第十話 若き天才のレクイエム
ララとロロとの激闘から数週間がたった。
ピーナッツは今回の一件でルール改正に至り、システムやその他仮想空間外の攻撃をしてくるモノのレベルをβ1とし、β1の戦闘の場合のみ戦士のステータスを仮想空間の上限値まで強化することが可能。戦士の自己離脱がマスターへの申請で可能。戦闘中に相手のプログラム解体が可能。半年に一度だったマスターへの講習が、二ヶ月に一度になり異例の事態への対処能力の強化など、他12項目が見直された。
そんなことはつゆしらず、世間は桐原人気が爆発し、戦闘の勝敗を論する声がたくさんあった。
ロロが倒れた時点で中継は止まり、結果を知るものがほとんどいなかったからである。
頑とララの戦いの映像はかろうじて残っていたが、あまりにショッキングな映像だったため、ピーナッツ本部は公開を見合わせていた。
その後、頑と河合は調子そのまま、それぞれ二勝を加え、連勝を継続していたが、桐原は不調だった。
もともと、そこまで勝率が高かった訳ではなかったが、ロロを倒したことで全世界から注目され、敗北が目立つようになってしまっていた。
「まだ、……負ける訳には」
真っ白な空間の真ん中、桐原に立ちはだかる赤鬼。
赤鬼は巨大な金棒を振り上げた。
「今だ!!」
隙をみて踏み込んだ桐原。
(……許さない……)
ララの顔がフラッシュバックする。
「!!」
ッドオオオン!!!。
ブザーが鳴った。
「桐原!立ちすくんでしまったか!?赤鬼の勝利ィ!!」
「最近目に見えて調子が悪いですね。何かあったんでしょうか」
「荵ちゃん。どう?」
そんな桐原と藤高が話す。
「全然ですよ〜。ルールが改正されたので、次乱入されてもこの前ほど苦戦はしないと思いますが……」
「プログラムデータがないなんて、不吉だね」
ララのプログラムは戦闘終了後に藤高が解体したが、ロロのデータがないのだった。
「理生さん。そんなことより話がありますよね〜?」
「えっ、なんのこと?」
「強がりはやめたほうがいいですよ。辛いなら戦士を辞めるのも選択肢ですよ〜」
桐原は下を向いた。
「いつから気付いてたの?」
「ララとロロとの戦いの次の戦いから」
「……」
「明らかに理生さんの戦い方じゃない」
「だって……怖いんだもん」
最後まで諦めない桐原 理生は最近、相手に臆することが多かった。
「相手と対峙すると、思い出すの。ララの恐ろしい目を、死んでるのに殴られ続ける恐怖を」
藤高は深いため息をつき、桐原を抱きしめた。
「わあしの責任です。理生さんには話します。わあしが戦士を辞めた理由を」
「荵ちゃんが辞めた理由?」
桐原と吉野が戦士になったのと同じ時期に藤高は、この綾木戦闘所のマスターとしてやってきた。その前になにがあったのかは、満島所長以外誰も知らなかった。
「はい。三年前。ある戦闘がきっかけです」
「みなさん、こんばんは!始まりますよ!空前絶後の激闘!ピーナッツ!!」
その頃はまだ、綾木さんや、紫道さんが現役だった。
「実況は平塚 次郎、解説は近藤 美智子さんでお送りします。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さあ、本日は打倒!藤高 荵週間の最終日。これまでレベル4の敵を一人で倒し続け七日目!さあ、そんな無敗を誇る若き天才、最終日に対するは、レベル4!能力者メバ!」
300連勝を超えていた、私には特別マッチが組まれていた、それが打倒!藤高 荵週間。
内容はレベル4の敵のみ、一対一で七日間、現在ならありえない内容だった。
「能力としましては、分裂、攻撃に順応などだそうです。いかがでしょう?」
「その攻撃に順応というのが、どこまで順応できるか。ってとこですね。相手は荵ちゃんですから」
「鉄製の槍をください」
「はいッ。じゃあ、頑張ってね」
「はい」
この頃のマスターの駒井さん。
私の前に槍が召喚される。
パワーグローブ・ブーツは装備済みで、槍は鉄製だが軽々扱えた。
「準備はいい?」
「大丈夫です」
「それでは戦闘開始」
私の前には一人の子供が立っていた。
6歳くらいの少年は、頭から二つに割れ、分裂した。
二人、四人、八人と増え、私に構えた。
8人が最大、もしくはそれ以上だと不利になる何かがあるのか。
「……」
私は何も言わず、鉄の槍を真ん中でへし折り、二つにした。短くなった槍とその柄を両手に持った。
八人は一斉に私に飛びかかる。
まず、私は瞬時に、前方二人を全力で両手の槍で叩き落とし、倒す。
背後の残り六人の攻撃。殺気がダダ漏れだ。どこを狙っているか丸分かりだ。
振り向きざまに受け、かわし、去なす。
子供達の攻撃は人間の力は軽く超えていて、パワーグローブ・ブーツと引けを取らないほどだった。けれど、耐久力があるわけではなく、最初に叩き落とした二人は起き上がってくることはなかった。
六人の少年の猛攻、私が凌ぎ続けていると、二人が距離をとった。残り四人は継続して私を攻める。
分裂するつもりだとすぐわかった。
だから私は四人の攻撃をかわしながら、槍と柄をその二人に思い切り投げた。
槍と柄は猛スピードで飛んでいき、二人の喉に刺さり、息の根を止めた。
次に残った四人のうち二人の顎に同時にハイキックと裏拳をきめると、二人はフラつく。
もう二人は私めがけて飛び蹴りを前後からはなってきた。前方からの蹴りは腕を絡めて掴み、背後の蹴りは姿勢を低く交わし、頭上をすり抜ける瞬間にその足を掴んだ。
腕を絡めた足には膝蹴りを入れ、転かすように投げる。掴んだ足は引き寄せて、思いっきり膝横を殴り、また投げる。二人の足の骨を折った。
フラついていたもう二人は意識を取り戻し、状況を知ると逃げていく、私はそれを追いかけた。
パワーブーツを履いていた私から逃げれるわけもなく、私は順に二人の頭を両手で掴んで、確実に首の骨を折るように、半回転させた。
足を折られ身動きのとれない、残された二人は、なんとか分裂しようとして、頭から割れ始めていたが、そこに私はカカトを落として、一人の頭を潰した。
「これは!!圧倒的だ。もはや藤高を倒せるものなどいないのか!!」
「攻撃に順応される前に圧倒して追い詰めるなんて、相手の手の内が最初からわかりきっているかのような動きね」
「!! 挑戦者メバ!!泣き出した!!これはどういう?」
「同情を誘う作戦か、モデルが子供なので、ただ、怖くて泣いている可能性も」
「これは戦いづらい!!」
足元で這いつくばって泣きじゃくるその子ども。最後の一人だ。
その頭を私は蹴り飛ばした。
ブザーが鳴った。
泣いたことや見た目が子供だったことや、あまりに圧倒した戦闘だったことで、クレーム、批判が殺到した。
元々、一部では戦い方がつまらないだの、見ていて不愉快だの、少々批判を受けていたが、メバの一件でそういったアンチが煽り立て、天才少女は一転、批判の嵐を受け、ピーナッツ1の嫌われ者に。
壮絶な批判で、藤高は心を病んでしまった。
その後、ピーナッツのルール改正でいかなるレベルでも挑戦者は戦士に対し、同情を誘うような行為は禁止。また、そのような容姿も禁止となった。
「ひどかったですよ〜。家まで嫌がらせがきましたし。友達も9割5分いなくなりました」
「……そのあとはどうしたの?」
「綾木さんが一緒に引退しようって言ってくれて引退しました〜。人間恐怖症になっていたわあしは病院に通いながら、マスターの勉強をして、試験に合格して2年前、晴れてマスターとして弱体化を辿る、この綾木戦闘所に舞い戻ったのです〜」
きつい内容の話をまるで他人事のように語る藤高。
「……」
「桐原さん。無理をするのは良くないです。戦えないほど怖いなら、トラウマになる前に辞めたほうがいいですよ」
「……うん」
こうして、ピーナッツ史に残る決戦を制した桐原 理生は英雄的な人気のまま、戦士を引退した。