世界はこんなにも美しいと君が教えてくれたんだ。
あの日、あの瞬間、あの言葉が、私の止まっていた時間を動かしてくれたんだ。
過去に囚われていた私を君が助けてくれたんだ。私の心の檻を君が壊してくれたんだ。
私の世界に色を付けてくれたんだ。
これから話す話は、私と私を救ってくれた一人の男の子の話。
私の見る世界に色はない。全てが灰色。昔から見えないわけじゃない。
ある日突然、私の世界から色がなくなったんだ。
医者曰く、精神的ストレスかららしい。
私はずっといじめられていた。 いじめが始まったのは小学三年生の頃。
もともとクラスの中心的な子たちが集まるグループに所属していた。
いじめの内容はアニメや漫画のような古典的なものではなく、
無視や陰口、酷いときには私のものを学校の外で捨てる。壊す。などといったもの。
私をいじめる子たちは三人グループでリーダー的な権力を持っているこの名前は、
相崎玲奈。玲奈の手下のような子たちの名前は大瀬戸桜。西野美由紀。
そして私の名前が、高瀬なな。
この三人に二年間いじめを受けた。
辛かった。苦しかった。
でも私がいじめられるのは仕方ない。いじめられる原因はきっと私にあるから。
学校という名の集団に染まり切れなかった私が悪いのだ。
もっとうまく笑ていたら。もっとうまくみんなに染まっていれば。
私はいじめられなかったかもしれない。でも、もう遅い。
自分に言い聞かせるんだ。仕方がないんだと。大丈夫だと。
いじめを受けて半年がたった頃。
激しい痛みに襲われた。手首が痛い。ズキズキする。
赤いものが手首から流れている。血だ。近くにカッターが落ちている。
カッターにも血が付いている。リスカしてしまったのか。
全く覚えがない。でも、この痛みが、怒りや、恨み、苦しみ、辛さが和らいだ。
これでまだ笑顔を作っていられる。まだ、笑える。大丈夫。大丈夫。
この時私の世界に色が消えた。
いじめが続き二年が経った。
色は見えないままだ。いじめは私の色々なものを奪っていった。
友達、痛み、色。幾多の感情。
もう、いじめはなくなったが、リスカはやめられなくなってしまっていた。
小さなストレスを溜め込みすぎてしまうと、ストレスの発散方法が分からず切ってしまうのだ。
でも、その頃にはもう痛みがなくなっていた。だから切る数も増え、
深く切るようになっていた。血の量も増えて、傷口を隠せなくなっていた。
でも、いじめのない学校生活はとても楽しいものだった。
それでも人を信じない。誰にも心を開かない。誰にも本心を言わない。
そう心の中で誓った。
ある日、またいじめが始まった。ターゲットになったのは私じゃなく、
私をいじめていたうちの一人、大瀬戸桜だった。
桜はあんなに笑って楽しそうだった顔がとても暗く悲しそうな顔だった。
人はいじめられるとこんなにも変わってしまうなんて。
桜も私みたいになるのかな。何もかもなくしてしまうのか。
そうなれば同じ苦しみを味わせることができる。
けど、そんなことしたらこいつらと同じだ。
それに可哀想だと思った。
私みたいにすべてを失って取り返しのつかなくなる前に。
私がその時最も欲しかったもの。それは、味方だった。
そして言ったんだ。
「私と一緒にいればいい。」
それからずっと桜は私のとこにいた。
桜に対するいじめもなくなって、桜は笑顔を取り戻した。
中学に上がり、私は地元にはいかず、私立に行くことにした。
あの三人組と同じになりたくなかった。
新しい環境。中学ではうまく笑顔を作らなきゃ。うまく染まらなきゃ。
そして自己紹介が始まった。
自己紹介ではうまくは笑えなかった。
でも自己紹介が終わると数人の子がしゃべりかけてきた。
私はその時に笑顔で返事をした。
すぐにみんなと打ち解けた。
とても楽しく、私たちは六人グループになった。
リーダーのようなこの名前は、北乃みなみ
ほかの子たちの名前は、飯田優香、前川紅美、愛田みい、岡崎瑠香
私のいるグループはみんなかわいい子ばかりだった。
派手で、それでもって楽しかった。
ほかの地味な子たちとは私は仲良くできたが、他の子たちは
仲良くしてはいなかった。この時、またスクールカーストが出来上がっていた。
私の嫌な予感は的中した。
いじめが始まったんだ。もちろんターゲットは私だ。
四ヶ月ほどだった。中学に上がっていじめの酷さは増した。
リスカの頻度も増えた。傷は深く。血が止まらない時がほとんど。痛みもない。
楽しかったのもつかの間。蘇る記憶。辛い思い出。
四ヶ月。二年に比べれば、短いがいじめの内容が濃い。つらい。
ターゲットが変わった。次のターゲットは瑠香だった。
瑠香は可愛かったけれど、あざとかった。
いじめられて不登校になった。その日、私はメールをした。休んだ理由は腹痛と言われていたが、
本当の理由は、みんなのいじめが怖かった。と言っていた。その子は大丈夫。とそう言った。
でも、大丈夫なんかじゃないとそう思った。私は瑠香に電話を掛けた。
瑠香は泣いていた。辛いと、悲しいと、そう私に震えた声で言った。
私は黙って聞いた。全部吐き出すように瑠香は言い続けた。
夜は長かった。瑠香は最後に、私にこう言った。
「ありがとう。」と声の震えも止まっていた。
私は一言
「うん。」とだけ答えた。
グループでのいじめはなくなっていた。
よかった。誰も泣かずに済む。辛い思いをしなくて済む。
ある日、学校の授業でいじめについてのビデオを見た。
私は、自分の過去と照らし合わせてしまった。
手首がうずく。ビデオが終わると、私は涙を流していた。
ボロボロと涙が止まらなくなっていた。
みんなが私を心配したかのような口ぶりで言うのだ。
「どうしたの。大丈夫?」と。
思ってもいないことをよくもまあペラペラと口に出すものだ。
私は言う。
「大丈夫。なんで涙なんかでたんだろうね。」
そういうとみんなは大丈夫だったらいいや。と言わんばかりの顔をする。
私はそれに笑顔で返すのだ。
そんなこともあり年が明けた。
みんなからのけましておめでとう。というメールがたくさん来た。
そして一月三日深夜。電話が来た。その電話の主は坂口琉河。
何でもない電話だった。初夢の話をしたり、とても楽しかった。
何時間したんだろう。時間なんか忘れていた。
お互い睡魔に襲われて電話を切った。
これが私の初電話だった。坂口でよかったとそう思う。
年も明けしばらくして学校が始まった。
みんなに会いたいと別に思いはしなかった。
みんなは会いたかったなんて言ってるけど実際そう思っているかなんてわからない。
私だって、思ってもいないのに笑顔でそうだねと答えたから。
二月になってみんなはバレンタインというイベントで盛り上がっている。
私的にはただめんどくさいイベントだと思う。
何故ならチョコなどを作る材料費、労力、とにかく大変だ。
だからバレンタインは嫌いだ。そこまで盛り上がる理由が私にはわからない。
もともと、バレンタインというのは好きな人に好きだという気持ちをチョコにして渡す。という
謎めいたイベント。好きな気持ちをチョコじゃなく言葉にしてしまえばいいのに。
しかも、今では、好き嫌い関係なく渡す。友達、先輩、家族。
好きな人にあげるというイベントなのに何故みんなに配るのか。
本当にわからない。交換しようね。何て言われたら、いいよ。としか言いようがない。
だからバレンタインは嫌いだ。男子も男子でプライドというものがないのか。
チョコをくれ。なんて虚しいだけだろうと思う。だってそれは自分を好いてくれる人がいないと
自分で言っているようなもの。それにチョコの数で争う意味も分からない。
正直言って、馬鹿だ。
バレンタインが過ぎて少し経った頃。
夜に電話がかかってきた。私は名前も見ずに電話に出る。
「はい。」一言だけ言った。すると、小さな笑い声が聞こえた。
「何で電話になるとそんなにテンション低いの?」この声、坂口だ。
優しくて眠たくなる声。何度聞いても落ち着く。
「低くないよ。眠いだけ。」私は答えた。
そして一時間くらいたったころ。ある質問をした。
「私がリスカしてるって聞いたときどう思った?」静かな声で聞いた。
十秒くらいしてから坂口が慌てた声で聞き返してきた。
「その話、マジだったの。」
私はびっくりした。ずっと信じてると思ってたから。
前に、みなみがクラスメイト全員に言いふらしたことがあったのだ。
その前もずっと脅されていた。そしてとうとうばらされた。
坂口に写真まで見せられた。信じていなかったんだと少しほっとした。
「俺さ、この前写真とか見たときあんまりわかんなかったんだ。」
「そうなの!?でももう遅いか。じゃあ改めて、今聞いてどう思った?」
「怖い怖い。」そう答えた瞬間、ああ。坂口もなのかと思った。
少し残念だった。今までみんな変に同情してきたし、偽善者ばかりだった。
やっぱり人を信じようとした私が悪かったのか。
「怖くないよ。」私は少し笑いながら言った。
「でも、どうしてそんなことするんだ?」
「まあいっか。あのね。」もうどうでもいいと思って私はすべてのことを話した。
ずっといじめられたこと。いままでのトラウマをすべて。
前に一度友達に話したときは過呼吸で号泣してしまった。でも今は落ち着いている。
大丈夫。大丈夫。深呼吸をしてゆっくり言い聞かせた。
「そうか。ななっていい子だな。」
「どうして?」
「だっていじめてきたやつを助けるなんてふつう無理だろ。」
「可哀想だったから。ただそれだけ。」
「でも、あんまり無理すんな。」
「してないよ。」
「強がらなくてもいいんだよ。」
「強がってないよ。私は最強だから。強いんだよ。」私は笑った。
「お前は、女の子なんだから強がらなくていいんだよ。」
坂口はまじめな声で言った。その時私の世界が色を取り戻した気がした。
ああ。こんなにも世界は美しいものだったのかと思った。
私は我慢して、我慢して、押し殺していた感情を、
涙とともに吐き出してしまった。涙は止まらなくなった。大丈夫と言い聞かせていた。
ずっと。ずっと。今までも、そしてこれからもずっと自分に嘘をついて感情を押し殺して。
そして私の止まっていた時間を。囚われていた過去から助けてくれた。
閉ざしていた心を優しく開けてくれた。檻に閉じ込められていた私を。檻の鍵をなくしてしまって
出られなくなった私を、君が鍵を見つけて助けてくれた。
君はなんでもない言葉だと思っているみたいだけど、私にとって生きる意味をくれた。
今まで否定され続けてずっと死んだように扱われていた私に生きてていいよと言ってくれた気がした。
君は私の命を救ってくれた。きっと君がいなければ私は死んでいたかもしれない。
ありがとう。といくら言っても言い足りない。
「俺と約束しろ。これからは絶対にリスカをしないって。」
「うん。分かった。ありがとう。」
私は坂口にわがままを言った。電話を切らないでと。坂口のもとに山崎智也君からの不在着信が
いくつか来ていたらしい。でも私は、山崎君のとこに行かないで。といった。
そしたら坂口はいいよ。と優しい声で言ってくれた。でも意地悪をしてきた。
かまってって言ってと言われた。私は言った。すると坂口は可愛い奴だと笑いながら言った。
電話を始めてから四時間が経った。お互い眠かったから電話を切った。
初めて男子に弱みを見せた出来事だった。
もし、もう一度私のわがままを聞いてくれるのなら、
私が君の笑顔の理由になりたい。
でもきっとそれは叶うことがないのかもしれない事だとしても。
ありがとう。大好き。君を信じてよかった。あの日、君と交わした約束。
そのおかげで私は、世界に色を取り戻すことができた。ありがとう。
君が私の過去をばらしてもかまわない。君になら裏切られても私は笑顔であなたを許すだろう。
だって、君が私にくれたものはそんなことより、とても大きいことだから。
君はきっと無意識で言ったことだろうけど、その言った言葉が一人の女の子を救ったこと。
一人の女の子に生きる意味はあたえたこと。君は私の恩人であ最愛の人。