新鋭
「俺がインフレだあああああっ!!!」
高々と言い放った少年の声はそれまで対戦相手に向けられていた声援と叫喚を打ち消し、静寂をもたらした。
しかし、それはほんのつかの間、一気に舞い上がった歓声が会場中を飲み込んだ。
その波は、そして彼の名は、大型ビジョンに映しだされた会場外の観戦者達へと広がり、あらゆる通信機器で中継された全国民へと轟いた。
「イ、インフレ!彼の名はインフレ!なんという快挙!!デビュー戦から数えることわずか四戦目!ツーランク格上の相手に見事勝利を収めました!たった四戦にしてAランカーになったものが未だかつて存在したでしょうか!!いいえ、存在しません!!!私の知る限りただ一人、完全無敗の絶対王者アレクサンダーを除いては!!」
実況アナウンスが興奮冷めやらぬ口調で叫びながら、その視線は一点を見つめている。
それに気づいたある者は同じように視線を向け、その連鎖がやがてまた別の歓声を生み出し始めた。
インフレは周りで起きている歓声をビリビリと肌で感じながら震えていた。対戦相手にとどめを刺したその瞬間より興奮し、武者震いしていた。拳に力を込める。そして注目を一斉に受けている存在を見上げると、拳を突き上げ指を刺した。
「こらあああああ!絶対王者!!おめーはぜってぇ俺が倒すからな!!!そこで待ってろ!!!!」
宣戦布告。どよめき立つ会場をよそに絶対王者だけは微動だにせず視線だけを向け、見下ろしている。
「おおおっっと!大胆不敵!絶対王者に堂々の宣戦布告だああああああああああっがしかーーし!!!これまで幾度となくこのような挑戦状を受けてきた王者はその挑発にもまったく微動だにしません!!これぞ王者の風格!!!絶対王者たる所以!!!新たな時代の幕開けを感じさせる新鋭達を打ち負かし続ける存在だあああああ!」
感情の頂点に達した絶叫ぶりを引き金にしたかのように観客達の歓声も一気に頂点に達した。それは新鋭インフレの比ではなかった。どこからともなく始まった王者の名をコールする声が会場までに留まらず、会場外からも鳴り止む気配すら感じさせない勢いで響き渡っていた。
それまでインフレの睨みをまっすぐ受け視線を向けていた絶対王者はそのコールが鳴り始めたのをきっかけに突然立ち上がると身を翻し歩き始めた。何をいうわけでも、何をするわけでもなく、そのまま会場をあとにした。
ただただまっすぐ見つめられていたインフレ。でもそれが気に食わなかった。まるで相手にしていない。そんな目で見られている気がしてならなかった。
「こらあああ!!アレクサンダー!!!逃げんのか!!!王者こらあああああ!!!」
観客席まで駆け上がろうとするインフレを警備が三人がかりで静止させようとするが、彼はそれを上回るほどの勢いで振り払う、装備された課金アイテムはすべてその機能を停止しているにもかかわらず、その勢いは収まるところを知らない。
突き飛ばされた警備はやむなくポケットから端末を取り出すと指で数回弾き、起動ボタンを押した。
全身を襲う衝撃が一瞬。
インフレはその場で崩れ落ちるように倒れ込むと、すんでのところで警備に抱えられ引きずられるように選手入場口へと運ばれていった。
しかし、会場のコールは未だに続いていた。辺りを包み込んだそれはいつまでもいつまでも続く。
忘れ去られたかのように闘技場で横たわり、動かなくなった対戦相手を残して。