第十五話 頑に戦う。
試験用の敵として、新人の戦士たちに負ける日々。
辛くとも僕らには言葉がなかった。
僕は連携がうまくできれば勝てると思い、言葉を覚えることにした。
システムを可能な範囲で動き、知識と言葉を得た。
その時、初めて自分の名前と、いつも共に戦う彼女の名前を知った。
少しずつだけど、簡易の空間を作り出すくらいのことはできるようになっていた僕は、そこで彼女に言葉を教え、強くなるために戦いの訓練をした。
「君はララ。僕はロロ」
彼女は首をかしげた。
「ら。ら。?」
「そう、ララ」
「ろ。ろ。?」
「うん、ロロ」
ララは言葉を覚えるのが苦手だった。
「じゃあ、いくよ」
僕は彼女に拳を突き出す。
彼女はそれを受け、剣を振るい返す。
僕はその剣をよけ、彼女を蹴る。
けれど、それも受けられ、そのまま、関節技を決められる。
「痛い痛い。まいった」
ララは僕より強かった。
日に日にララは言葉を覚え、僕はシステムを制御していき、お互いに戦闘技術は上がっていった。
けれど、僕はララの強さには追いつけなかった。
「ロロ。これ」
それを気遣ってか、ララは自分の剣を僕にくれた。
「これで互角になれるかな?」
「うん」
その頃にはもう、勝つことなんてどうでもよくなっていた。
システムを操り、自分たちに特殊能力をつけてみたり。
高みを目指すために技の研究をしたり。
戦闘ではない、勝負のないその攻防が好きだった。
戦士との戦いは嫌いだった。
「私。戦い。嫌」
ララも僕と同じようだった。
だから、二人でどうすれば、この戦いが終わるのかを考えた。
そして、出した答えが、戦士を全員殺すことだった。
いつだって戦いを挑んでくるのは戦士の方だった。
だから、根元を断てば、きっと僕らは平穏に暮らせるだろうと。
「諦めないから……」
「ロロォォォーーーー!!!!!嫌だ!嫌だよぉぉーーー!!!私を一人にしないでよぉぉぉぉぉーーーー!!!!」
「……許さない……」
「頑さん!今!!!」
「トドメだ。食らえ、私の……サンダーパンチ……」
全てのことが計算外だった。
もう一度、あの日に戻れるのなら。今度は油断なんてしない。
もう一度、彼女に会えるのならなんだってする。
「……ララ……」
戦場ではいつも前を見ていた。
後ろ、足元には敵味方の亡骸が山のようにあったからだ。
死んでいった仲間、全員の名前を覚えている。
殺した敵、全員の顔を覚えている。
殺し合いなんか、好きな人間はいない。
死んだらそれで、全部終わってしまうから。
レベルβ1は、バグやハッキングなどで乱入してきた挑戦者に適用され、戦士やマスターの制限は例外的に全て無効化される。
つまり、レベルβ1を相手にしたら、倒すことが最優先になり、本当になんでもありになる。
死んだ頑を激痛が襲った。
!!!
身体中が痺れ、叫ばずにはいられない。
「ッッアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「頑 願子の体を復元。もう少し粘ってくれないと困るよーん」
現在、藤高、駒井の二人掛かりで、ロロの解体作業とシステム制御をおこなっている。
「すみません、ネコさん。電撃が効かないとは。逃げてください」
痛みから解放され、胸を静め、ロロに向き直る。
「もう、そんな選択肢はないよ。荵ちゃん」
「逃げてください。心の傷は一生残ります」
「大丈夫。一回死んでわかった。私は今、アイツと同じ場所に立てている。だから、サポートよろしく」
「…………はい」
思い出した。戦闘はこういうモノだ。
負ければ死ぬ。勝てば生き残れる。
ただそれだけだ。
同じ敵、弱点を知っていた。けどそんなのは雑念。
戦闘には無用。
戦うのは今の私と、今の敵。
「まだ、満足してないだろ。ロロ」
「ええ。もちろん。頑さんはあと何回くらい僕に殺される予定ですか?」
「0回だ」
閃光。
「グローブ・ブーツの補正を最大。ロロの攻撃力を最小にしました」
スパッ
ロロの攻撃はペラい紙一枚で叩かれているほどに弱かった。
ッバアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァンンン!!!!!!バァリバリイイイイィィィィィ!!!!!!
しかし、頑の反撃はロロをすり抜ける。
お互いに攻撃手段を失ったのだ。
「ロロのプログラム、解体率50%。さッ、折り返しだぜえぇー」
「だとさ。時間の問題っぽいよ、お前が負けるのは」
頑はロロの攻撃を気にせず、拳や蹴りを浴びせる。
「……。勝てない戦いは慣れてます」
ロロも頑の攻撃を気にせず、責め続けている。
「!? ネコさん!気をつけて下さい。攻撃力を入れ替えられました」
ロロは剣を振るった。
ザアアバアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァンン!!!!!!!
頑はとっさに腕を上げ、ガードしたが、壁際まで吹き飛ばされた。
「グウ。ハアハア。……補正がなかったら死んでたな」
腕でガードするんじゃなかった。両腕が取れそうなほど痛え。
頑は立ち上がり、ロロを見た。
閃光、ロロは頑を剣で、壁に押し付けた。
「グフッウ」
やべえ。胴体の骨がきしむ。
息ができない。
「頑さん。僕、なんだか、虚しくなってきました。もう、やめません?」
ロロは剣を引き、頑を解いた。
まだ苦しいが、理解が追いつかない。
「どういうことだ?」
ロロが剣を抱きしめると、剣はロロの体に溶けていった。
「駒井さん、仮想空間が隔離されました。場所はわかるんですが、情報が全て遮断されています」
駒井は藤高のモニターを覗き込んだ。
「ありゃ〜、真っ暗。音もないの?」
「はい。どうしましょう?」
「へっへっへっ。私をなめないで。こんなのカゴの中の鳥よ。ロロ特攻のウイルスを秒で作って、周囲に蔓延させてやんよ」
「なるほど、駒井さんを呼んでよかったです」
「でしょでしょ」
ロロは笑った。
「えへへ。たった今、仮想空間を隔離、固定しました」
「!? ララがやったやつか」
「はい。でも、ララは普段あんなことはできないので、感情の爆発によるバグにちかいものです。ですが、これはちょっと違います」
おかしい、さっきまで痛かった腕がなんともない。
「全てを無効化して、僕にも解除できない鍵をかけました。もう、マスターさんの声も聞こえないでしょうし、僕も頑さんの攻撃が当たってしまいます」
「何が目的だ」
「僕の最後の策です。勝てばララの仇を打てる。負ければようやく戦いから解放される。勝負はどちらでもいいのです。どうせ、戦闘が終われば、僕は消されるのだから」
「なら、さっさと負けてくれ」
「……えへへ。嫌です。やりたいことがあるので、協力してください。……っと言っても、頑さんはもう断れない場所にいますが」
「やりたいこと?」
「最後に勝負のない戦いがしたかったんです。勝っても負けてもどっちでもいいなら、ないのと同じですよね。なるべく、お互い、平等になるように。グローブ・ブーツの機能も補正も、システム制御による強化や攻撃無効化も、何もない。この状況で頑さんと戦いたい」
「自分の身一つという訳か。望むところだ」
「ありがとうございます。今までララと磨いてきた僕自身の力、それだけで頑さんと戦えるのは光栄で嬉しいです」
こうして、頑とロロの知られざる最後の戦いが始まった。
ロロの右ストレートに頑は右ハイキックを合わせるが、そのカウンターをロロは左腕で受け止める。
「どういう心変わりだ。さっきまで、復讐に躍起なっていたのに」
頑はそのまま右足をロロに掴まれ、投げられる。
ドズサアッ!
「頑さんを殺して気がついたんです。ララにはもう会えないのに、何をしてるんだろう?って」
頑は受け身をとり、すぐ起き上がると、右拳を振りかざざすフェイントから、左手の裏拳をロロの顔にお見舞いしたが、ロロは左腕でガードし、右ストレートの入れようとするが。
頑の目にも留まらぬ、右後ろ回し蹴りがロロの脇腹に決まる。
「ウグッ。それに、頑さん。生き返ってきちゃったから、意味もないみたいですし」
「なるほどな」
ロロは踏み込み、頑の顎を右肘で打った。
同時に、頑はロロのみぞおちに膝をいれたが、ロロは耐え、肘を引きながら右手の裏拳で頑の顔を追い打ちした。
が、頑はその裏拳を右手で受け止め、ロロの右腕を掴んだまま、引き寄せ左拳を、ロロの顔にガードの上から叩き込んだ。
「グゥ。全部、わかってたんですよ」
「?」
ロロは勢い良く、左ハイキックを繰り出すが、頑は両腕で受け、次にロロの右ストレートが来れば、一本背負いを綺麗に決める。
ドサン!
「グワッ。ハアハア。前の戦いで桐原さんと頑さんのグローブを強化した時、あのマスターさん、わざと僕にそのことを聞かせたんですよ。僕の油断を誘うために、あの時の桐原さんは強力でした。僕は約束があったので、桐原さんにトドメが刺せなかった。けれど、ほっとくには強化されすぎていた。だから、瀕死にして動けないようにしたつもりだったんです」
頑はロロに手を差し伸べ、起き上がらせる。
「でも、桐原さんはトドメを刺すまで動くほど、優れた戦士だった。強化のことさえ知らなければ、瀕死にもせず、ララと二人でさばきながら、河合さんの奇襲も剣で受けて、頑さん、桐原さんの順で倒せたのに」
構え直し、ロロの右ストレート、それに頑はカウンターで右拳をロロのみぞおちに入れた。
が、それをロロは左腕で受け、突き出した右手を引きながら頑の頭を掴み、頑の顔に膝打ちを決めた。頑はガードしたが、上からでも十分なダメージだった。
「ウッ。マスターはその選択に苦悩していた。理生ちゃんはもう戦えない、それが自分のせいだと」
「そうですか。桐原さんはもう戦えないんですか。その報復で僕をまた罠にはめたんですね。あのマスターさんは」
頑は左右と拳でロロを打つが、ロロはしっかりをガードする。そのガードごと頑は蹴り飛ばす。
ドスアン!
「罠?」
「ずっと、復讐の機会を狙って、システムに侵入しようとしていたんですが、あれ以来、セキュリティーが強固でして、全く侵入できず、乱入できずだったんですけど、今日の新環境導入で、システムが少し不安定になりまして。その隙をついて、乱入したつもりだったんですけど、頑さんがいるということは、読み通りって感じなんでしょうね。システム制御も前回より手強かったですし、準備万端なところにノコノコ出てきちゃったんですね、僕は」
ロロは踏み込んで右ストレートを打ったが、頑は受けもせずかわす、そこから、ロロの左アッパー、頑はそれも体をそらしてかわすと、そのロロの左ひじを掴み持ち上げ、がら空きになった左脇腹に右ミドルキックを決めた。
耐えられずロロは倒れこむ。
「ウガッハァ。ハアハア。マスターさんは策士ですね、僕はなんども騙されている。手のひらで転がされているような。どんな人なんです?マスターさんは」
「そうだなあ。普段はおっとりしてて、のんびり屋な感じだけど、戦闘指南とか戦術をやらせたら、右に出る人はいないと思う。元戦士だから、ロロも戦ったことあるんじゃないか」
「なんという方ですか?」
「藤高 荵」
ロロは頑の手を借り、起き上がる。
「ああ、どおりで」
仕切り直し、ロロは頑に左ハイキックを打つ。
「どうやら、時間がもうないみたいです」
頑は身を引いてかわすと、左ストレートをロロに打つ。
「この仮想空間ごと、消去するつもりみたいです。もう頑さんも離脱できますし、ずっと外にあったウイルスが僕の体を蝕んでいるのがわかります」
ロロも身を引いてかわす。
「次、生まれるなら、人間がいいなあ。できればララと一緒に普通の生活がしてみたいです」
「……」
「あはは、最後に頑さんと戦えてよかった。付き合っていただいてありがとうございました」
ロロは右拳を強く握り振りかざした。
「それじゃあ、頑さん。お元気で」
清々しいような笑顔でロロは、頑に右ストレートを打ったが、拳が頑に届く前にロロは青い煙になり消滅した。
……。
「ロロのプログラムを解体。っていうかウイルスだから破壊?とにかく排除完了。作戦成功。戦闘終了」
「ネコさん、お疲れ様です〜。大丈夫でしたか?」
「……」
ブザーが鳴った。
頑には、戦闘終了後にすぐなるはずの、ブザーがいつもより、遅く感じた。




