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「お待たせ〜、つかさちゃん!何か重要な情報とか見つかった?」
「えぇ、今"幸福沢事変"と呼ばれる昔の事件のデータが……ってナノ!あ、貴方、何て格好してるの!?」
資料を整理していたつかさが振り返ると、そこにはバスタオルを巻いただけというあられもない姿をしたナノが、キョトン、とはした表情をしながら立っていた。
濡れた肌に艶やかな髪、上気した頬と見ているだけでドキリ、とした気分にさせられる。
そんな姿を目の当たりにしたつかさは、慌てて視線を逸らす。
「え~、つかさちゃん今までそこまで言ったことないじゃない!…もしかして、私の湯上り姿を見てドキッ♡としちゃった?」
「そ、そんな訳ないじゃない!!……湯冷めするから早く着替えてきなさい」
「はーい!」と言って、ナノが予備に持ってきた服へと着替え始める。
つかさは先程の視覚で得た情報を忘れようと、必死に資料を読み漁るフリをする。
(ナノの言う通りこんな状態で過ごすのは、今に始まった事じゃないはず……や、やっぱり、ナノのあんな姿を見たことが原因だとでも言うの……?)
あの”癒しもたらす魔の福音”との戦闘で体液まみれになったナノの姿。
それが、普段意識していなかった彼女の別の側面をつかさに気づかせるきっかけになった、のかもしれない。
(……そうだとしたら、私はナノのことを……)
何を馬鹿げた事を、とその思考を振り払うようにつかさは頭を振るうと、着替えを終えたナノに先程自分が見つけた資料を読ませる。
ふむふむ、と言いながら分かっているのかはっきりしない態度のナノだったが、読み終えたらしい、と判断したつかさは新しく見つけていたもう一つの資料を取り出した。
「……これがその資料に乗っていた事件の犯人:幸福沢 ホル門の取り調べの様子を録画した映像よ。……今から再生するわね」
「うん、いいよ!」
取り調べ室で尋問を受けていたのは、働いている事を誇らしくしていた人物とは同一人物とは思えないほど髭は伸び放題、瞳は凶暴にギラつき社会人とは思えないほど近寄りがたい雰囲気を放つ一人の中年男性だった。
どうやら、この男が件の凶行を引き起こした犯人:幸福沢 ホル門である事は間違いないようだ。
焦点の合わない目でブツブツ独り言を言う幸福沢に対して、取り調べを担当していた警察官が厳しく問いただす。
「おい、幸福沢!!貴様、どうしてこんな馬鹿げた行いをしたんだ……答えろ!!」
ドンッ、と勢いよく机を叩く警察官。
それにたいして幸福沢は、驚くでもなくようやくそこに人がいる事に気づいたかのように散漫とした様子でまじまじと警察官の顔を眺める。
「あぁ、刑事さん……えぇ、そんなに大きい声を出さなくてもキチンと話は聞いていますよ。何せ、私は身を粉にして社会に貢献している納税者であり、ロクに働きもしない無職の弱者面をした馬鹿どもとは違うのですから!」
「ば、馬鹿ども、だとぉ~~~……」
今にも殴りかからんとする刑事を目前にしながら、幸福沢は平然と妄言を続ける。
「そうですとも!!この社会の中で生きておきながら、何の貢献もしない怠け者達を僕が崇高な意思のもとに間引いてやったのです!これを使命と呼ばずして何というのですか!!……そう、そんな偉大な偉業を成し遂げた僕は逮捕される立場などではなく、国から手厚い保護を受けながら英雄として称えられるべき存在なのです!!」
そのまま食い入るように、今度は刑事に対して熱弁を振るう幸福沢。
そんな幸福沢の豹変ぶりを最初は呆然と見つめていた刑事だったが、やがて諦めたかのように一つ大きなため息をついた。
「……あぁ、よく分かったよ。幸福沢」
「!!そうでしょうとも刑事さん!さぁ、ならば私と共に」
「勘違いするな。理解したのはお前の崇高な使命、とやらじゃなく、お前さんという人間の底の浅さだ」
ギロリ、と睨む刑事の視線を受けてそれまでの勢いが嘘であるかのように押し黙る幸福沢。
そんな彼をジッ……と見つめながら、刑事がおもむろに口を開く。
「……幸福沢、お前は『働いている自分が崇高な存在である』と強弁しながら、今回のような凶行を引き起こし、その結果、無職どころか逮捕されて死刑になるのは間違いないだろうな……手厚く保護されて英雄扱い?現在のお前はそれとは真逆の立ち位置だろう。マトモな社会人ならこの場所がVIPルームに見えるなんて世迷言が出るはずがないだろう」
刑事の発言を聞いているだろうに、何の反応も見せずに押し黙る幸福沢。
だが、それに構うことなく刑事は言葉を続ける。
「お前は強い言葉に酔ったフリをしながら、自分より弱い相手に卑劣な暴力を振るっただけの最低なクズだよ。社会の中に生きる善良な市民にもなれなかったお前みたいな奴が英雄のはずがないだろ。……本当は気づいてるんだろ?自分の人生が上手くいかなかった不満を誰かのせいにしようとしただけの卑怯者だ、という事をな……」
そこまでが限界だった。
突如、幸福沢が歯を剥きだしにして目を血走らせながら激昂する--!!
「うるせぇ!!俺は絶対に正しくて崇高な存在なんだ!それ以上でもそれ以下でもねぇ!……例え、俺が無職になろうが犯罪者になろうが、悪いのはこの世で!!俺以外の奴等が全員クズだっただけだ!!」
激しく錯乱する幸福沢。
その様子を眺めながら、刑事がもう一人の相方に声をかける。
「……この様子だと、しばらく話は無理そうだな。……もう一つのあの事件の方が先に終わるかもな」
「そうですね。とりあえず、今回の取り調べの様子をまとめておきます」
そんな刑事達の会話で、録画された映像は終わりを迎えた……。
「……ナノ、今の映像を見てどう思った?」
「ん?あの刑事さんが言っていた通り、この幸福沢っていう人がただ単にミスマッチな仕事に就いて自棄を起こした、っていうだけじゃないの?私だって、生きていくためにこの仕事しているだけだし、働くていいならこんなハンターなんて危険な仕事辞めるけど?」
ナノらしい……と思いながら、苦笑をするつかさ。
そうしてすぐに真面目な表情になると、つかさは自説を述べる事にした。
「私もこの幸福沢という男に対してはその認識で問題ない、と思っているわ。……だけど、この男がこの終末世界と重要な関わりを持つような人間とは思えないのよね……」
「?それってどういう事?」
ナノの疑問に対して、つかさが相槌を打ちながら答える。
「この映像から分かる通り、この幸福沢という男は言葉でどう取り繕ったところで、自身の仕出かした行為の先に破滅しかないという事を理解しているように私には思えるの。……もしそうだとするなら、そんな自分の事を単なる社会不適合者だと諦めてしまっているような人物が、こんな世界を破滅させるほどの事象を引き起こせるとは到底思えないのよね……」
「……つかさちゃん、それってこの今みたいな世界になった原因はこの人以外にまだ別に何かがある、って言う事?」
「……この映像の刑事が言っていたように、『まだもう一つの事件がある』という事からも、この”幸福沢事変”だけを核心と捉えるのは早計に過ぎる、というモノよ。とりあえず、ミルクさんからもらった資料の通りに次は2階の資料室へと向かいましょう!」
こうして、つかさ達は新たな資料を探すために2階へと向かう事になった。