第十七話 サンドウェポン
旦那が休みの日は育児を任せ、戦友と食事に行くのが日常になっている頑は、河合 優也と飯を食っていた。
「あったことないですね。でも人気ですよねー」
頑は千羽 由美のことが気になっていた。
「正直、河合さんの時よりすごいよね」
「アハハ。そうなんですよ。いっつも、ピンチに現れて、敵を圧倒しては、颯爽と去っていく。ピーナッツの業界でも千羽さんは謎ですよ」
「あって聞きます、経歴とか」
「それが早いですね。それより、聞いてくださいよ」
「?」
「この前、うちの戦闘所、能力者エモナと戦ったんですよ」
「それは、熱いカードですね」
「最初は結構優勢だったんですよ。一応、研究しましたし」
「でも、負けた?」
「はい……。怖いんですよ。あの剣を向けられるたびに、心臓を握られているような感覚になるんです」
「さすがに最強の挑戦者と呼ばれるだけはありますね」
「そういえば、頑さんが産休に入ったすぐ後に綾木戦闘所とも闘ってるはずですよ」
「……初耳です」
「千羽さんもまだいない頃でしたね。満島さんと吉野さんが何もできず惨敗してました」
「荵ちゃんの指示があっても二人じゃ足りなかったか」
「確か、全国の戦闘所制覇間近みたいですよ、各戦闘所もエモナとの再戦に備えていますし」
「もはや、あっちが主役だな」
「でも、勝てないと思います。ピーナッツってどれだけレベルを上げずに挑戦するかって感じじゃないですか」
「そうだね。レベル5は挑戦者側の見返り少ないし連続して戦闘ができない。ギリギリのラインを探すのがセオリーだよね」
「そのギリギリのラインなんだと思います。エモナは」
「強すぎる剣、恐怖を操るという未だ得体の知れない能力、後は反射神経に身体能力か。レベル5でも疑問はないな」
「ですよね。限りなくレベル5に近いレベル4。これにレベル4の条件で挑むのは明らかにキツイ」
「まあ。何か弱点があるんだろうね」
「それでも、189連勝ですよ。……早く、復帰して倒してください」
「無茶苦茶な、私が復帰する頃にはさすがに倒されてるでしょ」
「いや、ないですよ。僕の見込みでは、エモナを倒せるのは頑さんだけです」
「そんな、優れた戦士じゃないよ、私は」
「だって、ララもロロも倒してくれたじゃないですか。レベル5越えを2体も倒したのは歴史上頑さんだけですよ」
「勝率50%ちょいですよ」
「期待してます」
この戦いは、歴史に残るようなすごい戦いじゃない。
劇的なモノなんて特に起きやしない。
満島所長のような根性、気迫はないし。
桐原さんのような試合をひっくり返す力もない。
ましてや、ネコさんみたいな、明確な強さ、意志の硬さもない。
昔から、ビリだけど調子には乗る。そういう奴だった。
戦士になったのは目立ちたかったから、負ける時はとことん負けた。でも慣れていた。
親にはずっと反対されていた。中途半端なお前に務まるもんじゃないと。
病気になってからはもう戦士を辞めたんだと思われていた。
だから、復帰するといった時はまた反対された。
……それでも、戦士でいたかった。
レベル4やレベル5で、仲間の戦士が戦っているのを見ているのが好きだった。みんな、最高にカッコよかった。そしてその中にいられることが嬉しかった。
それだけで戻ってきた。この真っ白な世界に。
今日はレベル3。一人の戦い。
それでいい。一人でも戦える。中途半端なんかじゃないってことを証明する。
「園田さん。指示はいらないですから」
「了解ー。支給品を装備したら戦闘開始ねー」
「わかりました」
あのころの俺はもういない。
謹慎期間、闘病生活を経て変わったんだ。
「さあ、かかってきやがれ。新生 吉野優樹が相手だ」
「さあ!今夜もやってまいりました!闘志振るわす戦士!野心を燃やす挑戦者!心に響く名勝負!世界に轟く大激戦!。ピーナッツ!!」
吉野の復帰戦である。
「実況は私、清水 武雄と解説は古長 進一さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。」
「さあ、数々の苦難を乗り越え、今夜、戻ってくる!綾木戦闘所1身軽な男!現代を飛ぶ忍者!吉野 優樹!!対するはレベル3!二足砂煙戦車!21歳男性 大学生の挑戦です。二本足で自立し、そこから、蹴りや砂を繰り出すそうです。どうですか、古長さん」
「なんとも言えませんね。吉野はブランクがありますから。感覚をどこまで取り戻せるかでしょうね」
「なるほど、では、吉野次第ということですね」
戦闘が始まった。
吉野の目の前には、足の生えた2メートル強の戦車。
戦車は走り、吉野を蹴ろうと重心を片足に乗せ、もう片足を勢い良く蹴り上げる。
ブゥワァァァ!!
空気を震わす凄まじい蹴り。
吉野はすかさず、ブーツを起動して後方にかわす。
「すごい蹴りだアァ!吉野!間一髪!!」
「助走も付いていましたからね。あれはパワーグローブ・ブーツじゃ耐えきれないですね」
吉野は息を深くつき、戦車を見つめながら、グローブ・ブーツを起動しなおした。
猛スピードで間合いを詰め、もう一度吉野を蹴ろうとする戦車。
しかし、吉野はその蹴りを横にかわし、戦車に飛びかかり、戦車を押し倒す。
「これでもくらえぇ!!!」
吉野は両手を振りかざし、倒れた戦車の胴体を叩いた。
ッドオオオオオンン!!!!
それを戦車は後ろに転がりかわし、その回転の勢いで吉野を蹴り飛ばした。
ズウッッバアアアアアアアアンンン!!!!!
なんとか片手でガードしたが、吹っ飛ばされる吉野。
「くっ……。ガードしてこれか……」
たった一撃でこんなに痛いか。
もしかして、今、退場寸前なんじゃないか?
ふらつく吉野めがけて、戦車が飛び蹴りを繰り出す。
スダアアアアアァァァンンン!!!!!!
「!! ゴフアッ!!」
胸を蹴られ、そのまま踏みつけられる吉野。
戦闘ってこんなにキツかったっけ?
息がまともにできない。
こいつ、このまま踏み潰す気だな。
なんとか、戦車の足を掴む吉野。
ズザザザアアアァァァ!!!!
「!!」
「砂だアァ!!二足砂煙戦車!膝から大量の砂を大噴射!吉野どころか、あたり一面砂の海だ!!」
「復帰戦には苦しい相手でしたかね……」
くそっ。顔中の穴に砂が!
戦車の足がどいた。
砂の上へ出ないと!息が!
ッザアアッバアアアアアアァァァァァンン!!!!!
「吉野!這い出た先で二足砂煙戦車が蹴り上げる!!」
「これは完全に相手のペースです」
蹴り上げられ砂の上に落ちる吉野。
戦車は容赦なく、とどめを刺そうと、高く飛び上がり、吉野にかかとを落とした。
ッスウザアアアアアアアアアアアアンンン!!!!
かろうじて転がり交わす吉野。
ズザアアアアアアァァァァァ!!!
戦車は砂を再び放出し、吉野を埋めた。
二度も同じ手にかかるかってんだ。
吉野は顔を伏せて、砂をもろに被るのを防ぎ、パワーグローブ・ブーツを起動した。
おそらく奴は俺が、砂から這い出したところを、もう一度蹴ろうとしている。
なら、奴の足元をすくえれば、逆転のチャンスはある。
さっきは待ち伏せされていた。奴は俺の動きを把握している。つまり、常に俺の真上に奴の足があるはず。
スバアアアァァァン!!
砂から飛び出した吉野の予想は当たった。
吉野は戦車の片足を勢いのまま掴んで、持ち上げ、戦車をこかすと、その上に乗り、掴んだままの足をぶら下がるようにへし折り、戦車の胴体を連打した。
ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!ブウギャアアンン!!!
「さっさとくたばれ!!!」
バウギャアアアンン!!!!
戦車の胴体を破り、明らかな致命傷を負わせた吉野。
しかし、ブザーはならない。
「まだ動く気か。こいつ!?」
吉野がとどめを刺そうと、グローブを起動しなおして、拳を振りかざす。
ッズガドオオオオオオオオオオオオォォォォォンン!!!!!!!!
戦車の胴体は砂を撒き散らして大爆発した。
吉野は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられ、落ちたのは砂の上だったが、立ち上げれなくなるほど、強く体を打った。
「これは凄まじい爆発!!!形勢逆転か!?」
「ピーナッツにおいて、自爆というのは、複数味方がいるレベル4・5の戦闘の戦士側以外では意味がないので、戦車はここから戦える何かを持っているはずです」
「ということはやはり、吉野には厳しい状況ですかね」
「そうですね。ただ、戦車はレベル3なので、吉野が動けるのであればまだ、勝機はあると思います。」
「吉野!お前は今、戦えるのか!?謹慎、闘病を経て、お前は今、勝てるのか!?」
吉野は壁にもたれ座るように倒れていた。
クソッ。体が動かない。
また。負けるのか……?
いつだって頑張っているんだ、でも、それを軽々と跳ね除けるくらい厳しいこの世界。
俺はまた、負けるのか……?
誰も覚えちゃいないが、俺はロロと戦った。
真空波はきかず、滅多打ちにされて負けた。
所詮、俺は咬ませ犬だ。
輝かしい栄光とは無縁の戦士。
いくつもの大敗が、今ここで、一瞬でもいいから、報われたらいいなと、負けそうになるといつも思う。
「優樹さん!!目を開けて、左手を前に!!」
俺はとっさにその声のいうとおりにした。
ザスウゥ!
10センチほどの小人のような機械がナイフで、吉野の左手を貫いた。
「そいつを掴んで、壁に叩きつけてください」
吉野は小人を右手で握りしめ、残る力の限り、壁へ叩きつけた。
ブザーが鳴った。
「吉野優樹!!復帰戦、見事勝利!!危ない場面がいくつもありましたが、やってくれましたね」
「なかなかの名勝負でしたね」
「闘志のこもった戦いでした。さて、明日の戦闘は島ノ江戦闘所所属、歌手、タレント、俳優、幅広く活躍する彼の原点回帰!柴 蓮太!対するはレベル2!人類最強の男!ミドルフ!!さあ、帰って来たスターはこの怪物とどう戦うのか!?」
「お疲れ様。最後、荵ちゃんが勝手に指示出しちゃってごめんね」
「いえ、助かりました。で、その荵ちゃんは?」
「戦闘終了と同時ぐらいで帰ったよ」




