試合後、試合と試合
凡戦から一週間。
インフレはエリカからカプセルに来るよう呼びだされ、渋々足を運ぶのだった。
自分の試合以外でこの闘技場に足を運んだのは初めての事だった。関係者入り口から入り、そこからすぐのところにある扉を開けると一般観客の流れがある、そこに紛れ込むようにインフレは観戦席へ。
まったく変装などしていないインフレ。
Aランカーともなると知名度はそこそこのもの。特に新鋭と呼ばれ、良くも悪くも話題を作り出してきたインフレはそこらの同ランカーと比べ同等以上の知名度を得ていた。
時折、驚くような声が上がり辺りをざわつかせる。しかし、インフレは堂々と構うことなく指定された席へと向かっていった。
「すっかり、有名人ですねインフレさん」
手招きに導かれ、インフレはエリカの元へ辿り着いた。
インフレさん、そう呼ぶエリカ。それは皮肉交じりの冗談だとインフレはわかっていた。
「そりゃどうもエリカちゃん」
「名前を呼ぶのはやめてください、虫酸が走ります」
まるで挨拶かのように交わされたやり取りのあと、インフレとエリカは席に付いた。
試合開始のざわめき立つ会場に似つかわしくない雰囲気の二人、しばらくの沈黙。長く続くかと思われたが、意外にはやくそれはインフレが打ち消した。
「で?なんでお前がここにいんだよ!こら!」
インフレはエリカのほうを向きながら視線はそのさらに先に向けられていた。
「あー?別に構わんだろ。久しぶりのデートだよデート!なぁエリカちゃん」
馴れ馴れしくエリカの肩に手を回そうとする青年。しかしそれを着席したままなんなくかわし、その手は捻り上げられた。装飾品をこれでもかと装着したオールバックの金髪は声を上げて悶絶し、捻り上げられた手、その肩口をギブアップとばかりにタップアウトした。
「元気そうだな!インフレ!」
何事もなかったように振る舞うフジオ。
「バカフジオ」
呆れるインフレ。
「んだと、コラ!」
二人を冷たい目で制するエリカ。しばしの膠着状態のあと、牽制し合いながらも着席した両者。
試合はまもなく始まろうとしていた。
本日の対戦、Aランカー:ローウェル・サラ vs Aランカー:ジン・ナギル
初めて試合観戦するインフレはコネクトに現れた対戦情報に興奮しながらも、名前を見るやいなや声を上げた。
「ローウェル?ローウェルっていやあ、あれだなマクナイトと同じ名前だな」
「妹です」
「え、いもうと!?あいつ、妹いたんか!ってか妹までカプセルの選手・・・しかもAランカーかよ。どうなってんだあの兄妹は」
「さすがに兄とまではいきませんが、サラもなかなかの実力者ですね、これまでの対戦成績は十勝十ニ敗・・・・」
説明し始めたエリカを遮るようにフジオがでかい声で笑う。
「十二敗って!負け越してるじゃねーか!おいおいAランカーで負け越しとか存在すんのかよ!ハッハ!」
「あんたもつい最近負けたばっかじゃねーか」
「んだと!」
興味津々だった情報を遮られたインフレはフジオをすかさず皮肉る。
今日、呼びだされた理由。
それはなんとなくインフレも理解していた。これまで圧倒的な強さと速さで勝ちすすみ上がったAランク、そして行われた対Aランカーの二戦。結果だけ言えば二戦全勝。しかし内容はというと、もらったような一勝と最低の凡戦といわれた一勝。
このままでいい訳がなかった。そのことをもちろん自覚していたインフレは次の対戦相手となる試合を観戦しに来ていたのだ。
だからこそ、茶々を入れるフジオに苛立った。
「さぁ!本日のAランカー戦が始まりましたああああああああああ!!!」
湧き上がる会場。
開始と同時に一気に間を詰めて回し蹴りを相手に打ち込むサラ。それをその立派な体躯からは似つかわない機敏な動きで完全に防ぎながら弾き飛ばすジン。その反動を利用するように飛び退いたサラは宙を舞いながら着地すると全身を覆うような装備を装着し、身構えた。ジンはジンでヒビのはいった盾の所有権を破棄、同じ装備を実体化させると、全身防御特化の装備で正対する。
さらに上がったボルテージ。実況がその興奮を伝えながら、さらに試合は展開する。
一転して釘付けになるフジオとインフレ。そこに思い出したかのように説明を再開しだしたエリカ。
「ちなみに十二戦の敗退はすべて不戦敗。さらに付け加えると勝ってきたすべての試合で対戦相手は選手生命を絶たれるか、命を落としています」
淡々と続けられた言葉。その事実より先に十二敗にしてもなお、ここに存在していることを納得せざるを得ない蹴りを見たフジオは十二敗をバカにしたような発言を撤回した。
「おいおい、あれがAランカーの蹴りかよ」
うなだれるフジオを横目に見ながらインフレも再びその試合に集中しようとした。
しかし、エリカとフジオを見るたびにあることがよぎる。
前回の試合中、浮かび上がった疑問。
フジオの言葉。エリカの言動。
それはインフレの中で抑えこまれていたものだった。実際試合中に湧いたそれは瞬間的に自分の都合のいいように処理され、しばし封印されていたものだ。
しかし、今頃になってそのことが頭に蘇っていた。しかも不意に現れたフジオの存在が嫌でもそうさせて、真意を確かめずにはいられない状況を生んでいた。
超攻撃型、蹴りを主体とするサラ。超防御型、守りから勝機を見出そうとするジン。その二人は圧倒的な存在感で会場を支配していた。
しかし、そんな試合も今のインフレには上の空だ。
今もうなだれつづけるフジオをよそにインフレの態度を察したのかエリカは話始めた。