Aランカー
最短でのAランク昇格。絶対王者への宣戦布告。
彼の知名度を一気に押し上げたあの日からわずか2日後のこと、
インフレは気だるそうに特設会場の壇上にいた。
「なんだこれ、めんどくさっ」
試合からたったの2日、傷が癒えきるわけもなく、頬に治療テープを貼り付け、手首に包帯をまいたインフレは未だに愚痴をこぼしている。
「これもAランカーの努めです、いいですか?なるべく粗相のないようにお願いします。課金ユーザー様あっての我々なのです。Aランカー最初の仕事で無礼があっては今後に差し支えますよ?先日のような無礼な・・」
「はいはい!それはもう聞き飽きたよっ!俺だってビリビリやられたんだからもういいだろう、あの時だってそうだよ。試合終わってビリビリされて、目が覚めた途端説教ってあんたは鬼か?鬼なのか?」
「お客様に危険を及ぼす可能性のある行動は慎めということです。それだけわかれば結構。ただ、あの宣戦布告だけは評価します。あの行為は最短昇格に匹敵するほどの話題性を産み、あなたの知名度を上げるには効果的だったと考えます」
「お、おう。なんだ、急にデレたな。ツンデレか?ツンデレマネージャーか?」
表情を変えることなくインフレの言葉を受け流したマネージャーは細身のメガネを指で支え、時計を眺めている。
冷静沈着。彼女を表現するにはこの言葉が最も適している。そんなイメージ。
闘技場:カプセルには1選手につき、必ず1人以上のセコンド兼マネージャーをつけることが義務付けされている。本来ならば選手側が意思疎通の行き渡った専属マネージャーを用意するのが主流だったが、インフレ自身、そんなことなど知るよしもなくカプセルに乗り込んだため、運営委員から選ばれた彼女が担当することになった。
「さぁ、時間です」
「へいへい」
壇上から一望できる広い敷地に埋め尽くされたファンたちが長蛇の列をつくって順番待ちをしている。大勢で騒ぎ立てる者達もいれば緊張を隠せずソワソワする者、会場の盛り上がりを写真に収める者、どこまでも続く列の波が無数ともいえるファンたちがインフレまで続いていた。
「なぁ?エリカ。これ終わる?」
握手と作ったばかりのサインを書きながらインフレはマネージャーに問う。
「名前を呼ぶのはおやめください、虫唾が走ります。業務に集中してください、流れが停滞しています。」
「ちっ」
興奮冷めやらず何を言っているかわからないもの、泣き出すもの、試合内容を熱く語るもの、美人マネージャーを見に来たもの。
様々な年齢性別が通りすぎてはまた通り過ぎた。そしてそれが数時間。
「だめだ、飽きた。頭おかしくなりそう」
「言葉を謹んでください」
「ってかさ、思ったんだけど、お前目当ての野郎多くね?なにこの人気?君は何ランカーなの?」
「愚問です」
「なにそれ?グモン?」
当然といえば当然だが、愛想を振りまくタイプではないこともファンにとっては周知のこと。時折申し訳程度に笑顔を見せる以外は流れ作業のように淡々とこなされていった。そんな態度に少々不満気なエリカをよそに夕暮れ間近のイベントは順調に終わりに向かっていった。
「やぁ、こんにちは。インフレ君」
「ちわーっす」
派手なスーツに身を包んだ男。高貴なオーラを出さんとばかりに主張したその男は執事らしき老人を傍らに置き話を続ける。インフレはいままでと変わらず無愛想な態度でサインを書く。
「試合から2日でのイベントはいささかやり過ぎではないかな、ユーザー至上主義結構だが、選手に対するケアももっと重要視すべきだよね、うーん」
その男はちらりとエリカを横目に見るが、再びインフレに微笑みかけた。
「それにしてもすごい人気だ。Aランカーお披露目イベントとはいえこれほど大規模なものはそうそうお目にかかれない。悔しいけれど、私の時ですらここまでじゃあなかったからねー。やはり君は新鋭の中の新鋭、エーーースだ。間違いない!断言しようっ!」
「・・・・・・誰?」
ようやく顔を上げたインフレは率直な質問をぶつけた。
「よくぞ聞いてくれた!私の名は!」
「きゃあ!!」
突如、悲鳴が男の言葉を遮った。それはインフレの間近まで迫った列の中から起きた。後ずさりする周りのファン達をよそに一人の少年だけはその場から動かず、周囲の反応には目もくれず、インフレを見据えていた。
手には小さなナイフ。
両手でガチガチに握りしめられたそれは間違いなくインフレを標的にしていた。それに気づいたインフレはおもわず仰け反ったが、それよりも速く、エリカはすでにその少年の射程内へと詰め寄っていた。
「おやめなさい、仇討ちは法律で禁止されています」
どうやったのか、ナイフはすでにその少年の手から離れ、エリカの懐の中へと収められていた。今にも駆けつけようとしていた警備はエリカの目配せによってその動きを静止させた。
インフレはその一部始終をただ、呆然と見ていることしかできなかった。
騒ぎはほんの一部。悲鳴もファンの声援として取られたていたのか、それほど大事にはなっていないようだった。
すぐ後ろのはずのファン達も滞っている流れを急かすように前の様子を伺っているが、何が起きたかまではわかっていない。
エリカは、付き添うようにインフレの前まで少年を連れてくると呟いた。
「このまま握手して帰します。いいですね、ここで事を荒げるのは得策ではありません」
それは少年とインフレ両者に向けられた言葉。冷静すぎるその態度が有無をいわさず二人の了承を得させた。
反射のように手を差し出すインフレの手をしばらく見つめた少年は鋭い視線をその手の持ち主に向けるとそっと同じように手を差し出した。
「僕は・・・・僕は、あなたを絶対に許さない、絶対に」
言葉遣いとは裏腹に次第に強くなる握手はその細身の身体からは想像できないほどの力でインフレを黙らせた。
「さぁ時間です」
「お、おう」
固まった双方の手を解くようにエリカは少年の手を取るとそのままその場から遠ざけるように壇上裏手へと導いていった。
あっけにとられたまま呆然と立ち尽くしたインフレだったが、列は何事もなかったように続いている。
未だ、整理のできていない状況の中、再開された流れに流されるように業務に戻ろうとしたが、前方にもう一人その流れから取り残された男が存在していた。
「き、君は初めてだったね。なぜこういったイベントがAランカーからか知っているかい?それはね、こういう危険を伴うからさ。勝てば勝つだけそれはつきまとう、仕方のないことなのだよ。もちろん集客率が高くなくては成り立たない、それもあるだろう。しかし!それだけじゃあないっ。僕たちは試されているのだよ!今この場においてもAランカーとしての立場を!実力を!ユーザー至上主義?結構じゃないか!僕はこの場所で可憐に・・・・シャラアアアアアアアアアアアアアアップ!!!こんな話はもうどうでもよい!申し遅れた。私が次の対戦相手だっ」