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小仙女――わけありで汚れ役の傷ものヒロインがけなげに頑張る  作者: 壺中天
第1章 壺中の灯火(こちゅうのともしび)
14/19

教母継承

女児は大教母の知識経験を授かる

 

『――聖仙女様、この命を終えるにあたり懺悔いたします。


 私は孤児でございました。冬の夜、寺院の前に捨てられており、十四になるまでそこで育ちました。

 感情に乏しくかわいげのなく、友達は一人もございませんでした。他に比べ物覚えがよく魔力があったため、最年少で正式の尼僧として本山に入りました。

 才ゆえに憎まれこそすれ人に愛されることなく、人を愛するすべをしらない女でございました。愛するものが何もなくとも不都合はありませんでしたが、それでも心のどこかが苦しかったのでございます。

 どうぞ愛せるものをお与えくださいと、私はあなた様にお祈りいたしました。そして、或る夜に聖泉の谷に星の落ちる夢をみたのでございます。聖仙女様のお告げなのではと、私は一人秘かに谷へおむきました。そこで転落した妖精のむくろとそれから生まれた赤子をみたのでございます』



「――礼拝堂下、墓所?」

 重い石のような物のこすれる音がした。

 上に開いた隙間から微かな光が入り込む。

 階段がある。淀んでいた空気が幾らか動いた。

 女児の呟く声がする。


「妖魔共の焼き討ちの際、ここだけは延焼を免れたのだ。

 逃れた汝を追跡させることを優先したのであろうよ」

 黒衣の魔導師の声がそれに応える。

 

「歴代大教母達の亡躯なきがらの場所、こんなとこにあったんだ」


「聞こえるか」


「えっ、なに? 声――?」


「汝を育てた者の想いだ」


 女児のからだが微光を帯びた。

 人体に七つある霊的中枢の一つ、精神感応力である咽喉の華座チャクラが、青い朝顔の花のように咲いてゆく。



『あなたは本来ありえぬ筈の妖精と魔物との混じり合った異様なからだで、けれど信じ難いほどに美しい姿をしていました。私は吐き気を催すような嫌悪感を抱くと共に、どうしようもなく妬ましい美しさに魅せられたのです』


「ヘレナ……大教母のババァ」


 それはいまここにいる女児にではなく、今わの際まで想い描きつづけた娘へと語りかけていた。



『あなたは弱々しく小さく月足らずのようにみえ、羽毛を震わすほどの息さえしていませんでした。このような忌わしいものを生かすべきではないと、自分にいいきかそうとする声に従わず私は蘇生の術を施しました』


 痩せて干涸らびていても背が高く、長い黒髪をした女の木乃伊ミイラが、石の柩に横たわっている。


「汝が地のつぼに封印されてから間もなく、この女は食を断って入定にゅうじょうした」


「あたいのせい?」


「そうだろう」



『あなたが呼吸するようになったとき、どんなにか嬉しかったことでしょう。疲れ切って汗と涙に汚れながら私は笑いました。あなたは私のもの、私はあなたを愛したい。あなたの母親はいません、あなたを捨てて身を投げたのです。そんなものはいりません、私があなたを育てます。どんなことがあっても捨てたりしません』


「あたい、嫌ってたんじゃ?」


 緑がかった青だった眸は、いまはつぶられたままだ。



『狂喜が去ると不安が訪れました。あなたをここにおいてはいけません。あなたを生かすには連れ帰るしかなく、寺院はあなたの姿を受け入れないでしょう。あなたは私から取り上げられ、殺されてしまうことでしょう』


「あたいが人間じゃないから、嫌ってたんだろ!」



『私は黒曜石の欠片に魔法をかけ、鋭い刃の手術刀に変えました。外科の心得はあります。あなたの美しさを損なうことは躊躇ためらわれますが、こうするしかありません。私はあなたの人間でない部分を削除しました。再生ではなく通常の治癒魔法をかければ、あなたは普通の姿になれるだろうと思っていたのです』


「そうだっていえ!」



『けれど、あなたのからだ疵痕きずあとを残した儘でした。再生の魔法でも戻ることはありませんでした。“魂につけられた傷は癒えない”、そんな師の言葉を思い出しました。これはあなたの存在を否定することだったのです。私は何ということをしてしまったのでしょう。いくら謝ったところでゆるされることではありません。それでもあなたには生きていてほしいのです』


「あたいを拾っちまったことが、大教母になるのに邪魔だったんだろ!」



「魔物の性質が強く表れているせいでしょうか。あなたの奔放な気性は寺院のしきたりにはそぐわないものでした。ですが、あなたをここから出すことは考えられません。寺院の庇護がなければ、あなたは飢えて死ぬか、奴隷として売られるかしかないでしょう。あなたが魔物として狩られ殺される悪夢を毎晩みまたした。その性質があなたの身にわざわいを招くのではないかと危惧し、それをたわめようとことさら厳しくあなたに接しました。あなたに憎まれるようになったことはわかっています。それでもそうしなければなりません。

 妖精族の血をひいているというだけさえ奇異の目でみられるのです。まして、魔族までもなどと知られるわけにはいきません。ならば、どのようなものからもどのようなことからも、あなたを庇護しつづけられるようにならなければなりません。そのためには人をおとしいれることをいとわず謀殺さえしました。そして、ようやく大教母にまでなれたのです』


 孤独な狂った女の独白が終わることのなく繰り返される。

 それは暗く重く救いない絶望と虚無の呟きだった。


『けれど、すべてが無駄だったのです。私はあなたを守れませんでした。

 それどころか、私の口からあなたに裁きをいいわたさなければならなかったのです。

 私のしてきたこと、生きてきたことは、すべて無意味でした。

 いいえ、それよりわるい。

 私はあなたの孤独をわかってあげられませんでした。

 どうして手を差しのべわずかなぬくもりを与えることすらしなかったのでしょう。

 私のしてきたことはあなたを追い詰めただけだったのです。

 赦してください。なにもしてあげられなかった私を赦してください。

 あなたを失おうとする今、私は生きていることに堪えられません。

 ここで命を絶ち、ただあなたのために祈ります』



「この想い、歪んでいるといえよう、妄執ともいえよう。

 だが、それでも汝は愛されていたのだ。そこはわかれ」


「そんな、そんなの――」

 憎まれていると思っていた。容赦ない厳しさを恨んでいた。

 鞭打たれ粗末な食事すら与えられず、冷たい石の部屋に鎖で繋がれていた。

 愛していると知らせることもなく、愛されていたと理解することもなく、いまはもはや取り返しがつかず。

「嘘だ――――っ!」

 女児は絶叫し、髪を掻きむしり、石床に何度も、頭を叩きつけた。

 どれほど永く地の牢獄に閉じ込められていようと、命を絶とうとは一度たりとも考えはしなかった。

 だがいま、初めて死にたいと思った。

 なにも知らないまま、これほどまでに彼女を苦しめていた自分が赦せなかった。



『聖仙女様、私はあなたを恨んでおります。

 このようになったことを恨んでおります。

 それがあやまりだとわかっていてもお恨みいたします。

 それでもあなたにおすがりするしかすべがございません。


 この私の命を聖仙女様へと捧げます。

 どうかあの娘の罪をお赦しください。

 どうかあの娘の身をお救いください。

 どうかあの娘の心を癒してください』



「もういいよ、もういいから――」

 女児は泣きながら木乃伊の首に両腕を絡めて抱きついた。



『あの土牢で生きることなど不可能です。

 だれしも自らの命を絶つことでしょう。

 でも、あの娘なら生きていてくれるような気がいたします。

 それだけがわずかな希望でございます。


 私はあの娘に大教母継承の神石を数珠として与えました。

 私にとっては寺院なぞどうでもよいことでございます。

 私を継ぐのはあの娘しかおりません。

 私が残してあげられるものはこれくらいしかございません。

 あの娘があそこを出てこれることがございましたら、

 どうかお願いいたします――』



 木乃伊のからだから、薄い光の霧のようなものが抜けだし、髪が長く背の高い女の姿になった。それは緑がかった青い眼をしていた。

 すうっと、女の手が女児の額にふれた。眉間の華座チャクラを通して光が脳の奥に達し、夜明けの明星のような輝きが生まれた。

 唐突に、頭頂から会陰へと光の杭いで貫かれたようになる。雷に打たれたかのように、女児の躰が跳ね上がり、骨が砕けるほど激しく痙攣する。


「……かはーっ、すうーっ」

 悶えながら吐く息が、火のように熱くなったり、氷のように冷たくなったりする。

 涙、汗、尿、あらゆる体液を垂れ流した。

 尾骶びていとぐろを捲いていた蛇のような力が脊椎に絡まりながら這い上る。物心つく前から覚醒しており振り回されていたものが完全な制御下に入っていく。


 蛇が頭蓋にまで達すると女児の意識は落ちかかる光の瀑布に呑まれた。



「これにて、大教母継承の儀はなれり」

 そっと女児を抱き上げながら、黒衣の魔術師が静かに宣した。




 ――赦してください。

 私はあなたをわかってあげることができませんでした。

 それでも、あなたを愛していました。

 おゆきなさい、リテュエルセス。

 お生きなさい、私の娘……。



 ――母さん……。

 

愛されることのない呪いから解かれて少女は変わっていく。


次話 壺中の灯火 小仙女児

女児を妖術師は小仙女と名付ける


20時投稿予定 第1章 ラスト

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