「家を返してほしくば私たちの婿になりなさい」とかそんな展開ある訳がないのでそのまま帰郷しました。
色々あって事態が落ち着くのに随分と時間がかかった。
そもそも真なる巨人なんてものが古文書の中で僅かに記述がある程度の存在で、それすら「巨獣種との戦いに敗れ彼らの国は滅びた」という内容のもの。
彼らの実在を示す証拠として巨大な食器や貨幣などが大陸西部の巨獣生息地で発見されることはあるが、それらは土器や石貨幣であるため、真なる巨人は野人に近しい原始文明──というのが賢人同盟で最も支持されていた学説だった。
うん。過去形。
帝都の魔術師ギルドと賢人同盟の関係者に加えて地の民まで大挙して調査したところ、真なる巨人が残した短剣は竜種の骨に星砂と仙鉄を組み合わせた複合素材らしい。
竜種の骨以外は製法も加工技術も喪失した物だってさ。
目の色変えて短剣……といっても刀身だけで三十メートル級のそれを削り取ろうとする馬鹿共を騎士団が拘束する事態となり、ブリストンの牢屋が満員御礼となったりもした。
羊皮紙もまた衝撃的なものだった。
古語であるものの大陸共通語でこんな文章が書かれていた。
【小さき者よ、偉大なる樹精の女王よ。逃げ出した子羊を無事返却してくれてありがとう。礼としては足りないかもしれないが、我が牧場で作った羊のチーズを贈る。短剣は友好の証に。なおチーズの他にも自慢の商品があるので、御用命の際は転移魔法陣の以下の魔法識別番号まで連絡を】
文章を解読した月光猟団のバーバラさん、半ば発狂。
仮釈放された賢人同盟の人たち、再投獄。
チーズに至っては切り分けずに帝都まで運ぶ手段がないため、第四皇子殿下が獣人達を率いて行幸される事態になった。書類上は第四皇子殿下ひとりの筈なのにどう考えても皇帝一族とか皇帝陛下御本人としか思えない方々も同行されていたが、一切合切を商業ギルドのパシフィック氏に押しつけたので僕は傍観者として振る舞うことが許された。
雑魚冒険者という立場をあの時ほど喜んだことはない。
「冒険者ギルド長、この裏切り者の冒険者等級を昇格できないんですか! 討伐実績無いですけど! 第二等級冒険者とか、ほぼ駆け出し扱いじゃないですか!」
等級の低い冒険者は社会的な信用が皆無という建前で数々の面倒事を回避していたら、パシフィック氏やバーバラさん達が冒険者ギルドに怒鳴り込んだらしい。
真なる巨人達が住まう領域に接続している地脈は霊木の樹精がこの辺り一帯の地脈を再構築させた際に接続したものだ。
『再接続? 楽勝だヨ☆』
彼女の発言を聞いたのは、ギルド長さんと副ギルド長さんと、月光猟団のリーダーであるアリーシアさんの三名。
「巨獣種の支配領域を飛越えて真なる巨人の国への直通ルート開拓、なのかしら」
「ブリストンの街が皇帝直轄領に指定されますよ、このままだと」
「第四皇子殿下は移住する気満々でしたわね」
羊肉よりもチーズの方が口にあったらしい。
さすがに今回は獣の神様が降臨して丸かじりするような珍現象は発生していないが、第四皇子を慕う獣人族が大挙して日夜チーズ料理に舌鼓を打っている。北アポロジア地方に比べるとチーズ料理があまり発展していないが、ショートパスタや芋料理などが好まれているようだ。
「巨獣種や真なる巨人関連でブリストンを目指す冒険者の数も増加傾向にあるのは事実。諸々の要が一級薬師ジェイムズであることも、調べれば簡単に判明することなのだけど」
諸々の関係者を冒険者ギルドに集めた対策会議。
地脈を支配する霊木の樹精に人間の持つ権力など意味を持たない。彼女の気まぐれ一つで付近一帯の作物は一瞬にして枯れ、水は濁り、山は崩れる。意思を持った自然現象が精霊の本質であり、地脈を支配下に置く彼女の場合は精霊というよりも限りなく神霊に近しい。
「神殿などはジェイムズ君の保護を申し出てますが、彼女から見れば監禁も同然でしょうね」
『ぶっ飛ばすヨ☆』
「第四皇子に全てを献上すべくジェイムズ君を拉致しようとした過激派の獣人部族の末路については、こちらの報告書に詳しく書いておきましたわ」
頭を抱える正副ギルド長に、愉快そうにぶんぶん腕を振り回す樹精、アリーシアさんは物騒なことを口にしながら書き上げたばかりの報告書をテーブルに置いた。
あ。
今回の騒ぎで首都と領都の薬師ギルドも駆けつけてきたので、僕が出向かずとも昇級試験を受けることが出来た。薬師ギルドの偉い人は無試験で昇級とか言い出したのだけど、師匠と兄弟子の名前を出すことで余計な気遣いを回避し、実力で昇級できた。霊木素材などを用いて高性能回復薬などを調薬している僕は一級薬師として十分すぎるほどの技術と実績があると認められていたが、主に家庭の事情で領都に出向くことができず受験できなかったのだ。
ちなみに社会的信用なら、下手な冒険者よりも公認一級薬師の方が上。過疎地に工房開いたら自動的に薬師ギルド支部認定を受けて、国や代官から補助金が下りるくらい。
霊木素材を二級薬師が取り扱うことに異論を唱え僕から取り上げようとした人が帝都の薬師ギルドにいたらしく、今回の昇格はそういう不安材料を減らす意味でも有意義だった。師匠と兄弟子を知っている身としては肩書に実力が伴っていないと思うので、本音を言えば冒険者を完全廃業して薬師業に専念したいのだが。
「冒険者としての等級が低いままだと、商業ギルドと提携した仕事にジェイムズ殿を巻き込めないのですよう!」
商業ギルドの若手幹部パシフィック氏は帝都本部の意向で今後はブリストンに常駐する。
今回の件で一番の手柄を立てたと評価され、商業ギルド内の地位は随分と上がったらしい。その分、隙あらばブリストンに移住しようとする第四皇子を水際で喰い止めたり、巨獣種召喚を目論む謎集団を蹴散らしたりとの雑用に振り回されているようだ。
「帝都の対応待ちですけど──真なる巨人が高度な文明を持つ理知的な存在と判明した場合、冒険者ギルドは彼らとの友好的な接触を希望します。そのためにはブリストン郊外にある地脈に接続した転移魔法陣の解析と安定運用が不可欠ですが……樹精の制御下にあるものを我々が自由にすることは出来ません」
『ヤったらブッ飛ばしてたよ☆』
ブリストン周辺どころか一部フィッシャー子爵領まで支配下に置いた霊木の樹精は、もはや人間では倒せない存在になりつつある。大南帝国の地脈を封印することが出来れば話は別だが、それは同時にこの国が死の大地と化すことを意味している。もともと地脈なんてものは精霊や竜種が管理しているものなので人理及ばぬ領域だから、危機感を抱いているのは神様を信奉している人たちや貴族階級に限られているのだけど。
「ところで薬師ギルドに缶詰めになってる内に、僕の工房が女性冒険者達の独身寮になってたんですけど。押しかけた冒険者達で宿も一杯だし、ひょっとして僕は今日から路上生活者でしょうか」
一斉に視線を逸らされた。
仕方ないので帰省という名目で故郷に戻ろうと思う。そろそろ師匠の下で修業を再開したいので。
【登場人物紹介とか】
・第四皇子殿下
獅子の獣相を発現したため継承権を自動放棄した皇族。非常に優れた身体能力を持ち、獣人達の圧倒的な支持を得る。肉よりもチーズが好みのようで、ブリストン移住を決意した。男の子。成人の儀を迎えているが限りなく不老に近しい。
・地脈を用いた物質転送システム
真なる巨人たち「も」利用していたが、元々は大陸間で物資や人間の移動を可能とするために地脈を利用して構築された。先史文明の一つである歯車王国時代にドワーフたちが整えたといわれている。
歯車王国が世界の外からの侵略者(神)との戦いで滅びたため地脈を整備するものがなく、限られたルートのみ残っていた。
今回の物語は
①生活環境の充実のためドライアドがブリストンの地脈を再構築した。
②太古の物質転送システムが一部復旧し、巨人の国とブリストンがつながった。
③巨人の国の家畜(生後間もない子羊たち)が偶然起動した転送門よりブリストン郊外に現れた。
④真なる巨人とドライアド、ブリストンからの地脈ルート復活を確認。人間そっちのけで交渉。この時に転送魔法陣の操作法を巨人からドライアドへと伝授される。家畜について山を荒らした一頭目は仕方ないけど二頭目以降は返還しようぜという方向に。その辺のやり取りはジェイムズにも伝わっていた。
⑤アリーシアの指摘で他の人間も気付いたけど基本方針は変わらず。
⑥真なる巨人も「あれれー、こいつら話が通じるかも? 交流とか交易とかやってみる?」と非常に乗り気。
⑦冒険者、学者、鍛冶職人、神職等々が真なる巨人達の国に憧れブリストンに大集合。三か月で人口三倍増。このままだと帝国直轄領化もあり得るよ。
⑧宿が足りないため女性冒険者達をチーム月光猟団が少しずつ受け入れて行ったらジェイズ君の薬師工房がすっかり女子寮化したよ。調薬室以外は完全に乗っ取られて、元々がジェイムズ君の家だという事すら大部分の住人は知らないよ!
⑨ジェイムズ「実家に帰らせていただきます」 でもジェイムズがブリストンを離れるとドライアドもそれについていくので転送魔法陣の起動が出来なくなるが、知ったこっちゃない。
ということで、ドライアドが発端。