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今日は、清々しい朝だった。春の日差しが暖かく、外では小鳥たちがさえずっている。
きっと誰しもが思うだろうが、こんな春の暖かい日の朝は、二度寝に限る。
結局昨日も、何がファイナルなのかわからないファンタジーゲームの新作をやってたら、寝るのが遅くなっちゃったしな。
よし、寝よう。おやすみなさーー
「はーるくんっ。はーるくん!朝ですよ!!朝!学校遅刻しちゃいますよ!?早く起きないと、不良になっちゃいますよー!」
うん、うるさい。ねれない。
「はーるーくーん!!!」
部屋のドアの向こうから、朝だというのになんともやかましい声が聞こえてくる。
まったく......もう少し静かにしてもらえないものか。
「だぁーっ!ほのか。俺はもう起きてるよ!わかったから、起きるから!ご近所迷惑になるからその大声出すのはやめなさい!!」
こいつは幼馴染の芒野ほのか。俺の幼馴染で、朝が弱い俺を毎日起こしににきてくれている。
「ご近所って言っても、お隣さん、うちの家ですし。だから大丈夫だよ!お母さんももう仕事で出てっちゃったから、迷惑とかないしね。そ、れ、よ、り、ご飯もう出来てるんだから、早く起きてー!ダラダラしてたら冷めちゃうよー」
もちろん、起こしに来てくれることはありがたい。ありがたいのだが......もう少し優雅な起こし方もあるんじゃないかな?
俺はそれが贅沢と分かっていても、ついそんなことを考えてしまう。
「もうー!起きてー!おーきーてーくーだーさーい!!」
む。
「だからうっさい!」
「あだっ......っ!?」
俺はドアを開けてほのかの額にチョップをかます。
普通、異性の幼馴染が朝部屋に起こしに来てくれるなどと言えば、少しは良い雰囲気になりそうなものなのだが......ほのかはこの調子だ。まあ、そのおかげで変に意識しないで済んでいるというのもあるのだが。もう少しなんとかならないかなぁ〜。
男子の夢じゃん、可愛い女の子に優しく起こされるのって。
俺は部屋のドアをロックし直し、壁に掛けてある制服に手を伸ばす。
「今すぐ着替えるから、ほのかは下で待っててくれ」
「はーい。急いでくださいよ?待ってますからね!!」
俺は素早く制服に袖を通し、下の階のリビングに降りることにする。
リビングの戸を開けると、ほのかはニヤニヤとしながらテーブルに皿を並べていた。
「えへへ......はるくん、今日も寝顔可愛かったなぁー......」
「まったく、お前ははまた、よくわかんないことを━━」
ん?
部屋の外にいたはずのに、何言ってんだ?
あいつ。
ーーーーーーーーーー
「はい、どうぞ、お味噌汁です」
「あぁ、ありがとう」
俺はほのかの手から、味噌汁の入ったお椀を受け取った。
出汁の匂いが漂ってきて、なんだか幸せな気持ちになる。
やっぱり、日本人の朝飯って言えば和食だよな。
白いご飯にお味噌汁。
うん、うまい。
「美味しそうでよかったですっ」
ちなみに、俺、神宮寺春翔にはもう両親はいない。
我が神宮寺家は元々、この神凪町では、かなり名の知れた名家だった。
しかし、俺が物心つく頃には祖父母がすでに亡くなっいて、数年前にも俺の両親は交通事故で他界してしまった。
だから一時代気づいたという神宮寺家も、両親の残してくれた遺産を全て売り払ったために残った資産と、賃貸用にと所有していたこの家以外に、もうその繁栄の面影を残すところはない。
親戚がいなかった俺は、本来路頭に迷うか施設に入る羽目になるところだったのだが、不幸中の幸いだろう。
資産総額はなかなかの物だったので、むこう3〜40年分の生活費には困らない。
たまに生活を確認しに来てくれる後見人的な人はいるのだが、俺はなんとかみんなが一緒に住んでいるこの町で、一人暮らしの生活を営むことができている。
そんな独り身の俺に、ほのかは献身的にも毎日ご飯を作りに来てくれている。
さっきはつい雑に扱ってしまったが、ほのかには感謝しきれない。
本来なら男の家に毎日ご飯を作りに言ってるなんて言ったら親が怒りそうなものだが、ほのかのお母さんは非常にさっぱりした性格の人で、
「春跳くんもほのかも、1人で飯を食うくらいならもう、一緒に飯を食べてしまえばいいのだ!」
だなんてことを言い出した。
いや、ありがたいけど、いいのかそれで。
さて、それにしても━━
「ほのか、お前料理の腕皿にあげたな。なんか、高級料亭とかとは違うんだけど、毎日食べたくなる味?ていうか。お前、きっといいお嫁さんになるぞ、うん」
「お、およめしゃんですかっ!? な、な、そそそそれって、つまりはるくんのお、およめさんに...」
そんな、いつものように馬鹿話を話をしていると、
ピンポーン
ん?
玄関のチャイムがなったらしい。
ピンポピンポピンポピンポーン
あ〜。これはーー
「あーっ、もういいところに〜!」
俺が立ち上がるより早く、ほのかがバタバタと玄関にかけていく。
そして、大きな声でチャイムの主に怒鳴りつけていた。
「もう!せっちゃん!!なんなんですかいきなりー!いいところだっまのにー!!」
「ん。なにやら、ラブコメちっくな雰囲気を感じたのでちょっと邪魔してみた。それよりほのか、時間は確認してる?急がないと、そろそろまずいと思うんだけど......」
彼女はほのかと同じく、俺の幼馴染の朝比奈刹那。
学園始まって以来の天才と呼ばれているが、かなりの人見知りである。
一個上の先輩なのだが見た目は完璧に小学生。昔から子供っぽい見た目がコンプレックスで、それも原因の1つなんだろうか、極度の人見知りなのだ。
初対面の人には親の仇を見るような目で睨むのだから、そこが残念ポイント。せっかく顔は整っていて、可愛いのに。
「って、ホントだ!刹那先輩が来てくれなきゃ気付かずに、ほんとに遅れてたかも!ほのか!準備急ぐぞ!!」
「わわわっ、ほんとです〜!」
俺は壁にかかっている時計を見て、ほのかにも準備を促した。
二人揃って、慌てて料理をかきこむ。
「お待たせしました!刹那先輩!!」
玄関を開けると、刹那先輩が家の門に背を預けて立っていた。
「むう。だから、私のことは、昔みたいにせっちゃんでいいのに。はるとはまったく」
「だから、流石にそれは恥ずかしいって、もうそんな歳でもないし...」
そんな、毎朝恒例のやりとりを刹那先輩と話していると、後ろからほのかが慌ててやってくる。
「遅れてすみませんっ!さ、行きましょうか!........あ、そうだせっちゃんせっちゃん!!昨日のあれ、みましたー?!」
「ほのか。おはよ。うんと、あれって、もしかして最近うちの街にもやっとできたケーキ食べ放題の...」
「そうそうっ。よかった、せっちゃんも見てたんですねー!今日の放課後、よかったらみんなで行きましょうよー!!」
「それはかなり、素敵な話かも。はるともちゃんと来るでしょ?」
「ああ、もちろん」
そんな、たわいない会話をしながら、俺たちは今日も学校に向かった。
ーーーーーーーーーー
三人で登校していると近所のペットショップが見えて来た。ここのペットショップは街で唯一のペットショップで、動物好きが多い神凪町ではかなり繁盛している。
「あ!はるにいにほのちゃん、せっちゃんもおはよー!もう、遅いよー!ボク、待ちくたびれちゃった!」
「おう!おはよう!!悪いな、今日はいつもより遅れちゃって......」
そんなペットショップからで出来た彼女は、俺の三人目の幼馴染、来栖杏里だ。
俺の一個下の後輩でそこのペットショップの一人娘だ。彼女は凄まじい動物好きで、どんな動物とでも仲良くなれる。
犬や猫など、杏里が頼みごとをするとなんでも言う事を聞いているのを見ると、もしや、本当に動物達と会話できているんじゃないか。そう疑うくらい動物と仲が良い。
今も、どうやら近所の野良犬と戯れていたようだ。
「それじゃあ、コマ、とサブロー、またねー!......っと、それじゃはるにい達も来たことだし、今日も学校へ、れっつごー!!だね!!」
そうして、いつもと同じように学校に登校すると、校門の前にはこれまたいつもと同じように、黒塗りの高級車が止められている。
「それではお嬢様、行ってらっしゃいませ。」
「ええ、行ってまいります。毎朝ご苦労様です......って、あら?春翔さん?」
車から出てきたのは、俺の最後の幼馴染、祁答院風莉だ。
彼女はこの町一番の名家、祁答院家の一人娘。言葉の端々、小さな挙動一つ一つが優雅で、長い黒髪の似合う、和風お嬢様を絵に描いたような人である。
しかも、それに加えて、成績優秀、容姿端麗。裁縫や料理まで完璧、というまさにパーフェクトお嬢様だ。
「あ、風莉さん、おはようございます!」
「ん。風莉、おはよう」
「ふうねえおっはよー!!」
「あらあら。ほのかさん、刹那さん、それに杏梨さん。おはようございます。朝から皆さんに会えてラッキーですわ。春翔さんも、おはようございます。」
「うん、風莉さん、おはよう!」
やっぱり、絵になる人だなぁ〜。お朝の挨拶一つからも、気品が溢れ出ている。
まった雨、ほのかと刹那先輩、杏梨にももう少しこの歩く大和撫子を見習ってほしいものだよ。
すると刹那先輩がこちらをジト目で見てくる。
「ん。はると。鼻の下が伸びてる。へんたい」
「ほんとですっ!はるくん酷いです!私というものがありながら、風莉さんにだらしない顔して!」
「あ、鳥さんおっはよー!」
「し、失敬な!鼻の下なんか伸ばして無いぞ!」
いや、少しは伸ばしてたかも...?
って、なんか一人鳥と戯れてるやつもいるが.....まあ、それはいいか。
「あらあら、春翔さんたら。そんなに見たいなら、いつでも行ってくだされば......」
風莉さんまで変なモードに!?
そんなこんなありながら、今日も俺達の1日は始まるのだった。
ーーーーーーーーーー
2-3教室
下駄箱まで4人で登校するが、俺とほのか以外は教室が違うので俺たちはいつも通り、そこで別れる。
俺とほのかはそのまま二人で我らがホーム、2年3組の教室に入った。
するとーー
「よっ!神宮寺!ほのかちゃんもおはよー!今日も可愛いね〜、どう、俺と付き合わない?」
朝っぱらからこんな風に声をかけてくるのは俺の悪友、皇賢人。
「おい、朝っぱらから俺の幼馴染を口説くな」
全く、こいつは......ナンパなのもいい加減にしてほしいぜ。悪い奴じゃないんだけど。
「はるくん......そんなこと言ってくれるなんてっ......嬉しいですっ。あ、皇君はあっち行ってていいですよー」
「ひ、酷いなっ、ほのかちゃーん。まあ、分かってはいたけど......それにしても、俺毎回思うんだよな。なんで、学園五大美女のうち、まさかの四人が、神宮寺ハーレムなんかにねえー」
俺はその単語を聞き、少し顔をしかめる。
「お前、またそんな事......『神宮寺ハーレム』とか、人聞きの悪いこと言うなよな。つか、お前の方こそハーレムみたいなの作ってんだろうが....」
そう、ギャルゲーの主人公の友達ポジションのような話しかけ方をしてきた、この皇賢人という男。キャラに似合わず異様にモテる。
彼のいう学園五大美女とやら以外の、可愛い女の子はみんなこいつの彼女。しかも修羅場になったなどという暗い噂は一度も聞いたこともない。
一体全体、現実はどうなっているんだ。
「何だよ、いいじゃんハーレム。ハーレムも男の甲斐性だと俺はーー」
「そんなことより、はる君!!さっきせっちゃんたちと話してたケーキ屋さん!放課後みんなで行きましょう!あーっ私楽しみです!!」
「あ、あのー?ほのかちゃーん?まだ俺、話してるよー?前からだけど、ほのかちゃんって神宮寺以外には......いい加減容赦無いよね、ほんと」
そんな風に下らないことを話していると、担任の先生が出席簿を持って教室に入ってくる。もう、そんな時間か。
「ほらー、お前ら全員、席につけー!ホームルーム始めるぞー」
「ほのか、皇、席戻れって......皇は後でちゃんと話、聞くから、な? 泣くなって....」
ざわざわとしていた教室も静まり、朝のHRが始まる。
「よし、出席とるぞ。あ、神宮寺、芒野、お前らは放課後生徒会室に行くように。生徒会長がよんでたからな、わすれるなよ。よし、それじゃあ、出席取るぞ。赤城......」
生徒会長?
ほのかも、不安そうにこっちに視線を送ってくる。俺たち、何かしたかな??
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放課後 生徒会室前
俺とほのかは、帰りのホームルームが終わるとその足で生徒会室に向かった。
部屋の前まで来ると、どうやら刹那先輩と風莉さん、杏梨も呼び出されているようだった。
「はるくん、もしかして...」
ほのかは俺の方を見ると、不安そうに俺に訪ねてくる。
「ああ、このメンツが呼ばれてるってことは、多分......」
「ん。その、もしかしてだろうね」
「そうですね〜」
「ん?何の話?ねえ、何の話ー?」
一人分かっていない奴がいる様だが、この際面倒だ、放っておこう。
俺はトントンと、慎重に生徒会室のドアをノックをする。
しばらくして中から「入りなさい」と言う声がしたので、俺は生徒会室のドアノブに手をかけた。
「さあ、今日こそ決着をつけますわよ。現代社会研究部」
中で待っていたのは、我が学園の生徒会長、星羅院アリサが座っていた。