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荒廃した街並み。
かつて栄華を極めた文明の後は見る影もないこの場所を、2人の少女が散策していた。
「つかさちゃーん、何か珍しいモノとか見つかったー?」
ショートボブにハートの形をした髪留めをした少女--ぽるの崎 ナノ--が場に似つかわしくない明るい声音でもう一人の相方に問いかける。
対して、ポニーテールを揺らす少女--遠野木 つかさ--は廃墟と化した家屋を散策しながら、険しい顔つきで答える。
「……駄目ね。ここには何も目ぼしいモノはないみたい。それよりもナノ、散策中には不用意に大きい声を出さないでって何度も言っているでしょ。でないと、奴等に気づかれる事になるわ」
「ご、ごめん、つかさちゃん!……でも、もう気づかれちゃったみたい……」
そう言ったナノが恐々と見つめる先には、墨を垂らしたような漆黒の色をした3頭の野犬が自身の身体から瘴気を迸らせながら、こちらの様子を伺っていた。
その不気味な姿を視界に捉えたつかさが舌打ちをしてしまうのも無理はない事だろう。
何せ相手は単なる野犬などではなく、このような世界を創り出した一因ともいえる厄介な存在なのだから。
「”16の友達”の内が一種・”執拗に執着する魔犬”……!!よりにもよって、一番逢いたくない奴に出くわすとはね……!」
そう呟きながらもチラリ、と横目で辺りを観察するつかさ。
(……ここで”執拗に執着する魔犬”に遭遇したのは不運としか言いようがない事だけど、”恋も仕事も猪突猛進”がいないなら、まだどうとでも切り抜けられる……!!)
そう判断したつかさは、旧時代然としながらもスタイリッシュな様相をしたバイクにまたがると、野犬を見ながら戸惑っていたままの相方に檄を飛ばす。
「早く乗りなさい、ナノ!!アイツ等が本格的に動きだす前に早くこの場を逃げ出すわよ!」
「う、うん!収穫物はなかったけど仕方ないね……分かった、あの子達が気持ち悪い事している間に全力エスケープに勤しもう!」
見れば3頭の”執拗に執着する魔犬”は、つかさ達を警戒しながらも注意深く床を嗅ぎまわり何かを探していた。
”執拗に執着する魔犬”はいきなり相手を追跡し始めるのではなく、まずは対象の毛髪や使用した道具などを見つけ出し、それらを嗅ぎわけたり舐めしゃぶって対象に想いを馳せる時間を堪能する、という習性を持っている。
この行為には結構時間を要するため、その間に逃げ切れば(万全とは言えないが)ハンターズギルドに相談したり、公共の連絡網で一切自分の情報を公開しないようにする、などある程度対応は出来る相手ではあるのだが、ひとしきり行為を終えて疾走し始めた彼らの動きはとても早く、もしも彼らに追いつかれてしまうような事になれば、悪質なストーキング行為によってその後の人生を盛大に潰される事となる。
ならば、嗅ぎ分けている最中を攻撃して倒すというのは最善であるかのように思われるが、それは一介の冒険者にはなかなか難しいと言わざるを得ない。
刃物で斬れば血に込められた絶命の間際の呪いがその刀身を蝕み、人に譲渡しようが関係なく必ず元の持ち主を非業の死へと誘う悪しき魔剣と化す。
拳銃などを使えば魔犬の体内に残った銃弾から仲間が臭いを嗅ぎ分け、仲間を失った怒りと本来の習性から集団でより苛烈なストーキング行為に走るようになる。
半端に倒せば大いなる禍根を残す。
そう言った原則を体現したこの恐るべき野犬から、バイクに乗って距離を取る2人。
まさに敗走としか言いようのない事態に思われたが、ハンドルを握るつかさの口元には獰猛な笑みが浮かぶ--!!
「さて、こんだけ距離も空いたからもう十分でしょ。……ナノ、盛大にやっちゃいなさい!!」
そう言ってブレーキを踏んで一旦停止したつかさの言葉を合図に、僅かに背後に見える魔犬達に向けてナノが両手を翳す――!!
「うん、OKだよつかさちゃん!!……”藤っ子、良い子、元気な子。ここ万象の理を以て、我、ぽるの崎 ナノ が命ずる--!!”」
ナノの口から荘厳な響きの言霊が紡がれる。
刹那、彼女の手のひらに眩き輝きを放つ紅蓮の火球が顕現する--!!
「しっかり召しあがれ♡”ラブ・スパイスメテオ”!!」
圧倒的な質量を伴なった灼熱の業火球が、”執拗に執着する魔犬”を跡形もなく焼き尽くしていく--。
「……ど、どど、どうしよ、つかさちゃ~ん!!やっぱりあの威力だと旧時代の建物とかにも絶対被害とか出てるよ!?」
「……確かに勿体ない気はするけど、さっきも言った通りあの場所にはほとんど目ぼしいモノはなかったわ。今はあの執拗な野良犬達から今後も執拗に狙われる可能性が取り除けただけ良しとしておきましょう」
「う、うん、そうだよね!ハンターズギルドに相談したところで、機敏に動いてくれるとは限らないわけだし……でも、やっぱり今回の事でギルドの偉い人に怒られたりしないか心配だよ~!」
「そうね……まぁ、とりあえずどっちみち報告はしなくちゃいけないから、今はギルドに帰還する事を優先するわよ」
「うん、分かったよ、つかさちゃん!!」
終わりの見えない終末の世界で、それでもいつも通りの冒険者家業に身を投じるつかさとナノ。
……しかし、このときの2人は知る由もなかった。
彼女達にとって何の変哲もないこの出来事が、この終末世界の核心に触れる一大事件の始まりに過ぎぬという事を。