5.さようならカゲール君。あなたの事はなるべく忘れない。
最近、ピョン太が話しかけてこない。
今日も妹の部屋に入り浸りだ。
てっきりセクハラ行為に目覚めたのかと思ってたのだけど、妹の足下でお昼寝するばかり。
スカートの中を見上げようともしないし、足をペロペロする事も無い。
可愛さと犬という、恵まれた立場を利用しようとしない。
誰だって利用するだろう。あたしだって利用する。
解せぬ。
あ、いや、これは妹の身を守る為の監視であって、邪な情念によるものではない!
部屋に仕掛けた監視カメラだって防犯目的だ!
ましてや姉妹、女子同士。なんらセクハラ要素は無い!
おかしいおかしいと、気になって悶々する日々が過ぎていくある日のことである。
ピョン太があたしの部屋にやってきた。
妹がいつものコンビニへ出かけた時間を使って。
「やあ、元気でしたか?」
「元気でしたかはないでしょう? マーゾックの情報を聞き出そうとしてたのに」
ピョン太こと元3幹部の一人、カゲールは、机の上に飛び上がった。
腰を下ろし、後ろ足で顎の下をボリボリとひっかく。
「ずいぶん犬の動作が様になってきたわね」
「……だろうね。そこが悩みでもあるし、……まあいいでしょう。そんな事は」
おやおや、ずいぶんとシリアスな犬ですこと。
「ピョン太の表面に出てこられる時間が短くなってきました」
え? どういうこと?
「あなた、カゲールの意識を持って転生したんじゃなかったの?」
カゲールは首を振った。
「どうやら、そこまで都合の良い話じゃ無かったようです」
「まさか、お前……」
「そう。一説によると、全ての赤子は、前世の記憶を持って生まれ出るよも事です」
「それを証明したのでしょう?」
また首を振った。
「その説では、転生しても、前世の記憶を保持できるのは7日間だけだとされています」
「7日どころじゃないでしょ? 今日で何週間よ?」
「前世が前世だっただけに特別だったのでしょう」
あれか? マーゾックだった事や、妹たちに魂を浄化された事が起因して、長い間意識を保てていた、ということかな?
カゲールは、長めの溜息をついている。犬のくせに。
「初めはずっと意識を保てていましたが、そのうち半日だけになり、数時間に減り、一日おきになり、いまでは2、3日おきになってしまいました」
「それって、もしかして?」
「そうでしょうね」
今日、初めて首を縦に振った。
「カゲールとしての意識が本来の犬であるピョン太に統合される日が近い。残された時間が少ない、ということでしょう」
「おいおい、そうならないうちに――」
「話す事は全て話しましたよ。残された時間は、私の好きに使わせてください。そのお願いに来たのです」
うーん、そう言われると強制し辛いな。
「普通の生物に生まれ変わって、この世界が、生物が、生の営みという楽しさを感じる事ができた気がします」
解る。
生きてればこその、パンツを頭から被ったり、食器を洗うフリして嘗め回したりできるというもの。妹のね。
「特に、妹さんには幸せになってもらいたい。生き抜いてもらいたい。だから、お姉ちゃんに託したいのです」
「なかなか良い事を言うじゃないか。前から見所のある犬だと思っていたぞ! どうやら、あたしの目に狂いは無かったようだ!」
だが、妹はあたしの物だ!
「先代のマジカルキューティの遺物。イエローのバトンを持っているでしょう? あれを出してください」
マーゾック空間に落ちていた、あの折れたバトンか?
「お姉ちゃん、バトン持ってないでしょう?」
「欲しい! バトン欲しい!」
妹たちが持っていて、あたしが持ってない物。それはマジカルバトン!
欲しい! あれ絶対欲しい!
「私の、残された力を使ってお姉ちゃん用に作り替えてあげましょう」
「我が主と認める」
机の引き出しの隅から、ゴミ……イエロー・バトンを取り出した。
「闇の力と聖なる力の両方を持つ、今の私なら、自称マジカルブラック用に改造可能です」
おいおいおい! 神降臨かよ!
「お姉ちゃんらしく、黒を基調とした――」
「ピンクで!」
「え?」
「妹と、お揃いのピンクでお願いしまーす! とぅ!」
これがっ! 命のジャンピング土下座だー!
「いや、そこまでして頂かなくとも、……違和感溢れまくりますが……え? 大丈夫? あなたがそれでかまわないなら、それでいいのでしょうけど……いきますよ! 気が変わったら言ってくださいよ」
ピョン太の毛が逆立ち、目が光った。
黄色かったバトンが、ピンク色に変化。
折れていた部分からニョキニョキと再生していく。
先端に黄色いお星様が形成される。クリスマスツリーの天辺に取り付けられるアレそっくりでファンシー!
「はぁはぁはぁ! 色の変化で余計な力を使ってしまいました」
小さい舌を出してハッハッハッしてる。
「これ、どうやって使うの? ビーム出るの?」
「つ、使い方は、……ああ、意識が……自分で探してください」
小さい体を震わせ、目を閉じる。
「おい! 大丈夫か?」
両手で持ち上げて上下に振った。死にかけた金魚はこうすると息を吹き返すんだ!
「いや、あの……げふぅ!」
カゲールは力尽きた。
息は――ある。心臓も動いている。
眠っただけのようだな。
もうすぐ妹が帰ってくる。
それまで、あたしのベッドで……死んだら責任問題なので、妹のベッドに忍ばせておいた。
ピョン太はすぐに目を覚ました。
知性の感じられないクリクリ目で妹を認識したら、千切れそうな勢いで尻尾を振り回した。
カゲールの意識はどこへ行ったやら。
クリクリした目で妹を追いかけている。
翌日の夜。
阪ネ申・臣人戦を見ていた時だ。
あたしの横で、妹の腕にピョン太が抱かれていたときだ。
ピョン太の目が知的な光を帯び、あたしを見上げた。
そして、すぐにいつものクリクリ目に戻る。
以後、カゲールの意識が表に出る事は無かった
さようなら、カゲール。




