6
僕は、神社の境内の中で、一人の女の子を見つけた。
習い事が嫌になって、教室を逃げ出したときは、僕はいつもここに来る。
いつも誰もいない神社なのにその子がいて、僕はとても驚いた。
その子はどうやら、泣いているみたいだった。
僕はその子のことがどうしても気になった。
だから、僕は迷わず声をかけた。
「ねえ、君は、なんでこんなところで一人、泣いているの?」
その子は、僕のことを見るなり、きっと睨みつけてきた。
僕は━━怖くなった。
今まで友達と喧嘩したりすることもあったけど、多分、誰かの怒っている顔をみて本気で怖いと思ったのは、この子が初めてだと思う。
だから、後悔した。
僕はなんでこんな子に声をかけてしまったんだろう。
こんな怖い子に声をかけるくらいなら、一人で遊んでたほうが楽しかったのに。
でも、
「ねえ、僕の名前は、神宮寺春翔。僕と一緒に、遊ぼ?」
僕は、その子に声をかけていた。
だって、その子の表情は、怒っているのは本当だけど。
なんだかとっても、寂しそうだったから。
ーーーーーーーーーー
俺は、暗い部屋の中で目を覚ました。
もう、何度目か分からない、浅い眠り。
何か、夢を見ていた気がする。そしてそれは、小さい頃の思い出に、少し似ていた。
神社で一人泣いて居た女の子。今思えば、彼女の身なりは少し、おかしかった。
確かあれは、四月の上旬だっただろうか。まだ肌寒い季節だというのに、上着は何も着ずに、白いワンピースを一枚だけ着ていた。
体は傷だらけで、痩せこけていた。
あの頃は気付かなかったけど、それはどう考えても━━
「......あれ?」
なんで俺は今、こんな事を思い出しているんだろう。
どうして今、こんな事を━━
「春翔さんっ、ご飯をお持ちしました」
そんな事を考えていると、また、風莉さんがやって来た。
彼女は俺の様子を見ると少し、心配そうな表情を浮かべている。
暗い部屋で、ずっと一人。
時間感覚が狂っていて、あれからどれだけ時間が経ったのかも分からない。
1日はまだ経っていないだろうけど、今が昼なのか夜なのか、それさえも、俺には分からなかった。
「ずっと不自然な体勢で固定されていると疲れると思うので、胃に優しい薬膳粥を作って来ました。これ、私の手作りなんです。春翔さんのお口に合うかわかりませんが......」
風莉さんはそんな事を、何も悪びれていない様子で言って来る。
風莉さんは、杏梨が俺の命を狙っていると言っていた。
だから、私が春翔さんを守ってあげます、と。
訳が分からなかった。
確かに、杏梨の行動は、最近よく分からない。
今までの事件の犯人だと言われても、まあ100歩譲って、分からなくはない。
けれど、これは、一体なんなんだ?
俺は、改めて自分の体を確認する。
縄で体を椅子に縛りつけられていて、身動き一つすることができない。
これは、守ってくれている、だなんて生易しい言葉では片付けられない。今の状況はまさに、ていの良い監禁だった。
「風莉さん......」
多分、今風莉さんに逆らっても意味はない。それは、『さっきまで』の、何回かのやりとりで、もう嫌という程分かっていた。
俺が縄を外せと言っても、彼女は悲しそうな顔をした後、部屋から出て行ってしまうだけだ。
だからこそ、俺は少し、態度を変えてみることにした。
「風莉さん、やっと来てくれたんだ!」
俺は、風莉さんに向けて、できるだけ柔らかく見えるように、笑顔を向けた。
少し、やり過ぎたかもしれない。
けれど、今のこの状況を打開するためには、俺はこれくらいしか方法が思いつかなかった。
俺は、精一杯の笑顔を風莉さんに向ける。
風莉さんは顔を伏せてしまって、俺の位置からはその表情はよく見えない。
失敗......したか?
しかし、
「春翔さん......やっと、分かってくれたんですか?」
風莉さんはそんな俺の態度がたいそう嬉しかったのか、先ほどまでとは別人というほどに破顔の表情を浮かべている。
俺は額に汗を浮かべながら、先ほどまで考えていたセリフを口にする。
「あ、ああ、この部屋で長い時間ひとりだったから、色々考えてみたんだ。それで、気付いたよ。風莉さんは杏梨の魔の手から、俺を守ってくれているんだよね。ありがとう」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
風莉さんは顔を真っ赤にして、嬉しそうにしていた。
「分かっていただけたならいいんです! 春翔さん、ずっと私の事を悪者でもみるような目で睨んで来るんですもの、私びっくりしてしまって。あ、春翔さん、そういえば何か、困ったことはありませんか? 何か欲しいものでもあれば、今すぐ用意します! 」
よし、予想通り。
先ほどまでとは一転。
いつもの風莉さんに、少し戻ったような気がする。
俺はここ数日の経験から、ほのかしかり、刹那先輩しかり、否定的な態度をとるとロクなことにならない事を学んでいた。
だからこそ、いくら今の状況が不合理なものだとしても、風莉さんを否定してはいけない。そう思った。
とはいえ、いつまでもここで無為に時間を潰しているわけにもいかない。
俺には、風莉さんの言うように、杏梨が今までの一連の事件の犯人だとは思えない。
だからこそ、杏梨の行方が分からなくなっているのが心配だ。
俺はここで、一つの賭けに出る。
「風莉さん、欲しいものは特にないんだけど。実はさっきから、トイレに行きたくて......。このままじゃ色々まずい事になるし、この縄、外してくれないか━━」
「それは、駄目です」
風莉さんはその笑顔をピクリとも動かさず、その言葉を言い放った。




