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「ナノ、大丈夫!?」


「ッ!?つかさちゃん!!」


 颯爽と駆け回ったつかさは、遂に3階にある転移先の部屋へと辿り着いた。


 そこで待っていたのは、囚われの状態で手足を拘束されているナノと……その横で憮然とした表情を隠そうともしない偏屈な男性:パンナコッタ・アヘンダーが部屋に入ってきたつかさを睥睨していた。


「数十年前の人物がどうしてここに……なんていうのも、無意味な質問ね。貴方が優れた魔導術士なら、延命する事くらい不思議でも何でもないものね」


「……ふむ、そういう事だよ。遠野木 つかさ。それでは聡明な君ならばこの研究所が如何なる施設なのか分かるかね?」


「……終末世界の資料が眠る重要施設、と答えたりなんかしたら落第同然でしょうね。……この施設を散策していたときから感じていた異常を思い返したら、答えは自ずと限られてくるわ」


 つかさが感じていた異常の正体、それは……


「……こんな陸地や人の手がついた場所にいるはずのない”癒しもたらす魔の福音ヒーリングヒトデ”や”強き頼れる父熊タノモシ・ロックベアー”が、本来の性質からかけ離れた習性を得ながらこの地を跋扈している……ならこの研究施設が持つ意味合いはただ一つ、人の手によって”16の友達”を強化改造している実験施設に他ならないわ!!」


「……ふむ、やはりそこに気づいたか」


 パチン、とアヘンダーが指を鳴らすのと同時に背後の壁が開く。


 そこにいたのは、培養液に浸かっていた多種多様な”16の友達”であった。


 その圧倒的な絶望的光景を前に、予想していた事とはいえつかさが絶句する。


 そんな彼女の表情とそこから察して二の句が継げなくなっているナノだったが、アヘンダーは自分で購入した二次元官能小説を読んでいたときのように、何の感慨も見せない表情のままつまらなさそうに言葉を続ける。


「……だが、遠野木 つかさよ。その答えではまだ及第点……満点の栄誉をくれてやるわけにはいかんな」


「……なんですって?」


 訝しげにアヘンダーを睨みつけるつかさ。


 だが、アヘンダーはその視線をものともせず淡々と返答する。


「……その話をするまえに遠野木 つかさとぽるの崎 ナノよ。君達は私に協力するつもりはないかね?」


「……パンナコッタ・アヘンダー、貴方と日和見崎が目指していたという”優しい世界の到来”とやらを実行しようとした結果が今の世界よ。これでもまだ、そんな馬鹿げた思想のために破壊的行為を繰り返すというのなら、私は断固として拒否するわ」


「わ、私も……つかさちゃんと結ばれたことは嬉しいけど、そのために酷い事を一杯世界中にばらまこうとする貴方の言う事なんか、絶対聞いてあげないんだから!」


「ナノ、私とのことそういう風に思ってくれていたんだ……!!」とこんな状況下ながらも嬉しくなりつつ、警戒心を緩めないよう気を引き締めるつかさ。


 そんな彼女とは裏腹に、アヘンダーはこの場で……いや、数十年前の映像記録の中でも見せなかった愉快そうな笑みを初めて見せた。


「……クククッ、私があんな愚か者と共通の理想を追っている、と?……それは一周回って逆に表彰したくなるほどの珍解答だな!」


「何ですって……?貴方は、日和見崎の理想に共感したからこそ、こんな大規模な行為に加担したんじゃないの!?」


 そんなつかさの問いかけに「あぁ、違うのだ。違うのだよ!」と演技じみた態度で仰々しく頭を振りながら、アヘンダーが否定の言葉を告げる。


「私はむしろ真逆の立ち位置の人間でね。……私から見ると、あの頃の人間は”優しさ”や”平和”などという美辞麗句のために、自分の身近にいる大切な人達を蔑ろにしながら、まともに思考しようとする事もなく、会ったこともなければロクに知りもしない他人や世界・社会という抽象的なモノのために、自分の持ち得る貴重な存在を黙々と差し出す哀れな豚共にしか思えなかった。そこで私は”優しさ”というモノを過大に妄信する狂暴な偽善者:日和見崎 ドル夫を利用し、彼から生まれた”16の友達”に人々が築き上げてきたモノを破壊させる事により、人々に”優しさ”という言葉への無思考・無批判な追従を辞めさせ、自発的に自分の言葉と実力で歩みと発展を進めるような存在へと生まれ変わらせようと考えついたのだよ」


 どんなに耳障りの良い言葉だろうと、それを持て囃すだけでは日和見崎のような人間が出てきたときに、人々は止めるための術を持たない。


 だからこそ、掲げている言葉ではなく、何が正しくて何が間違っているのかを自分達でしっかりと考え行動できるようになってほしい。


 全ては、そんなパンナコッタ・アヘンダーが人間に抱くには純粋すぎた期待が原因だった。


 それに対して、つかさは……



「……貴方の言い分と目指すべき道は分かったわ。そのうえでパンナコッタ・アヘンダー、私は貴方に”否”と告げさせてもらうわ……!!」



「……ふむ、理由を聞かせてもらっても良いかね?」


「……理由?そんなのは簡単よ。貴方がどんなに大層な使命を掲げたところで、貴方も日和見崎と同じく自分の理想のために多くの人達の運命を巻き込んだ存在で、そんな人間の下につくわけにはいかない、と私の意思がそう応えているからよ。……貴方の意見を聞いたからって、ハイハイ、とすぐに飛びついて手下になる選択っていうのは、まさに貴方が嫌う無思考で追従する人間そのものでしょうし、この選択の方が互いにすんなり納得できるんじゃないかしら?」


「……クククッ、流石聞いていただけはあるな。……さて、それでは君達に隠すことなく、この施設のもう一つの顔を教えようか。……それは、君達のような実力はあるものの、現在の人間社会において扱い損ねる人材をこの”16の友達”の餌や繁殖の対象にするための管理施設なのだよ……!!」


 そんなアヘンダーの言葉を皮切りに、彼のそばから魔導陣を通じて3体の友達が姿を現す。


「あれは、”被虐に啼く者エムブタ”と”ご奉仕花弁フラワー”!!……あれは、まさか”バッチ鯉”コイ!」


「冒険者をしているだけあって、なかなか姿を見せない”バッチ鯉”の事まで知っているとは流石だな。……知っての通り、この3体は特別戦闘向き、というわけではないので、普段の君ならば難なく倒せるだろう。……だから、というわけでもないが、相方のぽるの崎 ナノの命が惜しければ、下手な抵抗をすることなくそのままの姿勢でいたまえ」


「ッ!?つかさちゃん!!」


「……分かったわ。だから、ナノには手を出さないで……」


 ナノが止めようと声を上げるモノの、それで逆に決心がついたらしいつかさが抵抗の意思を投げ出し、降伏のため両手を上げる。


 そんなつかさに”ご奉仕花弁”が、花粉をつかさへと浴びせてくる--!!


 せき込むつかさに対して、アヘンダーがフム、と頷きながら、ナノの方を見やる。


「遠野木 つかさよ。君の提案なんだが……私の要求を跳ねのけた上に、こちらが絶対的に優位な状況下でそんなモノを受け入れるわけがないだろう?」


 今度は”被虐に啼く者”の豚鼻から放たれる♡マークの連続光線がナノのへその辺りに盛大に命中する--!!


「キャアァァァァァァッ!?」


「な、ナノ!!」


 ナノの腹部には外傷はないものの、♡マークの淫紋が浮かび上がっていた。


 再び荒い呼吸を始めたナノだったが、ここでアヘンダーは何故か彼女の手足の拘束を解き始めた。


「……さて、遠野木 つかさとぽるの崎 ナノ。私は君達の何だね?」


 突如奇妙な質問を2人へとするアヘンダー。


 答えるまでもなく、つかさとナノにとってパンナコッタ・アヘンダーという存在はこの終末世界の元凶であると同時に、自分達の大切なパートナーを害する脅威であり、倒さなければならない悪に他ならない。


 ならば、出てくる言葉は自ずと限定されたモノになるはずなのだが……


「そ、そんな事は決まっている……!!」


「わ、私達にとって貴方は……!!」





「「仕えるべき最愛のご主人様です!!♡」」





 口にしてから、自分が何を言ったのか分からないとばかりに驚愕の表情を浮かべるつかさとナノ。


 だが、自分達が直前に何をされたのかを思い出し、すぐに事態を理解していた。


「ご明察の通り、君達は私が呼び寄せた”16の友達”の能力によって、”ご奉仕花弁フラワー”を花粉を浴びた遠野木 つかさは奉仕癖が増大し、”被虐に啼く者エムブタ”の光線を受けたぽるの崎 ナノは被虐癖で喜ぶ痴女と化した。……そして仕上げはコイツで決めさせてもらおう……!!」


 アヘンダーが指を鳴らすのと同時に、”バッチコイ”が水しぶきを盛大に2人に浴びせる!!


「あぁっ!・た、大変!!ご主人様の御召し物まで濡れてしまいます!!……私が全身全霊身体を張って、綺麗にさせて頂きます……!!」


「はうぅぅぅぅん♡も、もっと、勢い良くぶっかけてください、御主人様ァッ♡」


 かつての2人を知る者が見れば、目を見開くほどの豹変ぶりである。


 アヘンダーはそんな彼女達の様子を見て頷きながら、解説を行う。


「知っての通り、”バッチコイ”の能力は、水しぶきを浴びせた対象の女性の妊娠確率を飛躍的に増大させる、というモノだ。君達のような自分の意思で歩み続ける者達をこのような形で手折る事になるのは私としても不本意ではあるが、私の道を阻もうとする以上は仕方ない。……君達には、次代を担うモノ達を生み出すための礎となってもらう事にしよう……!!」


 そんなアヘンダーの言葉と同時に、培養液に浸かった大量の”16の友達”がケースを割って出現し、情欲の熱を浴びた2人へと近づいていく。


 そんな絶望的な光景を前にしても、つかさとナノは逃げる素振りも見せずに、「御主人のご命令なら喜んで!!」と口にしていた。


「……それにしても、捕らえたぽるの崎 ナノはともかく、遠野木 つかさはもう少し抵抗があると思ったのだが……拳銃すら出す素振りもなかったあたり、やはり肝心なところで単なる小娘だった、という事か?」


「まぁ、もう私には興味もない事だがね」とアヘンダーが踵を返して、この場を立ち去ろうとした--そのときである!!





 ドガァァァァァァァァァァァァァン!!





 盛大な爆発音と共に、館内が盛大に揺れ始める。


 それと共に、メラメラと炎が室内にまで入ってきた。


「ッ!?な、なんだこれは!!……おい、遠野木 つかさ!この事態を引き起こしたのは、貴様か!?」


「は、はい、そうです~!!ナノが連れ去られたばかりの頃の私は、何かあったときのためにと

ナノの特大業炎魔術の影響でまだ燃え盛っていた廊下を消火する事もせず、あろうことかありったけの銃弾をその中に投げ入れて更なる発火を促していたんです~~~!!……それが、このような形で御主人様の御手を患わせてしまうなんて……ご奉仕する者として失格です~!!」


 だから、と呟くのが先だったか。


 突如、それまでの態度から一転、つかさがすくっと立ち上がったかと思うと、素早くアヘンダーへと突進する--!!


「グガァァァァッ!?」


 つかさの鮮やかな体術で、組み伏せられたアヘンダー。


 地面に顔を押しつけながら、アヘンダーは完全に困惑したきった声を出していた。


「な、何故だ……訳が分からぬ!!」


「……あぁ、これ?私の武器は拳銃なんだから、銃弾が尽きたときにも対処が出来るよう奥の手は持っておくべきでしょう?冒険者としての鉄則よ?」


「そ、そうではない!!貴様、”ご奉仕花弁フラワー”の花粉を受けておきながら、何故、自分の意思で動けるんだ!?」


「あぁ、それね……」と白々しく答えながら、つかさが続ける。


「ほとんど偶然みたいなモノだったけれど、私が事前に仕掛けておいた行為により主人たる貴方に反逆した事によって、貴方に奉仕する資格がなくなったから、”ご奉仕花弁フラワー”の効果が切れたってところじゃないかしら?……私が自分で狙ったわけじゃないけれど、何が起きたのか理解した時点で自然とやるべきことは決まっていたわ」


 長年生きていた中で、こんな事例は初めてだったのだろう。


 アヘンダーは苦り切った顔をしながらも、思い出したようにハッ、と顔を上げる。


「ならば、”被虐に啼く者エムブタ”の効果を受けたぽるの崎 ナノよ!!貴様はまだ私の忠実なるしもべのはずだ!!今すぐ、私のためにコイツを排除しろ!」


 アヘンダーが勝利を確信した顔で呼びかける。


 つかさにとって、絶体絶命!!……かと思われたのだが。



「ふえぇぇぇっ……なんだか、ポカポカお部屋があったかくなってきたし、気分もすっごくエッチだよ~!!」



 そんな状態で四つん這いになりながら、間抜けに臀部を左右に振っていた。



「ナノは魔導術士なんだから、それが使えるような状況じゃないなら戦力になるはずがないじゃない。……そんな事も分からないの?」


「……冒険者としての鉄則と言っていたのは貴様ではないかァァァァァァァァァァァァァァァッ!!詭弁を弄すなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 アヘンダーが今まで見せた事のない必死の形相で、つかさに叫ぶ。


 奇しくもその姿と言動は、アヘンダーによって改造処置を受けた日和見崎 ドル夫と酷似していた。


「糞、さっさと私から離れろォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!体に触れるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 数奇なる歴史の符合はまだ続いていた。


 その言葉に反応したわけではないのだろうが、部屋の様子を観察していたつかさが突如、パッと拘束していた腕を外した。


「……そこまで言うなら、ここで開放してあげるわ。……ナノ、行くわよ!!」


「……はうぅぅぅぅん、待ってぇ~、つかさちゃん!!」


 主人であるはずのアヘンダーを案じる事もなく、つかさの呼びかけに嬉しそうに答えながら手をひかれて去っていくナノ。


 瞬く間に、2人の姿は見えなくなっていた。


「……ふん、何だったんだアイツ等は。……だが、まぁ良い。所詮根っ子の部分で詰めが甘い小娘共だった、というだけの話だ。奴等には私を活かしておいた事を後悔するような」


 刹那、轟音を響かせながら強大な爆発がアヘンダーや内部にいた改造生物達を余すところなく呑み込んでいく--!!









「……ふぅ、どうやら間一髪、ってところだったようね」


 後ろにナノを乗せながら、バイクで颯爽と駆け出していくつかさ。


 背後には業火に燃える研究施設が崩れ落ちようとしていた。


「あの様子だと、アヘンダーは確実に死んでいるでしょうけど……困ったことに、帰る場所がないのよね……」


「え?どうして?ギルドに戻れば良いだけじゃないの?」


「そのギルド側が私達をアヘンダーに売ったからよ」


 何を言っているのか分からない、という風にキョトンとしているナノに、つかさは説明を続ける。


「相手は私達の名前だけじゃなく詳細な情報まで既に知っていたわ。……あの研究施設の用途に問題人物を間引く、というモノがあった事を考えると、ギルドという組織はアヘンダーが目指すような望ましい形で自主的に動く人物を育成し、それに適性があるかどうかを見定めるために設立された可能性もあるわね……!!」


 ひょっとしたら、あの人が良さそうなミルクさんですら、あの屈強なギルド長に既に組み敷かれて従属牝奴隷に貶められているのかもしれない……そう考えると冷徹なはずのつかさの心にも苦いモノが広がっていた。


 そんな彼女の心境を慮るように、ナノが心配そうに声を掛ける。


「……ゴメンね、つかさちゃん。色々大変なのに、私がこんな事になっちゃって……」


 ”バッチコイ”の影響はつかさもだが、ナノは”盟約果たす白兎ワンダー・ラビット”と”被虐に啼く者エムブタ”という2種類もの友達によって『魔力の自然回復が出来ない』うえに『誰かに従属する牝奴隷』状態になってしまった。


 この先も治る見込みはなく、困難を強いられることは間違いないだろう。


 ……だが、それでも。



「愚問よ、ナノ。私は、貴方とならどんなところでだって生きていけるわ!」


 意気揚々と、背後のナノに答えてみせるつかさ。


 それに対して、ナノは……



「……うん、そうだよね!つかさちゃん!!」


 目じりに涙を浮かべながらも、満面の笑顔で大切なパートナーに答えるのだった。





 ~~fin~~


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