ブリューナク
「そういえば、名前なんだっけ?」
「ローウェル・マクナイト、Aランカー。あなたはご存知ありませんか?ローウェル財閥。この国の一角を担う一族です。彼はその基盤となった会社を創設したローウェル・ヒッチの孫にあたります。年齢27歳身長182センチ、体重59」
「はいはい、もういい。そこまで聞いてないから」
「そうですか。それにしても今日はどういう風の吹き回しですか?」
「いや、別にどうもこうもねーよっと!」
「そうですか。では今日はこちらから回線遮断いたしましょうか?いつもならとっくに回線をお切りになっているはずですので」
「・・・・くっ。わかった!謝るよ!!悪かった、俺が悪かったよ!だから教えろ!なんなんだあの武器は!!」
「その前に」
「ん?」
「次弾、避けてください。死にます」
「うっせーー!わーってるよ!!」
前方に輝く眩しい光の矛先がインフレの顔面を捉えているのが分かる、その瞬間、放たれるとほぼ同時に光が顔をかすめるように通り過ぎる。そしてインフレは苦悶の声を漏らした。
「いってえええ!!くっそ!耳が!耳が飛んだ!」
痛みに耐え倒れこむすんでのところで踏ん張ったインフレは崩れ落ちそうになる膝に力をこめ立ち上がった。そしてすぐさま構える。ざわめきと歓声の中、ローウェルは余裕の表情でこちらを眺めている。しかし、その腕に抱えられた武器は常にインフレに照準を合わせていた。
「ブリューナク。一見すると槍のようですが、実際のところはレーザー銃です。あの攻撃は今のところ避ける以外に方法はありません。当たったら最後身体に穴が空きます」
「はぁ!?それだけかよ!」
「いえ、もうひとつだけ」
「なんだ?」
「耳、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なわけないだろ!!消し飛んだわ!」
「そうですか?わたしにはまだついているように見えますが、耳」
インフレは脳内で響く淡々とした声にようやく冷静になったのか、恐る恐る耳に手を当てた。
「熱っ」
半分溶けてなくなったピアスが耳に引っかかっていた。その熱とかすめた時の余波でやけどは負っていたものの耳自体はなんとかその形状を保っていた。インフレはその引っかかった残りのピアスを抜き取り外すと再びエリカに話しかけた。
「悪りぃ、あったわ耳。とりあえずわかったことは、俺はあいつを舐めてた。どっかの金持ちのボンボンが道楽でやってるだけだってな。でもさすがAランカーだ。持ってる武器もすげぇけど、こうしている間もあいつには隙がない。常に気を張ってる、顔はムカつく余裕顔してるけどな」
見据える先、ローウェルはさすがにしびれを切らしたのか数歩、歩み寄りながらインフレに話しかけた。
「お話し中のところ悪いね、インフレ君。ただ君の言っていることは間違いないよ。僕は金持ちだ!そしてボンボンだ!そして、このカプセルでここに存在しているのはただの道楽なのだよ!こうして君みたいな新参者の、いや、エーーースの成長を一番間近で見届けるのが大好きなんだ!ただね、インフレ君。最近はこの道楽も退屈なんだ、失望が多すぎる!!高望みなのかもしれないが、僕のこのブリューナクの前では」
「話が長いのでここで根本的にわかっていないインフレのために講義を行います」
唐突に淡々に脳内に響いたエリカの声が耳から入るローウェル言葉を寸断した。
インフレは装着したゴーグル:コネクトの画面を見ると、そこにはエリカが手動で遠隔操作したマニュアルが流れてきた。
「本来なら全部自分でできることです。今のうちに頭に叩き込んでください。操作は簡単なはずです、思考してください。それが操作方法です。試しにアイテムを買ってみましょう」
「あーこれか」
アイテム一覧。装備中のアイテム、高周波ブレード。盾。
前回勝利獲得アイテム、高耐スーツ。
「違います。それは現在の所持品です、スクロールしてください」
「あーこれか、課金アイテム購入一覧。ってかあいつまだ演説してんぞ?」
「好都合です、続けてください。というか彼に感謝してください。もとはと言えばいままでこんな初歩の初歩を知らないあなたが問題なのです。自分で操作できればそのほうが圧倒的に早いのは言うまでもありませんから、Aランカー戦ではなおのことです」
「えーっと所持金四千万。よ、四千万!?」
エリカの指摘を完全無視して驚愕するインフレに淡々と説明を続ける。その先で未だローウェルは語りを止める気配はない。実況アナウンスも茶々を入れてその流れを止めようとするが、そんな言葉など彼には届いていない。観客のざわつきなどは言うまでもない。
「課金ユーザー様様ですね。Aランカーなりたてでその額はなかなかのものです。試合中でも課金できますので、まだ増える可能性はありますが、大事に使っていきましょう。試合内で課金アイテムを買えるのは2回までですので。ちなみに余談ですが、彼が装備しているブリューナクの評価額は2億です。毎試合それを用意できる彼の資金力はやはり、さすが財閥といったところでしょうか」
「へー、2億かー桁違いだな。たしかに、ブリューナクは一覧にねーな。売り切れってことか?」
「そうなりますね、レアなアイテムは数量が限られていますのでお気をつけを。といっても通常あのランクの武器を装備できるようになるには少なくともSランカー、それも上位者ぐらいのものです」
「よっしゃ、買ったぞ、四千万分全部使いきった!」
「あなたは人の話を聞いていたのですか?」
「あーあれだろ?2億はSランカーがどうとかって」
「もう、結構です」
何か対策を思いついたのか、それとも自身の力でコネクトを操作できたからなのかインフレの顔は自信に満ちあふれていた。初めてのAランカー戦を前に、圧倒的な破壊力を持つブリューナクを前に、怯むことなく再び身構えた。
「さぁ!インフレ君!!僕の道楽を超える存在になってくれ!!!僕の退屈と失望をこの世からうちけしてくれたまえ!!!そうすればきっと」
「お話し中のとこ悪りぃけど、さっさと続きやろーぜ、ローウェル!」