第十二話 最/強
「えっ、本当に!?」
「うん。本当に」
私は家でそいつに、今までの人生でトップクラスの告白をした。
そいつは私のことを抱きしめた。
「……そっか。じゃあ、名前、考えとかないとね」
頑はいつもどおり順応訓練で出勤していた。
「荵ちゃん。私、妊娠したみたいなんだけどさ」
「おお〜。おめでとうございます〜」
訓練を終え、一息、コーヒーをすすりながらマスターと話している。
「別に、本当に体を動かす訳じゃないし、産休とかあんまりないよね」
「いや、ありますよ〜。というか、最短でも2年は休んでもらいますよ〜」
「えっ。強制!?」
「もちろんです。戦闘のストレスが胎児に影響を及ぼさないとは言い切れませんから〜、それと授乳中もダメです。なので〜、妊娠からお子さんの離乳までネコさんはお休みで〜す」
「ま、まじ……?」
「まじです。ただ、戦闘のスケジュールを急に変えるのも難しいので、ちょっと調整するので、待っててくださいね。ああ、安心してください、ピーナッツは女性戦士も多いので産休の支援はしっかりしてます。急激に収入が変わったりはしませんよ」
「そうなんだ」
「そんなこんなで、あと2戦で私も長期休暇なんだー」
桐原とは引退前からよく日を合わせ、食事に行っている頑。
「そうなんですか。じゃあ、復帰戦は一緒に出れるといいですね」
「ねー」
桐原は現在、恐怖心を克服するため、病院へ通っている。
「病院の方はどうなの?」
「順調といいたいところなんですが。……私の恐怖心っていうのは、他の患者さんと違うようで、即死に直結するような危機的状況で感じるごく人間の本能的部分みたいです。思い込みとかなら、カウンセリングで良くなってくみたいなんですけど、私のは潜在意識に刷り込まれてしまったようで簡単には治らないみたいです」
「そっか……」
「気負わないでくださいよ、ネコさん。誰が悪いわけでもないですよ。それに妊婦さんなんですから、もっと幸せそうな顔してくださいよ」
「うん」
桐原はカフェオレを飲み干した。
「見ましたよ。この前の戦闘」
「ああ、どうだった?」
「いやあ、燃えましたね。あ、その、物理的な意味じゃなくて、戦闘の展開としてですよ」
「物理的にも燃えたよ。まじ、熱かった。バーナーで炙られる系の料理の気持ちがわかったよ」
「ふふふ、でも、かっこよかったですよ」
「そう?」
「はい」
「よーし、じゃあ、あと2戦もがんばろー!」
「でも、無理はしないでくださいよ」
「大丈夫、大丈夫」
「さあ!やってきましたよ!高鳴る鼓動!燃え上がる闘志!熾烈を極める戦闘!世界最大の異種格闘技!ピーナッツ!!」
妊婦の激闘が始まる。
「今夜は特別戦闘の2連戦です。実況は私、清水 武雄、解説は先日引退を発表した桐原 理生さんです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
桐原は引退後に靴屋の傍、こうして解説として呼ばていた。
「本日は挑戦者VS挑戦者、戦士VS戦士、という珍しい組み合わせとなっております。さて、第一戦闘、挑戦者の登場です。1年半前の大惨劇!成す術なく全滅した戦士たち!さあ、今夜!蘇る悪夢!レベル5!!毒人間!!」
仮想空間に一人の男が召喚される。
黒々とした淀んだ空気が仮想空間を包む。
「対するは、あらゆるものを切り裂き、現在45連勝中!かつて、これほどまで人気だった挑戦者がいただろうか!?最もレベル5に近いレベル4!!能力者 エモナ!!」
仮想空間に一人の女が召喚される。
赤い髪をなびかせ、青い瞳が敵を冷たく捉える。
「さあ、この対戦カード、桐原さんいかがでしょう?」
「そうですね……。やっぱり、レベルが違うので、相性もありますが、毒人間に分があるように思います」
「なるほど、確かに、レベルが違うのは大きいですね」
戦闘が開始された。
毒人間は濃い紫の、いかにも危険な霧をエモナに浴びせた。
しかし、エモナが剣を一振りすれば、霧は真っ二つに割れ、エモナには触れず側方をすり抜けた。
「霧を切ったああぁ!!あらゆるものを切る剣!固体だろうと気体だろうと御構い無しだああ!!」
「やっぱり、レベル4とはいえ45連勝してるだけはありますね」
毒人間は次に毒の雨を降らせた、がそれもエモナが剣を真上に振れば切り裂かれ、エモナを避けるように毒の雨は降りおちた。
観戦中なのは園田と吉野。
「こりゃあ、強いですね」
「あの、毒人間の攻撃をもろともしてない」
「なんか、物、というより、その場所ごと切ってる感じですよね」
「ねー」
エモナはゆっくりと、毒人間の方へ歩く。
毒人間は待ち受けている。
「エモナ!近づき毒人間めがけ、剣を振り下ろす!!錆びたああああ!!!エモナの剣が粉々に崩れる!!すかさず、毒人間の霧が無防備なエモナを襲う!!」
「えっ!すごいバックステップ……」
「猛スピードで距離を取り、剣を召喚し、霧を再び真っ二つにするエモナ!今のは危なかったですね」
「そうですね。でも、あの運動能力と反射神経、レベル4とは思えないですね」
「レベル5と互角のレベル4。しかし、毒人間の恐ろしいのは今のですよね」
「はい、近づく物体は錆びてなくなっちゃうんですよね。平行線な戦いですかね」
「近づき仕留めたい毒人間と、遠距離から状況の打開策を探すエモナ、といった形」
こう着状態で、どちらも有利とも不利とも言い難い戦闘だった。
だがエモナは毒人間へと再び歩き始めた。
「エモナ!歩き出すが、先にあるのはその剣を砕く毒だ!!」
毒人間の攻撃は霧か雨、どちらも猛毒で人が触れれば一撃アウトなやばい毒素の物で、さらに、毒人間の周りの空気には異常な錆びを発生させるガスが混ざっている。さっきも、エモナの剣に切られる前にその剣を粉砕した。
攻守ともに死角がないかのような毒人間にはもう一つ能力があり、それは自分が発生させた霧や雨による、完全な自己再生だった。
たとえ、エモナに切りつけられても、霧と雨を使えば、毒人間は復活できるのである。
しかし、毒人間にはそれができないような気がしていた。
エモナの実力はたしかで、さっきの完全に捉えきっていたはずの霧を避けられ、毒人間にはもう、攻撃の手段がないかのように思えていた。
何より、正面からまっすぐに近寄ってくる、その女の意味不明な笑みが怖かった。
「ものすごいプレッシャーだああ!!!エモナ!ゆっくりと毒人間の間合いに入っていく!!」
ふと、毒人間は後ずさりした。
その瞬間、毒人間の中にあった、自らが最強という核が崩れ、その何倍も大きな恐怖が心を支配した。
エモナの能力は二つ、あらゆる物を切り裂く剣を召喚する能力、もう一つは恐怖させる能力。
たった一つの心の隙間、不安や疑問などを恐怖に変え、心を埋め尽くす能力。
恐怖感情の限界では、ほとんどの動物が攻撃的になり、防衛本能が働く、しかし、エモナの恐怖は限界を超える。
どんな状況でも体験することのない恐怖。
体は言うことを聞かなくなる。
その怖さから目が離せなくなる。
気がつけば。
ーーーーーーッ!!!
鋭い刃筋が、恐怖に臆した毒人間を襲っていた。
「無防備な毒人間を切り裂いたああ!!!」
ブザーが鳴った。
あっけなく、薄味な幕引き。
いつか、綾木戦闘所と激闘を繰り広げるピーナッツ史上最強の挑戦者が、挑戦者の連勝記録を35年ぶりに更新した戦闘だった。




