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つかさとナノは、ミルクさんにもらった資料の通りに次は2階へと進んでいた。
「……っと、ここも流石に簡単には通してくれそうにないわね……!!」
そんなつかさの呟きに答えるように姿を現したのは、”16の友達”の内が一種である”強き頼れる父熊”と”甘やかし母鳥”の2匹であった。
父性愛と母性愛、過酷かつ因果な生業である冒険者の心を両側面から揺さぶるこの組み合わせは、まさに強大無比と言っても過言ではなく、この2体の友達に甘えた隙に夢心地のまま現世と別れることになった者の数は決して少なくはない。
「……でも、”強き頼れる父熊”と”甘やかし母鳥”、どちらも自然豊かな山奥などに生息する友達のはず。……こんな人の手がついた研究施設に揃って出現するなんて、さっきの”癒しもたらす魔の福音”にしろ、やっぱりこの場所は何かおかしいわね……!」
「!!つかさちゃん、攻撃来るよ!」
思考していたつかさに注意を促すナノ。
見れば、”強き頼れる父熊”が腕を振りかざしながら、2人に襲い掛かろうとしていた。
慌ててバックステップで回避すれば、今度は”甘やかし母鳥”が羽ばたきながら宙から急襲を仕掛けてくる--!!
「ッ!?馬鹿な、どちらもこちらがなにもしなければ比較的大人しい性質のはず!……こんなに狂暴なはずがないのに……くっ、ナノ!お願い!!」
「任せて、つかさちゃん!!……”藤っ子、良い子、元気な子。ここ万象の理を以て、我、ぽるの崎 ナノ が命ずる--!!”」
荘厳な響きと共にナノの両手の平に、熱き魔力が収束していく--!!
「た~んとご賞味あれ♡”ラブ・スパイシーフレア”!!」
圧倒的な質量を伴なった極大の業火球が廊下を焼き尽くす勢いで放たれる。
それをすんでのところでつかさは躱し、魔力の塊はそのまま2体へと激突した--。
「グガァァァァァァァァッ!!」
「ピェェェェェェェェェェッ!!」
断末魔の叫び声をあげる2匹。
その様子を眺めながら、特大の魔力を使い疲弊したナノがふぅ、と一息ついた。
「可哀想だけど、襲い掛かってきた以上は仕方ないよね……それにしても大分疲れちゃったよ~、つかさちゃん!」
「もぅ、ここは異常な場所でまだ危険があるかもしれないんだし、油断しないの!……って、アレ、嘘でしょ……!?」
つかさが驚愕の表情を浮かべて見つめる先にはなんと、身体を業火に包まれながら、ゆっくりとこちらへ歩を進める2体の姿であった。
不死者を思わせる散漫な動きながらも、そのまま朽ち果てる様子もなく、じりじりと詰め寄ってくる姿は従来の彼らの情報から大きく外れたモノである事は間違いなかった。
「な、何アレ……怖いよ、つかさちゃん!」
「ナノは下がってて!!……くっ、止まれぇっ!」
そうして、無我夢中で銃弾を2体に打ち放つつかさ。
3発目で熊の額を撃ち抜いてもまだ止まる素振りを見せず、つかさは我武者羅に2体に銃弾を撃ち込み続ける--!!
その甲斐あってか、熊の業火に包まれた巨体がズシィィィッン……!!と音を立てて崩れ去る。
それに巻き込まれる形で、飛べないながらも敵意を持って近づいていた鳥が潰され、ようやく2体の生体反応は完全に停止した。
「ハァ、ハァ……い、一体何なの、コイツ等……絶対に単に自然にいたのが紛れ込んだだけ、っていうわけではなさそうだけど……」
ひとまず、早くここを退散する事が肝心だ。
そう判断したつかさは、背に庇うようにしているナノへと振り返ろうとした--そのときである!!
「きゃっ!?」
驚いた様子で人差し指を押さえているナノ。
ポタポタ……と地面に零れている血を舐めていたのは、一匹の大きな白ウサギだった。
(コ、コイツは……!!私ならともかく、ナノがコイツに遭遇したのはマズすぎる……!!)
咄嗟にそう思考し銃を構えるものの、先程の異様な2体に使い果たしたため空撃ちをする事になるつかさ。
そうこうしている内に、血を舐めとって満足したらしいウサギの足元に魔法陣らしきモノが浮かび上がったかと思うと、その身体が淡い光に包まれていく--!!
「やはりコイツは”盟約果たす白兎”……!!ナノ、大丈夫!?」
声を張り上げたつかさの呼びかけに驚いたのか、慌てて逃げていく白ウサギ。
対して、声を掛けられたナノは指先に負った怪我とは別に、苦しそうな表情を浮かべていた。
「ご、ゴメンね、つかさちゃん……気を付けていたつもりだったけど、私、駄目になっちゃったみたい……!!」
その言葉と共に、魔導術を行使しただけとは思えないほど、ナノから発せられる魔力が弱々しいモノへと減衰していく。
”盟約果たす白兎”。
16種いる”友達”の中でも、最も殺傷力が低く臆病な性質を持ち、少し訓練しただけの一般人でも狩り取れるほど脆弱な存在。
しかし、その能力は”噛んだ相手の魔力を自然治癒出来なくする”という局地的に危険なモノであり--”魔導術殺し”という別名を持つ驚異的な存在なのである。