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居住区に帰還したつかさ達を出迎えたのは、つかさ達の生還を喜ぶ仲間達の声援……などではなく、応接室で怒りの形相を浮かべたギルド長の怒鳴り声だった。
「ば、ば、ば、バッカモ~ン!!貴重な旧時代の街並みを破壊する奴があるか!」
禿頭で鍛え上げられた顔つきに、血管を浮かび上がらせながら顔を真っ赤にして憤怒するギルド長。
それだけで見る者を竦み上がらせる威容だが、当のつかさ達は慣れっこなのか憮然とした表情のつかさと「ご、ごめんさ~い!」と言いながらも、苦笑を浮かべたナノがいた。
ギルド長もそんな2人に慣れたのか、煙草を吸って一呼吸入れて言葉を続ける。
「……良いか、お前達がいくら名うての冒険者とはいえ、そう何回も毎度のようにこんな問題ばかり起こしてどうするんだ」
「そうは言うけどギルド長、この居住区に”16の友達”を招き寄せるような真似をするわけにはいかないでしょう?」
”16の友達”。
それは、20年ほど前に突如この世界に姿を現し、人類が築き上げた文明社会を瞬く間に滅亡させた16種類の脅威的な怪物達の事である。
友達の出現によって、それまで繁栄を謳歌していた人類は瞬く間に激減し、世界の最底辺とまでいえる位置にまで追いやられたのである。
冒険者という存在は、そんな凶悪な友達が犇めく旧時代の遺跡などからかつての文明技術や貴重な資源など人類に有益なモノを持ち帰り、存続するコミュニティに貢献するという責務がある。
そんな有用なモノが眠っているかもしれない場所を、あろうことか冒険者であるはずの2人(正確にはナノだが)が破壊した事に対してギルド長が怒るのも至極当然の事と言えた。
「ふん、野犬くらいなら現在のギルドだけで充分対応出来たし、最悪の場合野犬達の対象であるお前達が犠牲になるだけで被害は最小で済んだんだ。以前のような”3つの約束事”の襲撃でもない以上、こんな事ばかりされては、こちらとしてもお前達を庇い切れんぞ!」
”3つの約束事”。
それは、16種いる友達の中でも凶悪な被害をもたらすことで有名な3種類の組み合わせの事である。
まずは、”人情鼠”という名前通り小型のネズミの姿をした友達が聞く者の胸を打つ感動的な小咄で人々の動きを止める。
そこへ”筋肉自慢のお兄さん”という圧倒的な武力を誇る友達が、剛腕で人々を蹴散らすのだ。
応戦しようにも”筋肉自慢のお兄さん”は大抵の攻撃を自慢の筋肉と腕っぷしで跳ねのけてしまうため、人々は我先にと逃げ出す他ないのだが、それすら知略を自慢とする”眠れる梟雄”という梟の友達に見抜かれており、この友達が仕掛けた鮮やかな策を前に全滅させられる事となる。
つかさ達は過去に、この居住区に接近していたこの”3つの約束事”を、甚大な被害を出しながらも倒した事があり、そういった事から冒険者として一目置かれるようになったのだ。
だが、ここ最近の彼女達はそんなかつての功績が霞むほどに、手にした戦果よりも与える損害の方が上回ってきており、冒険家業を生業とする他の同業者やギルドの上層部から彼女達の適性を問う声が大きくなり始めているのだ。
「このままでは冒険者資格を剥奪……どころか、これまでの損害を鑑みてお前達には強制労働用の収容施設送りになるしかないわけだが……」
「な、何言ってるのよ!!あんな脂ぎったオッサン達が犇めいている場所に行くなんて無理に決まってるじゃない!」
「そ、そうですよギルド長さん!どうか考え直してください!」
必死で懇願するつかさ達。
強制収容所は、コミュニティに対して甚大な被害を与えた罪人などを働かせる施設の事である。
非人道的な処置ではあるが、現在この世界では生存圏のほとんどを”16の友達”に支配されており、居住区の住人の食料や日用品などを生産するためには、必要悪としてこのような負の部分も公然の秘密として容認されていた。
「えぇい、静かにしろ!!そんなお前達に最後のチャンスを与えてやる!……!!ミルク君、あれを持ってきてくれたまえ!」
ハーイ!という掛け声と共に、ドタプン!と音がしそうなほどの胸を揺らしながらおっとりとした雰囲気の女性が資料らしきモノを抱えながら姿を現した。
彼女は『ミルクさん』と呼ばれているギルドの受付嬢であり、有益な情報を与えてくれたりする冒険者の頼もしい味方である。
だが、普段ならば頼りになる存在である彼女ではあるが、今後の進退が賭かっているこの状況では嫌な予感しかしなかった。
「……実はね、今回2人にはこの方の依頼である場所に調査をしに行って欲しいの」
そう言って、ミルクさんは2人に写真を差し出す。
そこには、眼鏡をした陰気な表情の男性が写っていた。
つかさは第一印象から、あまり親しくなりたくない人物だと判断していた。
「その方は、”16の友達”の生態やこの世界の在り方を調査しているパンナコッタ・アヘンダー氏です。彼によると、世界がこうなった原因が記されている重要な資料がある施設に眠っているらしいんです」
そうして、ミルクさんは次の資料を見せてきた。
「それがこの”MOTELニンジン”という研究施設です。今は人の手もつかず凶悪な”友達”が根城としている危険な地域ですが、2人にはこの場所からその重要な資料を持ち帰ってきて欲しいの……お・ね・が・い♡」
「……らしい、って。えっ?もしも断ったりしたら……」
「強制収容施設な」
速攻で望んでもいない解答をギルド長から引き出す事に成功したつかさ。
こうして、彼女達は帰って早々任務のために、研究施設”MOTELニンジン”へと向かう事になった……。