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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

退職後、元同僚が突撃してきたが家を教えた覚えがない。

作者: 多喜

 元々トレーニング用の機器ぐらいしか置いていなかった部屋は、今ではすっかり空っぽになってしまった。自分には必要ないからと方々欲しい人間に渡した。

 狭いと思っていた部屋はそうしてみると意外なほどに広い。


元軍人で上司と反りが合わず辞めて、そこからキックボクシングやら総合格闘技やらいろいろ経て友人に誘われ警備の仕事に就き最も長く務めたそこを本日退社。

有給があったので先月までしか出社していないが。


右手を軽く握り、開くと掌には長い切り傷が続いている。

とっさの動きが遅れるその傷は掌から肘まで続いており、神経に到達していないのが奇跡だと医者には言われた。

古傷と呼ぶには盛り上がった肉が生々しい。


結婚はしていない、女と付き合いが無いわけではないがこういうときに側に置きたい女というと、とんと思い浮かばない。


トレーニングが趣味だが怪我でそれもできないし、知人友人と言えば会社関係の付き合いがほとんどなので、仕事を辞めた今徐々に疎遠になるだろう。

新しい仕事を探さなくてはいけないのにやる気が出ない。

好んで身体を使う仕事ばかり選んできたせいか、ほかに自分に何ができるのか思いつかない。


たかが怪我だ。


傷跡が治らなくとも生活に支障のないようなその程度の怪我。


そんなものですっかりがらんどうになってしまう自分の人生のなんとも薄っぺらいことよ。


「なんにも無くなっちまったなあ」


ピンポーーーン


空っぽになった部屋につぶやきが転がるより先に間の抜けたチャイムの音が飛び込んできた。


来客の予定はなかったはずだが、勧誘か何かだろうか。


訝しみながら玄関の映像を見ればそこには自分のライバルなどと周りから言われている同僚が真っ赤な顔をしながら一生懸命に息を整えようと深呼吸している姿が映っている。


普段は息を乱すこと自体少ない同僚にしては珍しいこともあるもんだ。

「今開ける」とインターフォン越しに返事をして、普段より少し時間をかけて玄関へ向かう。


ライバルなどと呼ばれているが昇進のスピードは向うの方がはるかに上だ。

俺が今の役職に就いた年に入社してきて、ついに去年追いつかれた。さほど鍛えることや肉体労働が得意というわけでもないらしく前線は好きではないと話していたのを人伝に聞いたことがある。


就いた役職こそ同じだが前線に出るのが好きな俺とはやり方や考え方がまるっきり違うため俺と同僚でよく比較され妙な派閥ができていた。そんなこともあり直接話したのは入社後の新人研修のときぐらいだ。

お互いいくつかの部隊を取りまとめたりしていたが前提として割り振られる仕事内容がまるっきり違うため定期報告を兼ねた打ち合わせですら会うことがなかった。


人を使うのがうまいのだろう。

備品の消耗や隊の怪我が少なく、優秀だと聞いた。

派閥内では色々言われていたが、俺個人の正直な意見としてはさっさと昇進して追い越して上司になってほしかった。

一度くらいアイツの指揮で動いてみたかったわけだが、その機会は失われた。

しかしそんな接点のない相手がなんだって態々家に。

というか何故知っている。


会社と上司の情報管理の甘さにもやっとしつつ玄関を開けると息を整え終えた男が険しい顔で立っていた。


「おう、誰から聞いたか知らねえが何の用だ?」


自分でもあんまりな物言いだと思うが、こいつは親しくもない元同僚で、何故か住所を知っている不審人物である。


しかし相手は特にそのことには触れてこない。


「いきなり押しかけてすみませんマキさん」


謝る割に相変わらず表情は険しい。


「あーまあいいけど、あがってくか?」


もしや俺が抜けたせいで厄介事でも押し付けられたのか。


「いえ、すぐ戻りますから。まずこれを受け取ってください」


固い表情のまままま差し出されたのは赤がメインカラーになっている花束。


「いままでお疲れ様でした」


俺が受け取るのを確認すると深々とお辞儀をする。


「おまえ」


下げられたままの元同僚のつむじに声を掛ける。

何を言おうかなどは考えていないが何か言わなくては。


「マキさんは覚えてないかもしれませんが」


しかし俺が感謝を述べるより先に、頭を下げたまま話し始める。


「俺、入りたてのなんもわかんない頃に指導していただいたんです」


「相手に致命傷を負わせずに拘束する方法とか、尋問の仕方とか色々教わりました」


話ながら感情が高まってくるタイプなのか、だんだん声に熱がこもってくる。


あと俺ろくな指導してねえな実技優先にもほどがある指導内容だ、一年で新人指導から外された理由が今わかったわ。


「その時からマキさんは強くて格好良くて!!出来ればマキさんの隊に入りたかったけど、筋肉が足りないからダメで」


いやうちの隊は俺含め前線大好き特攻野郎が集まっただけで、筋肉とかで選んだわけじゃねえから。



「どうにか近づきたくて色々試してみてもなぜか全然会う事なくて!」


「でも、今の俺があるのはマキさんのおかげなんです!!マキさんがいたからここまでやってこれたんです!」


「だから。いままで、ありがとうございます!!」


怒鳴る様に強く言われた最後のセリフは感謝の言葉。


今のこいつがあるのは、きっかけが俺だったとしても本人の資質と努力だろう。

だがコイツの意見を否定する必要もないので下げっぱなしの頭を適当になでて髪をぐしゃぐしゃにする。


切ったばかりなのか、刈り込まれたうなじの毛がちくちくと指にあたる。



俺の中ではすでに終ったことであるが、コイツの中ではまだ俺の退職は終わったことではないらしい。少なくとも家に花束もって挨拶にやってくるぐらいには。



「隊に入れてやれなくて悪かったな。俺とお前じゃやり方が違いすぎた」


「俺がしてやれた事なんて微々たるもんだと思うが、それでも俺に感謝してるっていうなら」


「うちの隊のアホ共ともよろしくしてやってくれ。妙な派閥ができててとっつきにくくなっちまってるが言ってわからんような奴らじゃない。無駄に喧嘩が好きでアホだがあれで仕事は真面目にこなすからな。アホだが」


そういってポンポンと二度ほど軽く頭をたたいてやる。



・・・最後ぐらいはいい先輩ぶれただろうか。


マジで接点なさ過ぎてコイツの中のかっこいい俺のイメージがよくわからない。

きちんと終わらせてやりたくて気取ってみたが最後アホアホ言い過ぎたか。

でも実際あいつらアホだし下手に持ち上げるのも業務に支障出そうだし。



俺が撫でていた手をぎゅっと両手でつかんで顔をあげ、至近距離だというのに熱心にこちらに視線を送ってくる。






「うわ、家に特攻かけるとかまじか無いわ」


遠くの方から知った声が聞こえるが手を握られているため移動して外を確認することができない。


「マキさん!!!」


「おう、なんだ!?」


「好きです、結婚してください!!!!」



俺の両手を強くにぎったまま焼けこげそうなくらい熱い視線で何やら言い出したこの男。なぜか家を知っている不審者ではなくストーカーの類だったか。


悲しいことだ、元同僚から犯罪者が出てしまうとは。


「普通に嫌だが」


「振られた!!?」


そりゃそうだろう。

なんで男同士で付き合ってもいなくて仲良くもない同僚へのプロポーズがいけると思うんだよ。

何だコイツ。


警戒しつつ眺めていると先ほどの声の主だろう目の前の男の部下がやってきた。

名前は確か佐竹だったか。



「お久しぶりです八巻さん。俺、邪魔そうだから帰りますね」


にこりと女性受けしそうなさわやかな笑顔でUターンしようとする佐竹の襟をつかんで玄関へ引き戻す。


「折角来たんだ、遠慮なくコイツを回収していってくれ」


「いちおう聞きますが付き合ってたんですか?」


「そう思える瞬間が一瞬でも存在してたか?」


「・・・うちの上司がご迷惑おかけしました」


だよな無いよな。

マジでコイツ何だったんだろう。


「なんだって急にプロポーズなんです」


それな。


「するなら今しかないと思った!」


「少なくとも今ではないですね。」


「お前はマキさんを知らないからそんな風に思うんだ!!」


「そうですね、俺には他人の気持ち推し量るとか無理です。今まさに自分の上司の気持ちが何一つわかんないですし。」


「マキさん今日で正式に退職だろう、つまり今日からはマキさん自由なんだぞ!?危ない依頼受けて荒稼ぎしたお金で会社を立ち上げてもいいし、海外に永住権買ってもいい!組織に縛られてないんだから!」



「そんなに稼いでますか?」


「最近通帳見てないからわからん。まあ同じ役職もちのコイツが言うからにはそこそこ溜まってるだろうな。」


「マジですかっ」



「それに今までは指導員と新人だったり先輩と後輩だったり、仕事だから話してる感じで。最強とか言われててめっちゃ遠いし、対等になれば話す機会があるかと思ったら謎のライバル認定!!」



「そういや、その話どっから出たんだろうな」


「はじめは経理からだったらしいですよ。うちと八巻さんのところ担当してる子達が、こっちは備品とか全然壊さなくて計上が楽だとか、あんたんとこちまちまやって納期がかかりすぎるから仕事が片付かないとか」


「あー、なんか納得だ」


「俺は今日初めて、何者でもないマキさんに会った。マキさんがこれから何をしようと考えてるかは俺にもわからないが、何かをしてからじゃもう今の素のマキさんに会えない!」


「だから今プロポーズするしかない!!何かが始まってしまう前に俺の嫁という選択肢をねじ込んでおかねば!!」


「取り合えずうちの上司には所属属性に対するフェチが無いことはわかった」


「今そんな話してたか?」


「してました、惚気とか告白とか八割方性癖の暴露とかわんないですよ。結果、うちの上司の性癖が八巻さんであることに引いてます。」


「他で代用できない性的趣向を持つとこんなことになるのか、怖っ。そしてプロポーズより先にせめて告白しようとは思わなかったのか。」


「どうせ結婚を前提にするのだから、無駄を省いてみました。」


「そこでキリッとすんのやめろ。せめてもっと早く言ってってくれたら」


付き合うかどうかは別としてももう少し話す時間ぐらいは作れただろうと思う。

なんだってなんもかんも無くしてからくるかねこいつは。



「もっと早くに話したら?入社したてでこんなこと言ったら絶対に冗談だと思って信じない。部署が変わって単なる後輩になった時ならもっと適当に流して絶対に会ってくれなくなる。ライバルの時なら下らないこと言うなと怒ったはずだ!同じ会社でやっていかなくちゃならない以上絶対そんな風には見ないじゃないですか!」


その状況を想像してみると確かに、たぶんそうする。


「好きなんです。ずっと好きです。強いから好きなわけでも稼いでるから好きなわけでも、見た目の格好よさや自分よりできる先輩だから憧れて好きになったとかでもないんです。」


「どうしたら信じて話聞いてもらえるか考えて」


興奮しているのか見開かれた眼に水の膜がはっていて、今にも雫になっておちそうだ。


「今俺のこと好きじゃないのはわかってます。でも絶対振り向かせて見せます」


「だから転職とか考える前にとりあえず籍入れましょう!」


なんというかなんか、自分でも今の気持ちをどう表現したらいいのかよくわからない。

ただこいつは俺のことが好きなんだなということがじわじわしみこんでくる。

あとコイツ相当やばいやつだなという事実も十分にしみこんできている。


分かってる、こいつは危ない。


しかし怪我をする前の強い俺でも、隊を率いている俺でもなく、なんでもない今の俺が好きだと。





「佐竹」


「はい、なんですか通報ですか」


「ほだされそう」


「は!?今のどこにありました好ましく思う要素!?ちょっろ!!」


「ちょろい自覚はある、でもこの年になるとなんもなくてもただ好かれるのってけっこうクるもんがあるんだよ」


佐竹とひそひそしながら、視線を送らなくても分かる。

めっちゃこっち見てる。


「あー、あのな。さすがにいきなり結婚はどうかと思う」


「だから前向きに検討しつつ付き合うぐらいなら」


「検討できるなら大丈夫です、結婚しましょう!!っていうか何が不満ですか!俺こう見えて結構優良物件ですよ!」


「あえて言うなら生きてるスピード感が合わないところがダメだな」


「ゆっくり生きます!合わせます!」


三倍速の自覚ある時点でアウトだと思うんだが。


「俺なんでもしますよ!!そしてマキさんに求めることはただ一点だけです!俺のこと好きになってください!もしどうしてもだめなら別れればいいんです!試しに!ここに名前書くだけですから!」



「八巻さん逃げて!!コイツ名前書いてある婚姻届け持ってきてる!!!」


「家が知られてる時点で逃走は無理だろ!!」


佐竹がついに上司ではなくコイツと呼び始めた。

すごくわかる。

当事者じゃなければ俺もめっちゃ距離置きたい。


しかし俺は当事者だ、あと玄関にたむろしてるから逃げ道が無い。


俺はもみあっている二人から書類を抜き取り壁を机代わりにさらさら名前を記入した。


唖然と見上げる二人の前で中にその辺にあったキーホルダーを重石代わりに詰めて丸めてっと。


「とってこい!!」


全力で投げた。



「わーーーーーーー!!!」


ドップラー効果を残し走り去る男を見て頷く。

投げた紙はどうにかして男の手に戻り、あの勢いなら明日には受理されるだろう。







「あー、八巻さんがいいならそれでいいです。ただ些細なことでもなにか変だなと思ったら連絡ください」


そういって電話番号がかかれた紙が差し出される。

佐竹は「最悪の場合会社に掛け合って給料止めれば、潜伏先から出てくるだろうしその時捕まえる」などと言っている。

最初は、さらっと会社に個人情報売られたのかと思ったが、まともじゃないのはアイツだけのようで一安心だ。


「些細なことなあ」


「例えば監禁とか」


些細なことの例えが監禁とか無いわ、そうなったら電話は警察にするし、それは些細じゃなく犯罪だわ。こいつもダメだ、変な依頼受けすぎて危険の基準が狂ってやがる。



翌日、続々と届く元部下たちからの謎の祝いの品にとりあえず俺は就活より先に引っ越し先の手配を始めた。

告白シーンが好きなんです。

特にロマンとかは無い勢いのある感じを推しています。

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