水魔昏冥
鴉に斥候役をさせ、俺は少女を抱えていく。
日の沈む頃、森の奥まった場所に来ていた。
とねりこの木の根本で清く澄んだ泉が湧き出していた。辺りはひっそりとして物音もしない。
森の何処かに聖域のような所が有りうると聞くが、ここがそうではないかと思わせる雰囲気があった。
「そいつを泉の中に放り込むがよい」
鴉がぞんざいな扱いを促す。
「昏睡したままの娘にそれどうかと思うが」
「大事ない。それが人ならざる血をひくと察していよう。四半分は人間だが、半分は風妖、後の残りが水魔。いってみれば、魚を水に返すようなものよ」
「うむ、それならかまわないのか」
躊躇いながら、抱えた娘を泉に浸けていく。
頭まですっかりと水に沈んだ。
金の髪が揺らめくが、気泡は浮かばない。息をしていないのかと危惧する。
すうっ娘の瞼が開かれる。片眼は閉ざされ、片眼は青味泥の沼の暗い翠をした妖魔の瞳だった。
心臓を攫み潰されるような恐怖に駆られ、添えていた手を思わず放し身をひいた。
「あれっ、ここどこ。あたいはどうしてたのさ」
娘は我に返ってきょろきょろと辺りを見回す。昏冥の瞳は閉ざされ、碧空の瞳が開かれていた。