第十四話 別れの海
「最後の対戦相手がレベル2って……。どう思います?」
頑は園田に今晩の戦闘内容について不服を申している。
「まあまあ、産休でしょ。別に最後じゃないんだし、ねえ」
「でも、強敵をカッコよく倒して、すっきりした気持ちで産みたいじゃないですか」
「いいじゃない、一応今回の対戦だって、ピーナッツ初の試みなんだよ」
そうだ。今晩の相手はホオジロザメ。
普通なら陸に引き上げて、ビチビチしてるところをボッコボコか、もしくはこっちが水中に入り、ブクブクしてるところをボコッボコにされるか。
そういう問題があり、今まで水生生物との戦闘は実現していなかったが、この度、戦士側をそのままに、対戦相手が水生生物だった場合に限り、状況の差を作ることができるようになったらしい。
今までも、空を飛ぶ挑戦者はいたが、それもレベルに影響するため、泳げなきゃ雑魚でしかない魚類をわざわざ浮かせて、レベルを上げて戦わせても戦士側が圧倒的に有利だったので、挑戦者側の自由化を図る目的もあり、今回の見直しに至ったようで、平たく言えば、ホームとアウェーがなくなったのである。
「なんか実験台にされてるみたいで嫌です」
「まあ、とにかく、せっかく勝率も50%まで来たんだし、10連勝目指して頑張ってよ」
「はああ。河合さんは16連勝してたし、今だって勝率90%越えだし、なんか、出だしの9連敗がここに来てすごく重いです」
「悲観しないで、理生ちゃんの分まで頑張って」
「わかってますよ、そんなの。サメなんて歯が多いだけの魚でしょう。瞬殺ですよ」
「はあ、今日で頑さんは産休ですね」
「そうですね〜」
満島所長と藤高は昼ごはんを食べながら、綾木戦闘所の今後について話していた。
「困りましたねえ。桐原さんも頑さんもいなくなっちゃうと、吉野さんと私だけになっちゃいますよ」
「誰か、新人を入れるしかないですかね〜」
「まあ、そうなんですけど。二人の穴は大きいですよ」
「仕方ないことですよ。それにネコさんは戻ってきますし」
「……そうですね。本部に掛け合って、早めに一人新人を派遣してもらいましょう」
「それがいいです」
そんな話をコンピューターや転送機に囲まれた中していると、一人の女性が入ってきた。
「おや、ご飯中かいッ」
「駒井さん!?」
やってきたのは駒井 絢メ(こまい あやめ)37歳。
綾木戦闘所の元マスターである。
「どうしてここに?」
「フフフッ。荵ちゃんの案が本部のお偉いさんたちの首を縦に振らせたのさ。だから、私が派遣された」
所長はまだ、話をのみこめていない。
「一体、何をするつもりですか」
「荵ちゃん、薫くんに説明してあげて」
「はい。満島さん。今、ピーナッツの一番の問題があるじゃないですか」
「……!あれですか」
「そうです。ネコさんは産休。チャンスは今日しかありません。駒井さんは援軍です」
「クククククッ。激闘の予感ッ。ゾクゾクするねえ」
「さあ!今夜もやってまいりました!真っ白な空間にあるのは、相手への闘志だけ!最後に立っていられるのは、強者だけ!!白熱!激熱!の異種格闘技!ピーナッツ!!」
先日の河合との戦闘後、頑の妊娠は公表され、産休でしばらく戦闘に出ないことが世間に広まった。
祝福と惜しむ声が多かったのは、頑自身は意外で、9連敗していた頃とはもう違うのだと実感した。
「実況は私、清水 武雄と、解説は古長 進一さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さて、本日は先日妊娠を発表した綾木戦闘所所属 頑 願子!産休前、最後の戦いです。さあ!そんな元軍人に挑むのはレベル2!ホオジロザメ!42歳男性 建築業の方の挑戦です。なお、今回は水生生物なので、挑戦者と戦士、双方が不利にならないよう、戦士の環境はそのまま、挑戦者のみ水中と同じ条件での戦闘になります」
別環境同時の対戦はピーナッツ初の試みである。
「さあ、ホオジロザメは言わずと知れたオーシャンズホラーの代表ですが、どうでしょうか」
「そうですね。レベル2なので、ナイフでの攻撃はなかなか難しそうですが、銃がありますから、ホオジロザメの機動力によってはかなり頑が有利なんじゃないでしょうか」
「なるほど。どんな戦いを見せてくれるのか楽しみです」
深く息を吸う。
この戦闘が終われば2年間は戦えない。
深く息を吐く。
私は今気づいた。
結構、自分は戦うことが好きなのだと。
戦場にいた頃は、常に死がよぎり、隣り合わせだった。
それに楽しさを覚えるのはキチガイだ。けれど、ここはそんなのない。
理生ちゃんだって、復帰は難しそうだけど元気でやってる。
死のない戦場だからこそ、戦いの本質に触れられる。
自分と相手を把握し、弱点を探し、駆け引きをし、容赦なく相手を倒す。現実じゃないからできること。
そういう意味では河合さんは戦いそのもの。
そこに、理生ちゃんのような闘志が宿れば、きっとそれが一番の戦士なんだろう。
「いいですか〜。ネコさん」
「うん。大丈夫」
「ではいきますよ〜」
拳銃とナイフを構える。
前方に大型のサメが召喚された。
「両者!向かい合い突撃!!しかし、ホオジロザメ!速い!!大きな口を広げ、頑に食らいつく!!」
頑は身を翻しかわすと、すぐさま、銃を構え、ためらいなく引き金を引いた。
パアアアァァァァン!!!
「危なかったですね。一口でも噛まれればひとたまりもないですからね」
命中したが、サメは少しひるんだだけで、頑に向きを変え、再び突撃してきた。
「やっぱり、一発じゃダメか。ナイフと残り6発の銃弾で倒せるものなのか?」
また来たか。
サメは頑に噛み付く瞬間、頭を振って、広い範囲を狙うが、頑はまた、さらりとかわした。
頑はため息をついた。
もう、終わりか。
もう一度、サメは突撃してくる。
頑はナイフを構えた。
サメは同じ攻撃を仕掛けてきた。
頑は呆れたようにかわすと、サメの目にナイフを突き立てた。
サメは暴れまわったが、頑はなんとかナイフを頼りにサメに張り付いた。そして、
パアアアァァァァン!!!パアアアァァァァン!!!パアアアァァァァン!!!パアアアァァァァン!!!パアアアァァァァン!!!パアアアァァァァン!!!
サメの頭に至近距離で銃を6連射。
サメは倒れた。
ブザーが鳴った。
「頑 頑子!!ホオジロザメを圧倒。もはや母となる前に困難などないか!!」
「それにしてもスムーズでしたね」
「では、明日の戦闘は奈良戦闘所所属、狂気の力押し!ピーナッツ一の特攻隊長!羽多野 俊哉!対するはレベル2!氷結爆弾!脳筋か!?凍える爆発か!?」
戦闘も中継も終わったが、頑の戦いは終わっていなかった。
「レベルβ1乱入。只今より、わあし、藤高荵の指揮のもとに、ロロ解体作戦を開始します」
「えっ?」
「電撃パワーグローブ・電撃パワーブーツを支給しました」
頑はグローブ・ブーツを装備した。
「う、うん」
目の前に少年が現れる。見覚えしかないけれど、どこか、表情は大人びているような。
「久しぶりですね。頑さん」
ロロはゆっくりと自分の剣を召喚しながら話す。
「死に際に作ったバックアップのデータからなんとか復元して、あの戦闘の記録を見て驚きました」
真っ白だった仮想空間は、暗雲のように染まり、気温が急激に下がった。
「頑さんがララを……。フフフ。悲しいですね。大切な人がいなくなってしまうのは。でも、僕はいま、不思議なことに少し嬉しくもあるんです。だって、ようやく敵討ちができるんですから」
ロロは閃光のように間合いを詰めると、頑のガードの上から剣を振りかざし吹き飛ばした。
ザアアッバアアアアアアアァァァァァンンン!!!!!
「ゴッフッ。……やべ……。最高」
頑はなんとか受け身をとり、立ち上がった。
いいね。こういうラストが良かったんだよ。
サメ?バカじゃねえの?
目の前にいるのは歯が多いだけの魚じゃなく、レベル5超えの化け物。
最高だ。本気の戦いができる。
「ララもいないし、もう、最初の目的なんかどうでもいいんです。僕は頑さん。あなただけ殺せればいい」
ロロの閃光。
頑はとっさに後ろへ跳んだ。しかし、ロロは追いかけ、すぐに壁際へ追い込まれた。
壁を背にする頑の顔めがけてロロは剣を突き出す。
ロロの太刀は決して速くなかったが、音のないその攻撃は強力の極みだった。
紙一重で頑はかわしたが、太刀の先を見てみれば、壁に突き刺さっていた。
剣を抜こうと壁に足をかけるロロから、距離を取り、頑は考えた。
確か、仮想空間の壁、床、天井は何があっても壊せないんじゃなかったか。
ララが怒り狂い、理生ちゃんを叩きつけていたときだって、ヒビ一つ入っていなかったっていうのに。
「荵ちゃん、こいつヤバそう。援軍とかまだ?」
「もうすでに、空間制御をロロに奪われています。その仮想空間は出ることも、入ることもできません」
「マジか」
「すみません、解体を最優先に進めているので。耐えてください」
「壁、壊されてるけど」
「ロロの攻撃力が倍々で上がり続けて上限突破しているので、ロロの攻撃を絶対に受けないでください。」
無茶苦茶いう。
相当、この仮想空間は寒い。だが、そんなの今はどうでもいい。
逃げるだけじゃやられる。
「荵ちゃん。ロロの耐久力的なのはどんななの?」
「以前と変わりません。今、グローブ・ブーツの攻撃力を上限まであげたので、一撃当てれば倒せると思います」
……?
ぬるくないか?
どんな猛攻にも隙はある。そこを突けば終わり。
ロロはこちらを見つめ棒立ち。
「私を殺すんじゃなかったのか?」
ロロは笑った。
「もちろんです。でも、普通に殺したんじゃスッキリしないかなと思いまして」
「気にするな。そう簡単には死なない」
閃光だ。来る。
案の定、ロロは頑をぶっ叩こうと剣を水平に振り切った。
頑は身を仰け反りよけ、そのまま後ろに倒れるようにロロを蹴り上げた。
ッバッゾアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァンンンンン!!!!!!!!
稲光はロロを突き抜けたが、頑の蹴りはロロをすり抜けていた。
「何!?」
ロロは踏み込み、倒れざまの頑の顔を掴むと、床に叩きつけた。
ズバアァッッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンン!!!!!!
頑の上半身は爆散し、血が飛び散る床には壮絶な亀裂が入った。
「僕が電撃を克服しないで再戦すると思いました?」




