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2枚目の映像記録に写されたのは、これまでの取調室とは違う収容施設のような場所だった。
2人の男性がコツコツ、と靴音を鳴らしながら歩を進めた先にいたのは、猿轡をされながらベッドに拘束されている日和見崎 ドル夫その人であった。
そんな彼に対して、朗らかな笑みを浮かべた眼鏡の男性がにこやかに日和見崎へと語り掛ける。
「やぁ、日和見崎君!調子はどうかな?……と言ってもその様子では答えられないかな?失敬失敬。実は、君に紹介したい人がいてね。それがこちらの人物なんだ」
そうして、眼鏡の男性は気難しい顔をしたもう一人の男性を紹介した。
その紹介された男性の顔を目にしながら、つかさは既視感を覚えていた。
(……そうだ、この人物は確か……)
つかさが記憶を掘り起こすのとほぼ同時に、男性についての紹介が行われようとしていた。
「この方は優れた魔導術士であるパンナコッタ・アヘンダー氏というんだ。……魔導術士っていうのは、まぁ、要するにスピリチュアルな分野の専門家、とでも思ってくれたら良いかな。……日和見崎君、君の崇高なる使命というモノは我々のような凡庸な者達が犇めくこの社会では難しい代物でね。理解し受け入れるのには大変な労力と犠牲を必要としてしまうんだ。そこでこの国の上層部の決定のもと、君の理想を後押しするために、このパンナコッタ・アヘンダー氏に協力してもらう事に頼んでみることにしてみたんだ!」
男性の言葉に被せるように、アヘンダー氏が言葉を引き継ぐ。
「うむ、日和見崎君といったか。私がパンナコッタ・アヘンダーである。私が扱う技術はくだらぬ市井の者達からすれば狂人の手慰みにしか思えぬような代物かもしれぬ。だが、君の理想を実現するうえで必要不可欠になるに違いない、と私は確信している……!!」
そう言いながら、アヘンダー氏はギラついた眼差しで手足の拘束をそのままの状態にしながら器用に日和見崎の上半身をはだけさせていく。
アヘンダー氏は、そういった特殊な趣味の持ち主なのだろうか?
いや、そんな理解では説明出来ないようなこの場に似つかわしくないものをアヘンダー氏は所持していたカバンからドサドサッ……!!と吐き出すように、場に放出していく。
(あれは……小説、で良いのよね?)
カバンから開け放たれたのは、卑猥な格好をしながら悩まし気な表情を浮かべた少女達のイラストが描かれた十数冊の小説だった。
アヘンダー氏は更に懐からホビー系と思われるモンスターらしきモノの絵柄が表面に描かれたカードを数重枚取り出していく。
「これらは私が購入して読んだうえで特に何の感慨も受けなかった16冊の二次元官能小説と、スターターセットを購入したもののあまりにも数がダブりすぎた22種類のモンスターカードです。……これから私の秘伝の魔導術を駆使してこれらの品々を君の中へと埋め込ませてもらう。……市井の者達からすれば狂人の手慰みにでも見えるかもしれないが、埋め込まれたこれらの聖遺物は君の体内で混ざり合いながら、君が抱える理想をこの世に顕現させるための忠実な尖兵となるに違いない。……最も、彼らがこの世界に生まれ落ちる時には君自身は確実に命を落とすことになるだろうが、なに、君の言う”優しい世界の到来”を実現する事に比べたら些末な事だよ」
ギラついた双眸で日和見崎の顔を見つめながら、熱弁を振るうアヘンダー氏。
そんな妄言としか言えないような事を実行しようとする相手から必死に逃げようともがいていた日和見崎が、抵抗の甲斐あってかかまされていた猿轡を振り払う事に成功していた。
……最も、肝心の手足の拘束が取れた訳ではないので、このままなら辿る結末は変わらないのだが。
日和見崎がそんな気持ちを前面に押し出す形で、これまでに見せた事のない必死の形相で叫ぶ--!!
「……ふ、ふざけるな!!俺にはこの世界が優しさに満たされるのを見届けなければならない、という崇高な使命があるんだ!!言ってしまえば、他の70憶のどうでも良いゴミ屑共が死に絶えたところで、俺一人は生きていなくちゃいけないんだ!いわば、日和見崎 ドル夫を超越した『ヒヨットル大帝』と名乗るべき至高存在なんだ!!なのに、そんな俺をこともあろうか殺す、だと?……そんな事が許されてたまるかァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「ノンノン、確かに貴方は肉体的には命を落とすことになりますが、それは絶対的な死などではなく、彼らの糧となりながら自身の理想を叶えるために彼らの中で生きていく事になるだけです」
「詭弁だろ、そんなモノ!!お、俺に触れるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
日和見崎の叫びも虚しく、アヘンダー氏は作業を進めていく。
類まれなる魔導術によるものなのか、日和見崎の胸中へズブズブ……っと血を一滴も流すことなく、小説やカードを持った手が呑み込まれていき、日和見崎の中へと埋め込まれていく。
「アガ、アガガガガガッ……!!」
「ふむ、後は彼の中でじっくりとこれらの存在が熟成するのを待つだけだな……」
そう述べたアヘンダー氏の呟きと共に、この映像記録は再生を終えた……。
(結局のところ、上層部とやらがこの日和見崎という男の処遇とアヘンダー氏の魔導術の扱いに失敗したのが原因、という事かしらね……)
恐らく国の上層部という存在は、日和見崎という存在の扱いを決めかねており、それならば当時異端的存在だった『魔導術』の使い手であるアヘンダー氏の実験とやらに利用すれば良い、と厄介払い程度にこの2人を引き合わせたのだろう。
誤算だったのは、アヘンダー氏の魔導術が彼らが思っていたような胡散臭い代物ではなく、強大な効果を発揮するモノであり、それが氏の言う通り日和見崎から生誕した結果、既存の文明社会を滅ぼすまでに至るほどだった、という笑えないオチに繋がっただけの事なんだろう……とつかさは検討をつけていた。
「……と、これが恐らくこの終末世界の真実、とやらでしょうね。友達の16という数字が幸福沢の犠牲になった人達の数字ではなく、日和見崎に埋め込まれた官能小説とそれを下地にしたモンスターカードだった、という事は想定外だったけど、あとは人の愚かさが招いた災厄に相応しい道筋と言っても過言ではないでしょうね」
「……つかさちゃん」
何と声を掛けたら良いのか、と戸惑うナノに対して、クスリ、とつかさが微笑む。
「大丈夫よ、ナノ。私は人間に絶望なんてしていないわ。……確かにこの日和見崎やアヘンダーのように人でありながら世界を滅ぼそうとする最低な存在もいるわ。だけど、ナノ。貴方のように、誰かを支えられるような素敵な人がいる事も私は知っている……」
「つかさちゃん……」
ナノがつかさへと歩み寄ろうとした--そのときだった!!
「ッ!!キャアッ!?」
「ナノ!?」
突如、ナノの足元に光り輝く紋章のようなモノが浮かび上がり始めていた。
そして、そのままナノの姿が淡いまま薄く消えていく。
「つ、つかさちゃん……」
「ナノー!!」
バシュウゥゥゥゥゥゥゥッ……!!という音と共に、完全にナノの姿が消えてしまった。
慌ててつかさが紋章のもとに近寄っていく。
「どうやら、これは使い切り型の転移魔導陣のようね……いきなり攻撃したわけではなさそうだからアレで死ぬことはないでしょうけど……早く、あの娘を助けにいかないと!」
魔導陣の文字を読み取ると、どうやら転移先はこの階の真上の部屋らしい。
つかさはナノを助けるために、3階へと急ぎ向かっていく--!!