試合後、試合と試合3
「む~~遅い、それにしても遅いじゃないか。もう次の試合が始まる時間、エリカ殿は一体何をしているんだ、これでは折角用意した料理が冷めてしまう。インフレの大好物ばかりを集めたというのに」
これでもかと言わんばかりに料理がテーブルを埋め尽くしている。見るからに豪華絢爛、高級感あふれるそれは一流と呼ぶにふさわしい気品に満ちた雰囲気を醸し出していた。
最上層、特別観戦室。ローウェルはインフレを待ち続けていた。
自身の妹、サラの勝利を見届けたローウェルの気分は程よく高揚していた。それは安堵からくる一過性のもの、そしてこれから自慢のシェフが用意した料理をインフレに振る舞えるという期待感から溢れ出る先行型の幸福感。
完全とまでは行かないまでも満たされた精神状態に包まれるローウェルは扉の開く音が聞こえた瞬間、その感情を全身をもって待ちかねた相手に向け解き放とうとしたが、それはすぐに封印された。
「おっと、これは失礼しました。どうやら部屋を間違えてしまったようです」
白い長髪を後ろに束ねたスーツの男は深々と頭を下げる。その隙間から、何事かと部屋の中の様子を伺う少年が一人。
感情をむき出しにした表情をごまかすように扉から背を向けて闘技場の様子を見つめていたローウェルは何食わぬ顔でその言葉に対して丁寧な対応をする。
再び深々と頭を下げた男は早々に立ち去ろうと扉を閉めながら後退したが、後ろから発せられた声でその動きを静止させた。
「も、もしかして・・・・・・ロ、ローウェル・マクナイトさんですか!」
男をかき分けるように前に出た少年は目を輝かせ、ローウェルを見つめている。
関心など一切なく事が収まることを待っていたローウェルだったが、その言葉を耳にしてようやく振り返ると初めて二人の姿を視界に収めた。
「いかにも、私がローウェル財閥の御曹司・・・・・・おや、君はどこかで」
その少年の目をまっすぐ受けたローウェルはしばしの間沈黙し、記憶の糸を辿ったが結局思い出すまでには至らなかった。
「いや、すまない。気にしないでくれたまえ。で、君たちはこの後の試合を?」
憧れのヒーローでも見るかのような表情のまま固まる少年の様子を見かねて、男がすかさず応える
「はい、勉強と下見を兼ねて、気が早いかもしれませんがAランク戦を見せておこうかと」
ローウェルは少し驚いたように少年を見つめる
「ほう、ということは君はBランカーなのか、その若さで大したものだ」
「は、はい。ありがとうございます!」
すかさず頭を下げる少年を感心するように眺めていたローウェルに執事が耳打ちをする。
「なに、インフレが!?」
それだけ言うとローウェルはこれまでの和やかな表情を一変させると、慌ただしくこの場を切り上げた。
「突然ですまないが、僕はこれで失礼させてもらうよ。しかし、これも何かの縁。僕にはこの部屋はもう用済み。よければこの部屋を使うといい、もちろんここにある料理も堪能してくれたまえ、といっても少々冷めてしまっているかもしれないが」
「お言葉はありがたいのですが・・・・・・」
「あ、ありがとうございます!」
断ろうとした男の言葉をかき消すようにお礼いう少年。
急ぎ足で扉に向かうローウェルは少年に笑顔を向けながらも部屋を後にした。