第十九話 生い茂れ!草人間
「先日の戦闘、お疲れさまでした〜」
私は荵ちゃんと戦闘所にて再会した。
「うん、結構危なかったけどね」
「2年ぶりの戦闘であの動きはさすがですよ〜」
「そんなこと言ったら、荵ちゃんだって。千羽 由美の戦闘見たよ」
「ふふふ、あんなのは〜ネコさんと優樹さんが戻ってくるまでのつなぎですよ」
「つなぎの人気じゃないよ」
「どうせわあしだとわかれば〜冷めていきますよ」
「そんなことないよ」
「それに、わあしはあんまり、戦いとか好きじゃないので〜、もうすぐマスターに戻ります」
「そうかぁ、一緒に戦いたかったけど」
「マスターとして、また一緒に戦いますから〜」
「……まあ、そうだね」
「さあ!今夜もやってまいりました!動物、機械、兵器、能力者、怪物、あらゆる挑戦者たちを、生粋の強者たちが迎え撃つ。ピーナッツ!!」
この戦闘に世間は沸いていた。
「実況は私、清水 武雄、解説は古長 進一さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さあ!皆様お待ちかね!2年間の静寂を破る復帰戦!帰ってきた最後の綾木戦闘所戦士!一撃入魂!一発逆転!桐原 理生!!対するはレベル3 草木操り!生い茂る!草人間!32歳男性 会社員の挑戦です。草蔓のムチや、大木の盾などで戦うそうです。どうですか古長さん」
「戦いの幅は広そうですね。何か他に特殊な能力でもない限り、戦闘技術がものを言う戦いになると思います」
私の恐怖は治らないそうだ。
50年ほど前、蘇生医学の発展がピークに達していた頃、人口爆発の危険を懸念し蘇生は12歳以下の子供だけが対象に受けられた。
現在は禁止されている。
その理由が、蘇生された子供たちの半数以上が私と同じ恐怖症状を発症するからだった。
死ほどの恐怖を植え付けられれば、もはや生きていくのは楽じゃない。
私は人の目を見ると思い出す、ララの憎しみに満ちた目を、たまらなく怖いあの目を。
それでも私は戻ってきた。
荵ちゃんに戦士を辞めさせるために。
私を辞めさせた時、荵ちゃんはまるで自分の過去を他人事のように言っていた。
自分に起きた物事ではないかのように。
そのあとで見た、荵ちゃんの全盛期のドキュメンタリー番組、そこには今の荵ちゃんからは想像もつかないほど静かで鋭くクールな人が映っていた。
荵ちゃんは世間を恐れ自分を捨てたんだ。
そんなに傷ついている人が、匿名でフードをかぶって顔も出さずに、綾木戦闘所のために戦っている。
それをネコさんから聞いて知った時、私はいてもたってもいられなくなった。
だから、戻って来た。
ララがなんだ。恐怖がどうした。
私には助けなきゃいけない人がいる。
だから、負けるわけにはいかない。
家で何気なくピーナッツを見ていた頑は驚愕した。
「理生ちゃん!?復帰するなんて聞いてなかったけど」
頑の膝上で寝ていた娘も起きる大声だった。
「大丈夫そう?」
心配するのは園田。
「ちょっと怖いですけど。それはみんな同じですよね」
グローブ・ブーツを身につけ、短剣と拳銃を構える桐原。
「うん。そうだね。それじゃあ、戦闘を開始します」
「さあ、戦闘開始です!両者どのような立ち上がりを見せるか!?」
真っ白な世界に草蔓でできたような人間が召喚された。
草人間は地面に手をつくと、一面を膝ほどの高さの草の茂る草原に変えた。
「草を!野原を生み出した!」
「最近の挑戦者の傾向として、やはり、地形戦略は多いですね」
「そうですね。なぜでしょう?」
「地形戦略というのは、ほとんどのものが戦士の転ぶなどといったミスを誘うものであったり、罠を隠すためであったり、強力な技と判断されず、さらにレベル基準では技や身体能力、武器などの相性は考量されません。つまりほとんどレベルが上がらないのです。それでいて、戦士が戦いづらくなるのは必須ですから、挑戦者側のセオリー的なものになりつつありますね」
「なるほど。挑戦者も練らずには挑戦してこないわけですね」
「ええ、明らかに昔より、強い挑戦者が増えてきているのは、そういったレベル考慮的な戦略が広まっているからでしょうね。戦士たちにはより一層強くあってもらいたいですね」
桐原はグローブ・ブーツを起動しながら、草人間に銃口を向け、発砲した。
パアァァン!!
草人間の左肩に命中、しかし、草人間は同時に、大木の幹のような盾を投げつけた。
桐原は銃を腰に携帯するついでに軽くかわし、間合いを詰めに走る。
その桐原に対し、草人間は右腕を突き出す。すると、草人間の右腕は槍状の蔓になり、さらに伸びて速度を増す。
槍攻撃を姿勢を低くし、草に紛れてかわした桐原は、草人間の懐から、飛びかかりマウントポジションを取る。
「いい動きだ桐原!まるで2年のブランクは感じさせない」
「そうですね。地形戦略もうまく逆手に取れています」
桐原はすぐさま草人間の両腕を叩いて潰し、完全に身動きが取れないようにすると、グローブを起動しなおし、草人間の顔を連打した。
バジイイイイィィィンン!!!バジイイイイィィィンン!!!バジイイイイィィィンン!!!バジイイイイィィィンン!!!
「完全に恐怖を克服してる」
自宅にて観戦中の頑。
「ただいまー」
旦那の帰宅も、桐原の勢いにかき消される。
「あれ?桐原さん?」
「うん、でも、動きが良すぎる」
「これで終わり」
ッバッジイイイイイイイイィィィィィィンン!!!!!
桐原は草人間の頭を叩き潰した。
しかし、ブザーはならない。
ズザッ
桐原は背後から髪を掴まれた。そして、
ドズアアッァァァァァァァァン!!!
草人間の伸びる腕によって、頭ごと持ち上げられ、壁際に叩きつけられた。
「ガアッ……」
考えるより速く桐原は起き上がり、状況を確認した。
潰したはずの草人間がそこにいた。
「ぶ、分身?」
草人間は腕を槍状にし、桐原を刺そうと、遠距離から猛スピードで伸ばしてきた。
(ロロ……)
うるさい。
「かわした!!桐原、草人間の槍を辿って、走る」
「槍は腕と一体化しています、掴んでいれば懐に入れます」
草人間は再び大きな盾を生み出し、投げつけた。
桐原は槍を掴んだままその盾を華麗にかわし、凄まじい速さで草人間の懐に潜り込み、勢いのままグローブ・ブーツを起動しなおしながら、自分ごと浮くようなアッパーカット。
「草人間の首が吹き飛ぶゥ!!!桐原!強い!!」
「変ですね……」
「確かに変だ……」
テレビと会話する頑。
「何が変なの?」
部屋着に着替えた旦那がその隣に座り、尋ねる。
「理生ちゃんらしくない」
「そうなの?」
「理生ちゃんの強みは負けない気持ちと、一つの戦闘をひっくり返す油断を貫く一撃なのに……」
「強みが出るまでもないってことじゃないの?」
「……」
(ロロ……)
来る……。
桐原は音なく背後に迫っていた、草人間の伸びた腕を振り向き掴むと、草人間ごと振り回し、壁に投げつけた。
バッザアアアアアアアンン!!
壁に叩きつけられた草人間。桐原はグローブ・ブーツを起動しなおし、猛ダッシュで迫り追撃パンチで襲いかかる。
ブバスイイイイィィィィィィィィィィィンン!!!!!
草人間はその追撃を、大きな幹の盾でガードした。
しかし、そこから、草人間に何もさせまいという、桐原の連打。
べドゥアダダダダダダダダダアアアアアアァァァァァンンンン!!!!!!!
バキバキと音を立てて、盾にヒビが入っていく。
バッキッッ!!
盾が真っ二つになると、その中からもう一人の草人間が槍状の腕で桐原の左肩を貫いた。
ザッスアァァァ!!
そのまま、腕を猛スピードで伸ばし、桐原を反対側の壁に押しつつけた。
「!! グッ」
「これは!?分身ダァ!!」
「盾の中に分身を忍ばせていたんですね。何度も投げていたのは分身が桐原の背後を取るためでしょう」
「恐ろしい戦略!!桐原ピンチか!?」
桐原は座り、壁にもたれながらも、腰に携えていたナイフで草人間の腕を切り落とし、残った左肩の槍を引き抜く。
草人間は切られた腕を引っ込める。
左肩が痛いし、左腕から先が動かない。相手は二人。増える可能性も。
桐原はゆらりと立ち上がった。
グローブ・ブーツを起動しなおして、ナイフを口にくわえ、銃を右手に持つ。
(ロロ……)
決める……。
桐原が走り出したのと同時に、草人間は貫く勢いで両腕を伸ばした。
桐原はその間をすり抜け走り続けるが、二人目の草人間が桐原の頭上をかすめるように腕を伸ばす、それを姿勢を低くしてかわし、草に足を取られる隙もないほどのスピードでさらに走る桐原。
「!! まずい、退路を断たれた」
一人で焦る頑。
「え?」
のんびり観戦する旦那。
「草人間の腕がもう一本飛んでくるのに、右に行くにも、左に行くにも、上に行くにも、他の腕を切らなきゃいけない」
「つまり、逃げるには一歩遅れるってこと?」
「……草人間の腕が伸びるスピードを考えると、切ってから逃げるんじゃ間に合わない。あの狭い腕の間で避けるのは不可能に近い」
「おーわ。きついね」
草人間は頑の予想通り、包囲された桐原を狙い撃つべく、さっきの切られた片腕を再び、槍状にし猛スピードで伸ばした。
(許さない……)
桐原はその腕を右に避ける。
ズアンスゥゥアアア!!!
槍は桐原の左肩を再び貫く。
しかし、桐原はそのまま走り続け、その揺れで傷が開いていき、桐原の左腕は落ちた。
さらに、速度を上げる桐原、急いで腕を引っ込める草人間。
桐原は走りながら、右手の銃で草人間に発砲した。
パアァァン!!パアァァン!!パアァァン!!
盾の前に立っていた草人間は頭を撃たれ倒れた。
それによって、真ん中と頭上の草人間の腕が退いた。
桐原は壁際の草人間の頭上へ飛び上がった。
空中で銃を捨て、口のナイフを手に取り、再び草人間が召喚した守りの構えに使う盾に投げつけた。
そして、体が落ちるよりも早く、壁を蹴り急降下。
スットン!
盾にナイフが刺さるが、草人間は桐原の攻撃を察知して守りを解かない。
ッドズッガアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァンンン!!!!!
桐原は刺さったナイフを急降下の勢いで蹴り下ろした。
ナイフは盾の中の草人間を貫き、盾を貫通し、その下の草人間の頭もしっかり貫いていた。
ブザーが鳴った。
「凄まじい気迫だ!!桐原!!復帰戦ながら人気に見合う強さを示した!!」
「強かったですね。勢いだけじゃなく、二度目に左腕を貫かれたのはわざとでしょうね。すでに機能していない部位を盾として使った、とても冷静な状況判断でした」
「ロロに打ち勝ったあの勇姿を思い出すようでしたね。さて、明日の戦闘は苦渋を舐めた、幾百、幾千の戦士たち、再び恐怖の剣と拳を交える。そんなリベンジマッチ第一戦!生ける伝説、黒尾 武彦率いるスコール戦闘所。対するは、329連勝中。全戦闘所制覇という偉業を成し遂げた過去最強の挑戦者。レベル4!能力者 エモナ!!激闘必須の大決戦を制すのは!?」