山崎
本能寺の変から数日が経った頃にようやく秀吉のもとに知らせが届いた。これを知った秀吉はすぐさま明智討伐を決意した。しかし、一つ問題があった、毛利家である。そこで、秀吉の軍師黒田官兵衛は『中国大返し』を進言した。秀吉はこれに賛成し、すぐに備中高松城を水没させ城主清水宗治の切腹と引き換えに和睦をした。
「皆の者、我々は今から京へ参る。ついて参れ」
「ははーっ」
秀吉が焦るのには訳があった。自分が明智討伐軍の総大将にならなければ、自分の権威を高められないと思っていたのだ。
「官兵衛、上様が討たれた事は他言無用ぞ」
「はっ、しかしながら我々だけの軍勢で勝てるのでございましょうか。」
「案ずるな官兵衛、儂が動けば他の者も動くであろう」
「そうでございましょうか…」
「そうじゃ、わしを信じよ官兵衛」
「… わかり申した。ただし、危うい事だけは絶対におやめくだされ」
「わかっておるわ。官兵衛。では、皆の者いざ行かん!」
「おおー」
数日が経ち、明智陣営に羽柴軍が怒涛の勢いで進軍していることが入ってきた。そこで、見渡しの良い大阪から京にまたがっている山崎に陣を張った。
兵の数は羽柴勢が40000明智勢が16000明らかに明智勢は劣勢だった。羽柴勢は明智勢が思っているより早く到達してしまった。明智勢は次第に士気が下がっていき、兵の脱走が増えたために、明智勢は撤退を余儀なくされた。
総大将の明智光秀は逃げた先の山の中で、落武者狩りに致命傷を負わされ、そのまま討ち取られてしまった。これにて、『山崎の戦い』は羽柴秀吉の勝利に終わった。
「大将の明智は逃げたぞ。これは我々の勝利だ勝ち鬨を上げよ」
「おーっ」
「殿、やりましたな」
「ああ、そなたのおかげじゃ官兵衛、礼を言うぞ。」
「はっ、ありがたき幸せ」
この『山崎の戦い』の勝利により、秀吉の思惑通り彼の権威は最高潮に達しようとしていた。




