技術はしっかりしています」

「でも、正直、元軍曹とは思えない……。そうじゃない?」

「……」

「所長から不吉のネコの話、聞いた?」

「一応」

「なんか、経歴と強さが一致していない気がしない?仮想空間での戦闘に慣れていないっていうのを差し引いても」

「……」

「だから、考えてみたのよ。そしてたどり着いたの。ネコちゃんが9連敗もしている理由に」

「理由?」

「不吉のネコは戦場で最後に一人で立っている。その戦いの記録を見たらひどいものばっかりだった。負け戦もいいとこ。最初からとてつもない不利から始まっているの」

「はあ……」

「多分、そんな状況じゃ持ちこたえることもできない。相当早い段階でネコちゃん一人と敵だらけの形ができてたはず」

「はあ……」

「だから、きっとネコちゃんは追い込まれれば追い込まれるほど強さを発揮するタイプなんだと思う。その強さを発揮するのに戦闘の強制終了が早すぎるんだよ」

「はあ……」

「多分、ネコちゃん本人の限界ギリギリよりもずっと前の段階で戦闘が終わってるから、精神的なダメージも少ないんだと思う。……話、飽きてるでしょ、荵ちゃん」

 眠そうな顔の藤高に向く園田。

「いえ。それで、わあしにどうしろと〜?」

「戦闘終了をもうほんの少し遅らせたりすれば、ネコちゃんの本気を引き出せるかもって思うんだけど」

「ダメです。危険すぎますし、その話が本当ならネコさんには古傷が少なすぎます」

「やっぱりダメか……。荵ちゃんはこの泥沼から、ネコちゃんを引きずり出す方法を知ってるの?」

「わあしが一挙手一投足を指示します」

「ああ、そっか明日はレベル3だもんね」



「さあ!今夜もやってまいりました!人!ロボ!動物!兵器!なんでもありの異種格闘技!ピーナッツ!!」

 戦闘は全世界に配信され、テレビ、インターネット、電光掲示板まで、様々な端末に生中継し、人々はそれに熱狂する。

「実況は私、清水しみず 武雄たけお、解説は古長こなが 進一しんいちさんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 実況解説は各国によって異なる。

 まず、戦士が仮想空間に召喚される。

「本日の戦士は紺ジャージでお馴染みの綾木戦闘所所属 頑 願子!現在9連敗中、未だ勝ち星ゼロ。それを打開するには今回の相手はやや厳しいか!?レベル3! 近接戦闘機動戦車。19歳男性 大学生の挑戦です。戦車にアームをつけ、砲台をアーム部分に移動、キャタピラではなくジェットを搭載し、装甲の軽量化で高速で空を飛び、基本の攻撃はアームによる打撃と砲撃!これはどうなんでしょう?かなり強力な相手だと思うのですが……」

「そうですね、打撃と砲撃を組み合わせてくれば破壊力は相当だと思いますよ。ただ、飛べるほど軽いわけですから、守備力の面ではあまり脅威ではないかもしれません。でも戦士が戦士ですからね」

「そうですね、未勝利戦士にはレベル3は高い壁です」



 事務所の二階のテレビで鑑賞するのは満島所長と園田と桐原きりはら 理生りお、桐原は綾木戦闘所の戦士で頑の二つ下の先輩だ。

 桐原は様々な状況に対応できるオールマイティーな戦士だが、何にも特化してないため得意な敵はいない。ただし、彼女は絶対に戦いを最後まで諦めない。ゆえに人気はそこそこある。

「あちゃー、完全になめられてるなぁ。ネコさん」

「そうですねぇ」

「勝率ゼロ%だもんね」

 プライバシー保護のため戦士とマスターの声は配信されない。

 そして、当然、戦士とマスターも全国、すべての実況、解説の声は聞こえない。

 なのでそんな風にディスられていることを頑が知るよしもない。



「準備できましたか?」

「大丈夫、グローブもブーツも装備した」

 紺のジャージに黒手袋に黒長靴、色合い的には逆バイキンマンだ。

「では、戦闘を開始しま〜す」

 白く広い世界、頑の前に召喚されたのは空飛ぶ腕付き戦車。

「きます!」

 高さは1.3メートル、幅はアームを広げた状態で3.6メートル、通常の戦車より小さいが飛んでいるという迫力に押され。

 ッズッダォォォン!

 戦車の右裏拳をノーガードでくらい吹っ飛ぶ頑。

「さ……鎖骨のあたりでよかった。腹か顔に食らってたら一発アウトだ」

 私は若干、息を乱しながらもすぐに起き上がった。

「しっかりしてください。グローブ、ブーツを起動して次の攻撃に備えてください」

「了解」

 私は言われた通りにパワーグローブ、パワーブーツの輪っかを引っ張った。

 その間に戦車は頑との距離を一気に詰めていた。

 右アームを突き出し構える戦車。

「ネコさん、正面ガード!」

 とっさに腕を水平に頭を守る頑に戦車の近距離砲撃。

 バッドォォォォン!

 踏ん張り耐えると前方を確認する間のなく左アームのストレートがガードを崩す。

「なんて重さだ。崩された」

「ネコさん、しっかり!」

 次に戦車はガードが崩れ無防備な腹めがけ、ジェット全開の体当たりをかまし、そのまま凄まじいスピードの低空飛行で頑を捕らえる。

「ぐぅ……このまま壁に叩きつける気だな……」

「ネコさん、両手でそいつの背中を叩いてください」

 くっ、わかっちゃいるけど、痛え。みぞおちにはいったな。

 なんとか両手を振り上げ、思い切り振り下ろす頑だったが。

 ガンッ

「ギリギリ時間切れです、もう一度起動して叩いてください」

 パワーグローブ、パワーブーツの機能は起動から15秒で終了。この15秒は状況次第で短くも長くも感じる。

 こういった場面ではめっぽう前者である。

「くそッ」

「ネコさん、急いでください」

 頑はグローブを両方起動しなおし、もう一度腕を振り上げた。

「わかってるつーガバファァ!!……」

 壁に叩きつけられた頑、少し離れて戦車は倒れこんだ頭めがけて両アームで連続砲撃。それによって爆煙が上がる。

 ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!。

 真っ白の壁は何よりも強くできており、この仮想空間に召喚されたものには絶対に壊すことができない。よって頑の逃げ場はない。

「ネコさん、ガード。ブーツを起動して撃つ合間を見て体当たり仕返しましょう」

 戦車は爆煙の中にいる頑に砲撃を浴びせ続けている。

 ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!

「ネコさん?」

 15秒以上が経ち、戦車は砲撃をやめた。

 爆煙がおさまり、壁ぎわに横たわる頑。



「おおっとぉ!これはダウンかッ!頑、ぐったりと壁ぎわ!」

「……」

「とてつもない砲撃だ!頑、暴力的な戦車を前に一度も抵抗できず!!」

「変ですね。普通あれほどの砲撃を食らえば戦闘は終わるはずです」

「そう言われればそんな気もします」

「彼女、案外まだやる気かもしれませんね」

 戦車はおもむろに頑に近づき、無情にも右アームを振り上げた。



「ネコちゃん、10連敗かな」

「いや、古長さんの言う通りおかしいです」

「でも、砲撃は結構長かったですよ、パワーグローブはもう機能終了して、生身の状態で耐えられるような砲撃じゃ……」



 ブァズィィン!

「止めたァァ!!頑!寝たまま左手一本で!!すぐさま戦車のアームをまたぎ!腕ひしぎだァァ!!そのまま起き上がり戦車を投げた!距離をとってお互いにらみ合う!」

「腕ひしぎは軍人の常用技といってもいいでしょう。やはり、9連敗とはいえ軍曹ですね」



「えっ、どうやって!?だって、砲撃は……」

 多くの一般人は知らず、知っている者もこう言った緊迫した状況の中で見落としがちな、綾木戦闘所のパワーグローブとパワーブーツの基本的な機能。

 起動は機能終了時間をリセットする。つまり機能が残り10秒だろうと1秒だろうと輪っかを引っ張れば残りは15秒。

 頑は砲撃の合間をみてグローブの起動を繰り返し、爆煙に紛れ全ての砲撃をガードしていた。



「わあしの指示に従ってくださいよ〜。肝を冷やしました」

「ごめん、でも今の砲撃は私を動かすためのものだと思う、元軍人の勘が働いてね」

「相手はそこまで戦闘技術に長けてません。体当たりした後、そのままネコさんを壁に押し付けて超近距離で砲撃か、もしくは腹部を連打で勝てたのにそれをやってきませんでした」

「そんな、死にルートがあったとはね。安心はできないな。ピンチを切り抜けたにすぎない」

「はい、ですが〜もう、おそらくネコさんが勝てます」

「? 勝てる気はしてないよ」

「今の一連の動きは機械というより人です。腕ひしぎの効く関節だということも考えると、戦闘スタイルのモデルはおそらく挑戦者自身でしょう。それなら話は簡単です。ただの機械をまとった素人ですから。今度こそわあしの指示に従ってくださいね〜」

「わかった」

「人はほとんど真正面に構えることがありません。必ずどちらかの手を引きます。そうするとモーションのない前手よりモーションのある後ろ手の方が引いた分、重さを出せるので全くのセンス皆無でない限り素人なら引いた方から攻撃してきます。この場合、左アームです。グローブ、ブーツを起動してください」

 頑は右手で左グローブの輪っかを、左手で右グローブの輪っかを、そして手をクロスしたまま、右手で左ブーツの輪っかを、左手で右ブーツの輪っかを、掴み両手を上に広げる。

 このやり方はいっぺんにグローブ、ブーツを起動でき、藤高が戦士時代によくやっていた起動方法である。

 その間、戦車はジェットで一気に頑との間合いを詰めると、藤高の言った通り引いた左アームで攻撃してきた。

「それを体を反らしてかわして、左アームをしっかり掴んで体を固定したら、右アームの付け根を思いっきり蹴っ飛ばしてください」

 上体を反らしてかわし、アームを掴んで右アーム付け根を蹴る。

 バァギィィン!!

 頑は完璧にこなした。

「すると、必然的に右を引くので、次は右アームから攻撃がきます。左下に潜ってかわして、その攻撃に右ハイキックを合わせて正面の車体を蹴ります。この時、相手が吹っ飛ばないように振り切った右アームを掴んでおいてください」

 藤高の読みも完璧で、戦車は右アームで攻撃してきて、それをかわした頑の右ハイキックカウンター。

 ブァグァァァン!!

 右アームを掴まれた戦車は吹き飛ばずその場で頑に捕らえられた。

「あとは先ほど蹴った右アーム付け根を破壊するまで連打してください。すると相手は距離をとるはずです」

 バァギャァン!バァギャァン!バァギャァン!バァギャァン!バァギャァン!バズゥギヤァァァン!!

 一心不乱に拳を振り下ろし、戦車の右アームを叩き落とした頑から、ようやく解放された戦車はジェットを使い、高速で距離をとった。

「こうなればもう相手がやってくることは一つです。残った左アームでの砲撃です。ガードしながら一気に距離を詰めて、懐に入って左アームを掴んで、今の要領で正面を連打してください。おそらくジェットで壁に押し付けようとしてきますが、やはり素人の動きです。壁の反対方向に距離をとったので気にせず叩き続けてください。耐久はあまりなさそうです」

 いつもほのぼの、おっとりとした口調の荵ちゃんも本気の戦闘指示となれば多少、早い口調になるようだ。

「了解」

 頑はまた藤高スタイルでグローブ、ブーツを起動し、予想通り砲撃を開始した戦車に向かって走り出した。

 ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!ブフワァァン!

 いくつかかわし、いくつかガードし、ブーツのおかげで俊足で戦車の懐に潜り、砲撃をやめた左アームをしっかり掴み、正面の車体を左手で連打。

 ブグァフワァァン!ブグァフワァァン!ブグァフワァァン!ブグァフワァァン!ブグァフワァァン!

 そして読み通り、ジェットで急発進した戦車だったが。

 バガワァァァァン!!

 壁にたどり着く前に車体を破られ機能停止で床に崩れ落ちる戦車。

 ブザーが鳴った。



「頑の連打ぁぁ!頑 願子!初勝利ぃ!!頑、高々と拳を突き上げましたぁ!いや〜鯉が龍になる瞬間と言いましょうか、これまでの戦いがまるで嘘のような戦いぶりでしたね」

「そうですね。おそらく誰も予想してなかったんじゃないでしょうかね。連続砲撃後の相手の動きを操るような攻撃は、私も見入ってしまいましたよ」

「これは頑の今後、十分に期待できますね。頑張ってもらいましょう。さて明日の対戦はアメリカ本部へ渡った侍、唯一現役の伝説 黒尾くろお 武彦たけひこ率いるスコール戦闘所対現在3連勝中 レベル4 恐怖と剣を操る能力者エモナ、伝説は恐怖に打ち勝つことはできるのか!?」

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