信長
「利休を切腹させろ」
そう言って怒鳴っているのは、かの天下人太閤豊臣秀吉である。太閤と利休の出会いは信長家臣時代まで遡る。利休は切腹させられるまで秀吉の茶頭を務めていたのだが、利休のある行動をきっかけに二人の関係は修復不可能な程の溝ができてしまった。この物語はそんな利休が無念の死を遂げるまでの話である。
「おい宗易、茶を一服儂の為に点てよ」
「ははっ、しかし上様今しばらくお待ちくだされ」
「何故だ?」
「釜の湯がまだ沸いておりませぬゆえ」
「うむ、どのくらい待てば良いか」
「もうしばらくで沸きます故、懐石でもお召し上がりくだされ」
「うむ、長く儂を待たせたら承知せぬぞ、よいな?」
「ははっ」
「本日の正客は我が弟有楽が務める故、よしなに頼むぞ」
「本日は有楽殿でございますか。 それでは、楽しみにしておきましょう。」
「はっはっは、そうか楽しみか。まことに面白いやつじゃの貴様は。 儂は末客を務める次客は猿が入るでの」
「では、用意が出来ますればお鳴り物でお知らせいたします。」
「ではな」
信長が去ったあと、利休のもとに一人の武士がやって来た。
「宗易殿、何か手伝いなどはありませんでしょうか?」
「これはこれは、織部殿よう参られた。では、床を掛けてはもらえないだろか?」
宗易に織部殿と呼ばれているこの男は、古田織部である。
「承知致した。 しかし、これは何とお読みすれば?」
「松寿千年翠… しょうじゅせんねんのみどりでございます。」
「松寿千年翠…良き禅語でございますな。」
「そうこうしているうちに湯が沸いてきたようで、織部殿そこの銅鑼を鳴らしてはもらえぬだろうか?」
「はっ」
「おっ、茶の準備ができたようだな。では、各々方参られよ。」
まずは、正客の織田長益(有楽斎)、次客の羽柴秀吉、三客織田信忠、…末客の織田信長という面々で茶事が行われた。茶事が終わってから宗易のもとに一人の男が現れた。
「宗易殿、宗易殿待ってくだされ。 それがしにも茶を教えてくだされ。」
「わかりました。では、さっそく明日から稽古を致します故、刻より早う来てくだされ。」
「おおっ、これはかたじけのう存じまする。あの宗易殿直々に教えてもらえるとは、儂は天下一の幸せものじゃ」
「私こそ羽柴様に教えを請われるとは天下一の幸せ者でございます。」
「宗易殿、それがしを是非一人前の数寄者にしてくだされ」
「羽柴様の御期待に添えるよう精一杯努めさせていただきます。」
こうして、秀吉と利休の師弟関係が生まれたのと同時に二人の運命の歯車が狂って行った瞬間でもあった。




