新システム4
「いまさらだけど、フジオってなんで丸腰なんだ?」
肉弾戦につぐ肉弾戦。そのビリビリするような緊張感漂う攻防は終盤戦に向かっていた。
ありとあらゆる戦況を想定された武器、装備品が揃う中、フジオはあえてそれを使わないで戦っていた。インフレは真意をしらずともそのファイトスタイルに合わせるように今まで戦ってきたがここにきてようやくその疑問を投げかけた。
「まぁ別にそこにこだわってるつもりはないけどな。俺だって使うときは使う、勝ちたいからな。ただ、装備品ゴリゴリのやつに素手で勝つってのもまた盛り上がるだろ?俺は俺を見に来ているやつらに楽しんでもらいたい、何度も負けて死にかけて何度降格昇格を繰り返したかもわからねー。そんな俺に懲りずについてきてくれているやつらのために俺の全力を見せてやりたいんだ」
力強く握りしめた拳をインフレに向かって差し出したフジオ。その拳は打ち込み続けた反動で皮膚が裂け真っ赤に染まっていた。
「といってもここだけの話、靴は装備品だけどな。しかもスピード補正してる。まぁ見た目にゃわからんだろ?」
「バカ正直か」
そんな指摘をしながらインフレはボロボロになった盾を新しいものに装着し直す。歓声も戦況に一段落ついたことで一時落ち着きを見せていた。しかし、実況だけはその光景を絶えず実況している。
真っ向勝負の肉弾戦。高ランクになるほどそれは難しいものになってくる。それぞれが抱えるもの、失うものの大きさ、所有できる装備品の豊富さ、ありとあらゆる要素をもってそれは必然とも言える形を取ることになる。神経をすり減らすほどの駆け引きが、一瞬の判断の差が勝負の命運を分けてしまうからだ。
そんなランクにいることを彼らは自覚していないのかと疑わしくなるほど、単純に純粋にこの試合を楽しんでいた。
「おまえもそろそろ盾だけじゃなくてフル装備にしてもいいんだぞ?一通り盛り上がったしな!ほら、なんて言ったっけ?さっき当たったやつ、ミルなんちゃらってやつ?使えよ。さすがにお前も限界近いだろ」
フジオは懐から取り出した回復薬を数回振ると、それを一気に飲み干した。
「あれは所有権自体を放棄したから使えん、今ちょっと後悔してるとこだよ」
フジオの見解は図星だった。あれほどのパンチ力を盾の上からといえ、何発も受けてきたインフレの体はすでに限界を迎えていた。本来ならばフジオのような相手は距離を取りながら戦うことなど誰が見てもわかるようなことだ。しかし、インフレはそれをあえてしなかった。バカ正直に自分を貫くフジオの心意気に貫かれ、それによってインフレ自身も初めてここに来た頃の気持ちを取り戻すことができたからだ。
「それに一つだけ。まぁこれは余談なんだが、今までお前を説得するようなことばっかしてきたけど、そのことは気にすんなよ?感謝の気持ちとかで俺のスタイルに合わせてんだとしたら、それはお門違いだ。お前が最初なんであんな面してるか、理由はわからねーフリしてたけど実は全部知ってたんだよ」
「は?」
唐突の告白にインフレは固まったが、続けるフジオの言葉に耳を傾けた。
「いや、だから。頼まれたんだって。俺とお前は似てるから気持ちもわかるだろってな。まぁその時は正直ピンと来なかったが、実際話してみて納得したわ、お前は俺の若いころ、このカプセルに来た頃にそっくりだってな!」
軽い柔軟体操を交えながら、いきさつを話すフジオ。しかし真に触れないその話しぶりに少々苛つきを見せ始めたインフレはせかすように声を上げた。
「だから!誰に頼まれたんだよ」
「わからねーやつだな、お前といつも一緒にいるだろ?エリカだよエリカ」
「は?」
「まぁこれも余談だが、エリカは俺の女だ!ハッハ!」
その告白の衝撃と同時に通信が途絶えた音が脳内で響いた。その瞬間から遅れることほんのわずかインフレの言葉は虚しくかわされた。
「お、おま!エリカ!」
すでに反応のないコネクト。マネージャー通信は遮断され、インフレに全権限が譲渡されていた。
正直、インフレはフジオとエリカがそういう関係にあることにそれほどショックを受けたわけではない。それ以上に驚いたのはエリカがこともあろうか対戦相手に自分の現状を話して、説得せさるようなことまでしていたことだった。
「安心しろ!女ってのは昔の話だ!今はれっきとした嫁がいる。俺をずっと後ろで見守ってくれているマネージャーだ!」
インフレはエリカのやり方に疑問を抱いていた。なぜこんなことをさせたのか?そこまでして自分を勝たせたいのか?
「さぁ!かかってこい!インフレ!!!」
しばらくフジオを見据える。
しかし、インフレのその目はすでに冷静さを取り戻していた。フジオの今までの言動、エリカの行動。それを踏まえた上で出したインフレの結論は感情的になりかけていた自分を抑えこみ最終局面を迎えた勝負への一手へ集中していた。
「フジオ!これで最後だ!ぶっ飛ばす!」
コネクト起動、課金アイテム購入。回復アイテム数十本、ゴーグル。課金アイテム自動供給タイマーセット。インフレは装着したコネクト、盾、をすべてはずして丸腰になった。
「もうエリカのことは信用できねー!!!コネクトもいらねー!丸腰だバカヤロウ!!」
駆け引きとは言い難い、安直な戦法。しかし、インフレはその手段にすべてを託した。
「ハッハ!ここに来てそれでも丸腰か!!お前も俺も相当のバカだな!」
そう言いながらフジオもコネクトを外すと、その場に放り投げた。
インフレの挑発に乗ったフジオ。
もちろんそれはインフレが本当に丸腰で向かってくることを想定してそれを真っ向からうけるためのものではない。何か作戦がありそんなことを言ってる、それをわかったうえで、その作戦を迎え撃つ為に乗ったのだ。フジオの眼光はこれまで以上に鋭く研ぎ澄まされていた。
走り始める両者。
スピードはフジオ。
渾身の一撃を振り切った。
しかしその拳の先にインフレはいない。
スピード補正、残額全振り。
背後に回ったインフレはフジオの両脇に手を入れ羽交い締めにする。
もがくフジオ。
自動供給される回復ドリンクと装着されたゴーグル。
両手で勢い良くドリンク同士をぶつける。
弾けるように飛んだドリンクがフジオの顔面に飛び散った。それは不意をついたというよりも強引に力づくで行われた。思わず目を閉じるフジオ。
「微炭酸なめんな、このやろう!」
叫びながら次々供給されるドリンクをフジオにかける。
「いってーな!コラ!!」
ようやく振りほどいたフジオは目をこするように手で拭っている。しかし、行き着く暇も与えず駆け寄りながら回復ドリンクを2本同時に飲み干すインフレ。
そしてまたも供給されるドリンクを口に含みならがそれをフジオめがけて吹きかけた。
すかさず今度は背中に飛び乗るようにして抱きつくと懲りずにまたフジオの目にかけ続けた。
「くらえ!回復ドリンク攻撃!!」
「いってー!やめろバカ!!」
「うっせー!このやろう!」
回復ドリンクをかけながら、自らも回復をする。その攻防はいままでのそれとはまるで違ったものになっていた。ざわめく会場と戸惑う実況をよそにその攻防は続く。そんな異様な空気に包まれながらも二人は戦い続けた。
「こっちはもう腹ガバガバだ!このやろう!」
「こっちは目がビリビリだわ!クソガキ!いい加減離れろ!」
「やだね!ぜってー離さんっ!」
動きまわるフジオにしがみつくインフレ。供給され続ける回復ドリンク、当たりに散らばる空のビン。顔にかけ、自ら飲み回復し、そして空になったビンでフジオの頭を小突く。
そんな超接近戦の消耗戦の末。
ようやく試合は動いた。
気づけば闘技場の隅、フジオは視界を遮られ自分がここまで移動していたことに気づいたが、それはすでに手遅れだった。
待ってましたとばかりにその場所に来た瞬間全体重を一気に床へと移すインフレ。
そして両手をフジオの首にかけたまま仰向けになるように身を屈める。
瞬間的に引きこまれたフジオは態勢を崩しながも首にまとわりついたインフレの手を引き剥がそうとする。
しかし、そのまま引き倒されたフジオは完全に仰向けになり倒れこんだ。
その直後背中一点に強烈な衝撃が走る。それは巴投げとも言えないような不器用な投げわざ。
原型すら留めてないそれはグチャグチャに態勢を崩しながらもなんとかフジオの体を宙に舞わせた。
あっけにとられる観客。序盤の緊張感満載の試合展開から一転した結末。
我に返った実況はその空気を打破すべくようやく口を開いた。
「じょ、、、場外!!フジオ選手、まさかの場外!場外での敗北です!!!いやぁーそれにしてもいまだかつてコレほどまでに回復ドリンクを消耗した試合があったでしょうか!!いいえ存在しません!!少なくとも私が実況している試合では!!」
いつもの実況ぶりでそれまでの騒然とした空気から、次第に湧き始める観客。
場外に寝転んだまま目を拭うフジオ。駆け寄るマネージャー。闘技場の隅で気持ち悪そうにゲップを吐き出すインフレ。
試合終了。
この試合はのちにAランカー史上最低の凡戦と一部のファンの中で語り継がれることになる。