試合後、試合と試合2
「フジオはバカです」
唐突にエリカはフジオを罵倒する。しかし、フジオはそんな言葉すら耳に入らないのかうなだれたままの態勢を崩せないでいた。
「な!なにを言い出してんだ、お前は」
フジオとエリカとを交互に視線に入れながらインフレは困惑する。
「確かに、私が彼に頼んだことは事実です。ただ、試合中にそのことを全て話されてしまったことは全くの誤算でした。口約束とはいえ、フジオのことはある程度信用に値する人間だと思っていたのですが」
「そういうことを言ってんじゃねーよ、なんでそんなことまでさせる必要があったんだって話だよ!」
「悪りぃなインフレ。最後のあれは俺が勝手に言ったことだ。でも、勘違いすんじゃねーぞ。それ以外の言葉に嘘はねー!今までここで戦ってきた俺だからこそ言える先輩からのアドバイスだ!」
ふいに顔を上げ真面目な口調で諭すように話すフジオ。それと同時に会場中に歓声が上がる。
沸き立つ会場の視線をすべて受けきる闘技場の真ん中で、サラの強烈な一撃が防御特化の装甲を打ち砕いた。
ジンの脇腹から砕け散った装甲、めり込むサラの脚。表情を変えることなく戦っていたジンが初めて苦悶の顔を見せたのだった。
歓声に釣られるようにその様子を目撃したフジオは動揺しながらも続ける。
「お、俺だってお前みたいなガキのためにそこまでしたかねーよバカ!敵に塩送って何様だって話だよ、だがな!俺には絶対に譲れない一つのことがある!!それはな!一度でも好いた女の頼みごとは決して断らねーってことだ!!!」
堂々と吐き捨てたあと、思い出したかのように再び試合を見つめるフジオ。しかし、その目はどこか遠くを見るような目をしている。
「フジオはバカです」
エリカは繰り返す。試合に視線を向けながら、淡々と続ける。
「かつて私はフジオのマネージャーでした。彼の才能は恐らくインフレ、今のあなた同等かと思えるほどでした。しかし、私は彼とのマネージャー契約を解くことを決めました。ちょうど彼がAランクに昇格しようかという頃の話です」
勝負を決めに行くサラ。その攻撃にはなんの躊躇もない。容赦なく浴びせられる蹴りの猛攻にジンの装甲は瞬く間にその形を失っていく、一方的な試合展開。
「Aランク昇格をかけた試合まで一週間と迫った時、彼はこともあろうか私に・・・・・・私に」
言葉を詰まらせるエリカ。
その表情はさきほどまでの淡々としたものではない、思いつめるように遠くを見つめその瞳を曇らせた。
「お、おま!エリカに何したんだよ!コラ!」
インフレの荒げた声をかき消すように湧く歓声。一方的に攻撃を受け続けてきたジンが右手の装甲に隠し持っていた武器、ミストルテインを連射したのだ。超至近距離、相手にとどめを刺さんとした瞬間の隙。
それは今まで何度も浴びてきた蹴りをその目で見続けてきたジンだからこそ突くことのできた隙。防戦一方となったここまでの展開はサラの隙を見抜くまでにかかった時間。砕け散った装甲の果てに得た好機。ジンはその一瞬を逃すことなく突いたのだった。
「おいおいまじかよ・・・・・・ってか俺はなんもしてねーよ、バカ。ただ、次の試合で勝ってAランカーになったら付き合ってくれって言っただけだ、エリカもなんでそんな勘違いさせるような態度してんだ。悪ふざけもいいかげんにしろ、俺は試合に集中したいんだよ」
フジオの指摘を受けたエリカ。その表情はすでにいつものそれに戻っていた。
「フジオはバカです」
「なぁどうでもいいけどフジオ。なんでそんな試合気にしてんだよ。まぁすごい試合だけどさ」
「フジオはバカです」
「いや、もうわかったから。俺はバカだよ!運営のお前にそんなこと言ったのも、前の試合でインフレに全部バラしたのも俺がバカだからだよ!あの時の俺は自信過剰だった。エリカとはそこまでの信頼関係があると信じて疑わなかった。運営の人間との色恋沙汰はご法度、それでもエリカは俺を選んでくれると思ってたわけだからな。そしてこの前の試合の発言・・・・・・嫉妬したんだよ、ガキみたいにな。俺の性格をわかった上で、断ることができないことを知ってる上で、それでも俺に!対戦相手である俺にだ!そんなことを頼みに来るほどインフレを勝たせたいと思ってるってことに俺は嫉妬したんだよ。だからインフレにちょこっとだけ混乱させるようなことを言った。許せ」
「ふーん」
「は?なんだその反応」
「未練タラタラか?フジオ」
「ち、ちげーわ!」
勘ぐるように視線を向けるインフレに対して反抗的な態度で応えるフジオ。我関せずを決め込むエリカ。
試合終了。
試合結果:勝者、ローウェル・サラ
ジンの放った速射砲の連撃をサラは蹴りで全て受けきったのだった。蹴り攻撃特化の装備、脚を覆った装備品は受けきった銃弾が隙間がないほど突き刺さり、いつ砕け散ってもおかしくないほどひび割れていた。
一方、隙を突いたはずのジン。
しかし、その読みは外れていた。ジンの視線が自身の蹴り一点に集中していることに気づいたサラの起点。
サラのわざと作り出した隙にジンは誘い込まれ、反撃の一手を出す。出さざるを得ない状況でそれは放たれた。
全身すべてを防御一点に集中した上で出したサラの蹴り、カウンターに対応するべく準備されたその行動はジンの速射砲を持ってしてもサラ自身に傷すらつけることはできなかったのだ。
その後、あっさり戦意を喪失したジンに容赦なく放たれた一撃。これにより試合は幕を閉じた。
「なぁ、見たか?」
「おう、やばい蹴りだ、しかもあの反応速度。速射砲をあの至近距離で全部受けきるってどうなってんだよ。エリカ、俺勝てるかな?」
「ちょ、なに言ってんだガキ。次あいつと戦うのは俺だよ!お前じゃねーし」
「ん?そうなのか」
「インフレ、あなたの対戦相手は次の試合です」
「お前は俺の反応見てなかったのかよ」
「悪い、いろいろ忙しかったから」
「はぁ・・・・・もういいわ。ってか俺は・・・・・・俺は・・・・・・あんなかわいい子を!殴れる気がしねえええええええええええ!!!」
叫びながら頭を抱えうなだれるフジオ。
それに構うことなくエリカはインフレに話しかけた。
「早めに時間を伝えました。実際に言われた通りの時間に来るとは思っていませんでしたが」
「なんだそりゃ」
「いえ、単純に日頃の行動の傾向から見て、遅れることを前提にした時間を伝えただけです。お気に召しませんでしたか?」
「いいや、ローウェル妹の試合も見れたし、収穫はあった」
「そうですか、それは何よりです。ではついでにもうひとつ、あそこを御覧ください」
「ん?あそこ?」
エリカの向ける先、そこにある特等席。特別観戦室には一人の男。
「お、ローウェルじゃん!」
「はい」
「なにあの豪華な感じの席、しかも個室? さすが金持ちだな」
「いいえインフレ。あそこは関係者なら予約すれば誰でも入ることができます。ちなみにこの試合と次の試合はローウェルの予約で入ってます。インフレのスポンサーでもありますのであそこで観戦することも可能ですが。というか実はローウェルに誘われていたのを忘れていました。どうされますか?」
「え?忘れてた?ほう・・・・・・わかった、エリカ。お前、ローウェルのこと嫌いだろ?」
「虫酸が走ります」
「ふっ、はっきりしてんな。いや、まぁいいよここで。面倒くさそうだし」
「そうですか、それでは試合が始まる前に対戦相手について説明いたします」
わだかまりといえるほどの大きなものだったかと言われればそれほどでもない。そのまま触れずにいたとしても今後のインフレには大きな影響はなかったかもしれない。それでも、ここで話したこの時間はたしかに二人に刻まれた。
そして、それはフジオにも。
一足先に会場をあとにしたフジオ。その足取りは重い。
初めて迎える女性選手との対戦を前に対抗策はあるのか。そんなことを心の片隅で心配しながらもインフレは自分の対戦相手が出る試合を前に身構えていた。